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五十三話 臆病少年はもういない
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浅い睡眠の中で頭の中を整理していると、罠に反応があった。この感じは糸に掛かったようだな。撒いておいてよかったな。
「どんな奴が掛かったんだ?」百メートル程先に小さい反応が起き続けているのを確認して、歩き出す。あまり抵抗をしていないから小型のモンスターか、野生動物だろう。実際に見るまでは分からないが。
「ぎぃ、ぃぃ」糸に絡めとられていたのは赤竜の幼体だった。まじか、竜の幼体に傷でも負わせると親が激怒して死ぬまで追いかけてくる。それほど繁殖能力が低いのだ。
だがここは竜の縄張りから外れているはず。なんでこんな場所に居るんだ。ん?周りに卵の殻が散らばっている。ここで孵化したのか。だとしたら誰かが盗んでいるはずだ。恐らくはクォンだろう。とんでもない爆弾を持ってきたな。
竜にしてはいけないことがいくつかある。縄張りへの侵入。幼体への攻撃。そして卵の略奪。ちなみに最後の行為が一番逆鱗に触れる。だから護衛がいないのか。
「ふざけたことしやがって」俺は一旦キャンプ地に戻ってクォンを殺すことにした。竜の卵の運搬は犯罪で死刑が確定している。いつ死ぬかの問題だ。それに俺が殺した方が楽なはずだ。
ばれないよう、隠密で気配を殺し影移動を使ってクォンが寝ているテントの中に入り込む。呑気な顔で寝てんな。面倒ごとを他人に押し付けて知らんぷりか。
「じゃあな」こいつの持っていたアイテムでも防げないほどの威力のスキルを使い脳天と喉に向かって突き刺す。
「ぐゅ!??」クォンは声とも取れないような気持ちの悪い音を出して絶命した。罰が下りて当然だ。それよりも厄介なのが,,,今目の前に降りてきた赤竜だ。
全身が燃えるように赤く、激昂しているせいなのか目から炎が出ている。大きさは二十メートル前後。俺一人で狩れるだろうか。
この世界では単独で竜を狩れれば冒険者として三流という風潮がある。この世界には竜よりも強い生物が跋扈している。ここで躓いていたら終わりだ。
だが、体の震えが止まらない。理由は分かっている。あの時俺にトラウマを植え付けた竜の姿と完全に一致しているからだ。乗り越えないと。頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。
「ぐぎゃおおぉぉ!!」森中に響き渡る咆哮は俺のことを簡単に後方へと吹き飛ばした。受け身もまともにとれない。クソが。
「があぁぁ!!」赤竜の口が赤く光ったのが見えた。ブレスが来る!体さえ動けば避けられるのに。今じゃさっきの吹き飛ばされたダメージのせいで余計に動かない。俺はここで死ぬのかな。
〈君は馬鹿な僕より強い〉エルザの声が聞こえる。これは走馬灯に近いものなのか?それとも俺のことをあの時の様に奮わせてくれているのか?なら全力で応えよう。償いも込めて。
「餓狼」全身が銀色の毛で覆われていく。あの頃の弱い自分と決別する時が来た。見ていてくれ、ここで仇を取って見せるから。
「ふっ!」双剣を逆手に持ち、赤竜の足元に向かって斬撃を放つ。強靭な鱗で固められた肉体に傷をつけるのは一筋縄ではいかないか。動きをよく見て好機を狙うんだ。自分に言い聞かせることによって何を優先するのかはっきりさせる。
「ウウゥン!」後方に大きく飛び下がり、顎を大きく開き突進をしてくるのが見える。反撃をするならここか?いや、まだあとだ。これよりももっと大きな隙が出来る時が来るはずだ。
俺は横にスライディングをして攻撃を回避する。赤竜はそのまま勢いを殺さずに方向転換し、もう一度向かってきた。まだ引き付けれる。ここじゃない。俺の中の何かがタイミングを見計らっている。
再度横にずれることによって攻撃を避けた。今度は当たる直前のところで。こうすることでアイツは後ろの巨木に当たるはずだ。
俺の予想通り木に当たったが、勢いは止まらず、巨木を全て薙ぎ払い突進をしてきた。今度は竜巻を起こし、倒した木を引き連れながら。
