ブレイクソード

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五十八話 本当のこと

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「戻りました」無傷で戻ってきた俺を見て二人は希望に満ちた目で駆け寄ってきた。ここまで歓迎されると嬉しいものがあるな。



「怪我はなさそうですが、回復魔法をかけますね」レーネは無傷だとは分かっていても内心は心配でいっぱいなのだろう。行動に移さないと駄目なタイプの様だ。



「お兄さんはとっても強いんですね」フィーレは魔法をかけてもらっている俺を横目に、料理をしながら褒めてくれた。



台に乗って一生懸命フライパンを振ったり、調味料を探して右往左往している姿がとてもかわいらしい。



「そうでもないですよ」魔法をかけてもらった後、食堂の椅子に座りながら短剣や、防具の手入れをする。こいつらもそろそろ限界か。ボロボロになったライトアーマーや、短剣を見て思う。まだ旅をしたかったんだが,,,魔法空間で見ても羅うか。



「嘘は良くないですよ。あの集団はこの辺りでも有名なチンピラなんですから」フィーレは料理を運びながら、俺に向かって文句を言ってくる。ぷんぷん怒りながら仕事をする姿は一定層に需要があるに違いない。そして俺はロリコンじゃない。



「そうですよアクセルさん。本当は並々ならぬ実力者なのでしょう?」メインディッシュを運んできたレーネにもそういわれた。ここまで言われたら身分とかを明かすしかないか。でもただで教えるのは違うな。



「教えるのはいいですが、そちらが隠していることを先に教えてもらっていいですか?」俺の発言に場が凍り付いた。それもそうだろう特大の爆弾が落とされたんだからな。



「な、何も隠して無いですよ!?



「そ、そうです!何にもないですよ!」一瞬の間をおいて二人が慌てて、何も無いということを言い始めた。この慌て方は絶対に何