「二つ名持ちか?」あまりの強さに二つ名を持っているんじゃないかと疑問を持ってしまう。ここまでの強さの赤竜が目撃されていないのはおかしい。単に生還者が居ないだけかもしれないが。
「ギャオォ!!」赤竜は俺にぶつかる前に停止を行い、竜巻を飛ばしてきた。こいつ、そんな小技まで出来んのかよ。
「ぐっ!!」避けきれないほどの竜巻と木片が俺に襲い掛かる。通り過ぎるたびに傷が増えていく。勝ち筋が全く見えない。
「グウンッ!」小技にばっかり気を取られていたせいでこれらを無視して攻撃を仕掛けてくる奴がいることを忘れていた。噛みつき攻撃を間一髪のところで回避したはいいが、窮地に立たされてしまった。
後方に下がれば下がる程、こいつの逆鱗に触れることになる。つまり幼体の存在。こいつにそのことが気づかれてしまったら本当に終わりだ。それだけは阻止しないと。
茨の道を行くしかないのか。いい加減、本当に覚悟を決めろ。心の奥底で隠れて怯えている臆病な自分に言い放つ。表層では理解している。あとは深層で理解してくれるかどうか。いや、させてやる。本能も宿命も全て俺が飲み込んでやる。
「喰らい尽くせ」~臆病少年の決意~体を覆う毛がどす黒く染まっていく。視界も暗くなっていく。体中から力が滾っているのが分かる。だが、理性だけは『喰われるな』
「うおおぉ!!」握りしめていた短剣を赤竜に向かって投げ飛ばす。一刀は目に、もう一刀は虚空の彼方に消えてしまった。これでいい。俺の狙いはこいつじゃない。
「ぎゃ!」後ろから子供の竜が死んだ音がした。俺の狙いはこいつの理性を持って行くこと。逆鱗に触れ憤怒に身を任せ暴れさせることだ。
「がああぁぁ!!!!!」赤竜が吼える。地面が、大気が、世界が震えている。そうだ怒れ、全てを憎め。俺と同じ土俵に上がってこい。
片目は完全に潰れた竜はもう片方の目に深紅の炎を宿し、体中から爆炎を漏らし続けている。正真正銘命が燃えている。
「全力で行くぞ」子竜に刺さった短剣をスキル「引き寄せ」で即座に引き抜き、怒れる竜に向かって走る。こいつも俺も理性が殆ど残っていない。存在しているのは大切なものを無くしたという途方もない怒りと憎しみだけ。
互いに激しくぶつかる。散るは肉と鱗。舞うは血と風。痛みが強さを引き出してくれる。まだ足りない。こいつもそう思っているはずだ。
「くれてやるよ」片目に刺さっていた短剣を爆発させる。スキル「爆破技師」の効果によって俺の短剣は爆発する性質を持っている。発動させれば最後、短剣は粉々に砕け散り、使い物にならなくなる。大事な剣だったが,,,まぁいい。こいつに勝てるのなら。
「ぐがあぁ!!」爆炎が一層勢いを増して辺りを焼き尽くし始めている。強烈な熱気だ。立っているだけでも黒の体毛を貫通して火傷を負ってしまう。
ブレスに回転攻撃。俺は短剣一本でいなし、反撃を行っている。その間でも爆炎状態のこいつからはダメージを受けているし、短剣もボロボロになり始めている。まだ足りないのか。どこまで喰らい続ければいいんだ。体の動きも鈍くなっているのが明らかだ。
〈どこまで行ける?どこで果てる?〉どこからともなく聞いたことのある声と歌が聞こえ始めた。体中に力が流れ込んでくる。これは吟遊詩人特有の特殊バフだ。この戦いを見に来てくれたのか。醜い俺だけど狩って見せるから安心してくれ。
「終わらせよう」短剣を戻し、スキルで成長した爪を赤竜に向ける。向こうもこちらの意図に気づいたのか、爆炎状態をさらに赤熱させ、太陽に様に赤く光り輝いていた。眼の炎は白色に変化している。口からは同色の炎が漏れ出ている。
正真正銘の一騎打ち。全身全霊、この一撃にお互いの運命が乗っている。神はもうサイコロを振らない。引き寄せるのは俺か、アイツか。
「うおおぉぉ!!!」「がああぁぁ!!!!!」互いの咆哮がぶつかり刹那、攻撃が走った。最後までたっていたのは俺だった。
後ろには竜だったものの灰と意志だけが残っていた。死闘。この言葉に尽きる。今立てているのが奇跡なくらいだ。ありがとう、エルザ。さようなら、臆病少年。
地面に残されたドラゴンハートを手に取り、空を見上げる。雨が降っても風が吹いても俺は立ち続ける。あなたの意志を継いで。
「どんな奴が掛かったんだ?」百メートル程先に小さい反応が起き続けているのを確認して、歩き出す。あまり抵抗をしていないから小型のモンスターか、野生動物だろう。実際に見るまでは分からないが。
「ぎぃ、ぃぃ」糸に絡めとられていたのは赤竜の幼体だった。まじか、竜の幼体に傷でも負わせると親が激怒して死ぬまで追いかけてくる。それほど繁殖能力が低いのだ。
だがここは竜の縄張りから外れているはず。なんでこんな場所に居るんだ。ん?周りに卵の殻が散らばっている。ここで孵化したのか。だとしたら誰かが盗んでいるはずだ。恐らくはクォンだろう。とんでもない爆弾を持ってきたな。
竜にしてはいけないことがいくつかある。縄張りへの侵入。幼体への攻撃。そして卵の略奪。ちなみに最後の行為が一番逆鱗に触れる。だから護衛がいないのか。
「ふざけたことしやがって」俺は一旦キャンプ地に戻ってクォンを殺すことにした。竜の卵の運搬は犯罪で死刑が確定している。いつ死ぬかの問題だ。それに俺が殺した方が楽なはずだ。
ばれないよう、隠密で気配を殺し影移動を使ってクォンが寝ているテントの中に入り込む。呑気な顔で寝てんな。面倒ごとを他人に押し付けて知らんぷりか。
「じゃあな」こいつの持っていたアイテムでも防げないほどの威力のスキルを使い脳天と喉に向かって突き刺す。
「ぐゅ!??」クォンは声とも取れないような気持ちの悪い音を出して絶命した。罰が下りて当然だ。それよりも厄介なのが,,,今目の前に降りてきた赤竜だ。
全身が燃えるように赤く、激昂しているせいなのか目から炎が出ている。大きさは二十メートル前後。俺一人で狩れるだろうか。
この世界では単独で竜を狩れれば冒険者として三流という風潮がある。この世界には竜よりも強い生物が跋扈している。ここで躓いていたら終わりだ。
だが、体の震えが止まらない。理由は分かっている。あの時俺にトラウマを植え付けた竜の姿と完全に一致しているからだ。乗り越えないと。頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。
「ぐぎゃおおぉぉ!!」森中に響き渡る咆哮は俺のことを簡単に後方へと吹き飛ばした。受け身もまともにとれない。クソが。
「があぁぁ!!」赤竜の口が赤く光ったのが見えた。ブレスが来る!体さえ動けば避けられるのに。今じゃさっきの吹き飛ばされたダメージのせいで余計に動かない。俺はここで死ぬのかな。
〈君は馬鹿な僕より強い〉エルザの声が聞こえる。これは走馬灯に近いものなのか?それとも俺のことをあの時の様に奮わせてくれているのか?なら全力で応えよう。償いも込めて。
「餓狼」全身が銀色の毛で覆われていく。あの頃の弱い自分と決別する時が来た。見ていてくれ、ここで仇を取って見せるから。
「ふっ!」双剣を逆手に持ち、赤竜の足元に向かって斬撃を放つ。強靭な鱗で固められた肉体に傷をつけるのは一筋縄ではいかないか。動きをよく見て好機を狙うんだ。自分に言い聞かせることによって何を優先するのかはっきりさせる。
「ウウゥン!」後方に大きく飛び下がり、顎を大きく開き突進をしてくるのが見える。反撃をするならここか?いや、まだあとだ。これよりももっと大きな隙が出来る時が来るはずだ。
俺は横にスライディングをして攻撃を回避する。赤竜はそのまま勢いを殺さずに方向転換し、もう一度向かってきた。まだ引き付けれる。ここじゃない。俺の中の何かがタイミングを見計らっている。
再度横にずれることによって攻撃を避けた。今度は当たる直前のところで。こうすることでアイツは後ろの巨木に当たるはずだ。
俺の予想通り木に当たったが、勢いは止まらず、巨木を全て薙ぎ払い突進をしてきた。今度は竜巻を起こし、倒した木を引き連れながら。
「二つ名持ちか?」あまりの強さに二つ名を持っているんじゃないかと疑問を持ってしまう。ここまでの強さの赤竜が目撃されていないのはおかしい。単に生還者が居ないだけかもしれないが。
「ギャオォ!!」赤竜は俺にぶつかる前に停止を行い、竜巻を飛ばしてきた。こいつ、そんな小技まで出来んのかよ。
「ぐっ!!」避けきれないほどの竜巻と木片が俺に襲い掛かる。通り過ぎるたびに傷が増えていく。勝ち筋が全く見えない。
「グウンッ!」小技にばっかり気を取られていたせいでこれらを無視して攻撃を仕掛けてくる奴がいることを忘れていた。噛みつき攻撃を間一髪のところで回避したはいいが、窮地に立たされてしまった。
後方に下がれば下がる程、こいつの逆鱗に触れることになる。つまり幼体の存在。こいつにそのことが気づかれてしまったら本当に終わりだ。それだけは阻止しないと。
茨の道を行くしかないのか。いい加減、本当に覚悟を決めろ。心の奥底で隠れて怯えている臆病な自分に言い放つ。表層では理解している。あとは深層で理解してくれるかどうか。いや、させてやる。本能も宿命も全て俺が飲み込んでやる。
「喰らい尽くせ」~臆病少年の決意~体を覆う毛がどす黒く染まっていく。視界も暗くなっていく。体中から力が滾っているのが分かる。だが、理性だけは『喰われるな』
「うおおぉ!!」握りしめていた短剣を赤竜に向かって投げ飛ばす。一刀は目に、もう一刀は虚空の彼方に消えてしまった。これでいい。俺の狙いはこいつじゃない。
「ぎゃ!」後ろから子供の竜が死んだ音がした。俺の狙いはこいつの理性を持って行くこと。逆鱗に触れ憤怒に身を任せ暴れさせることだ。
「がああぁぁ!!!!!」赤竜が吼える。地面が、大気が、世界が震えている。そうだ怒れ、全てを憎め。俺と同じ土俵に上がってこい。
片目は完全に潰れた竜はもう片方の目に深紅の炎を宿し、体中から爆炎を漏らし続けている。正真正銘命が燃えている。
「全力で行くぞ」子竜に刺さった短剣をスキル「引き寄せ」で即座に引き抜き、怒れる竜に向かって走る。こいつも俺も理性が殆ど残っていない。存在しているのは大切なものを無くしたという途方もない怒りと憎しみだけ。
互いに激しくぶつかる。散るは肉と鱗。舞うは血と風。痛みが強さを引き出してくれる。まだ足りない。こいつもそう思っているはずだ。
「くれてやるよ」片目に刺さっていた短剣を爆発させる。スキル「爆破技師」の効果によって俺の短剣は爆発する性質を持っている。発動させれば最後、短剣は粉々に砕け散り、使い物にならなくなる。大事な剣だったが,,,まぁいい。こいつに勝てるのなら。
「ぐがあぁ!!」爆炎が一層勢いを増して辺りを焼き尽くし始めている。強烈な熱気だ。立っているだけでも黒の体毛を貫通して火傷を負ってしまう。
ブレスに回転攻撃。俺は短剣一本でいなし、反撃を行っている。その間でも爆炎状態のこいつからはダメージを受けているし、短剣もボロボロになり始めている。まだ足りないのか。どこまで喰らい続ければいいんだ。体の動きも鈍くなっているのが明らかだ。
〈どこまで行ける?どこで果てる?〉どこからともなく聞いたことのある声と歌が聞こえ始めた。体中に力が流れ込んでくる。これは吟遊詩人特有の特殊バフだ。この戦いを見に来てくれたのか。醜い俺だけど狩って見せるから安心してくれ。
「終わらせよう」短剣を戻し、スキルで成長した爪を赤竜に向ける。向こうもこちらの意図に気づいたのか、爆炎状態をさらに赤熱させ、太陽に様に赤く光り輝いていた。眼の炎は白色に変化している。口からは同色の炎が漏れ出ている。
正真正銘の一騎打ち。全身全霊、この一撃にお互いの運命が乗っている。神はもうサイコロを振らない。引き寄せるのは俺か、アイツか。
「うおおぉぉ!!!」「がああぁぁ!!!!!」互いの咆哮がぶつかり刹那、攻撃が走った。最後までたっていたのは俺だった。
後ろには竜だったものの灰と意志だけが残っていた。死闘。この言葉に尽きる。今立てているのが奇跡なくらいだ。ありがとう、エルザ。さようなら、臆病少年。
地面に残されたドラゴンハートを手に取り、空を見上げる。雨が降っても風が吹いても俺は立ち続ける。あなたの意志を継いで。
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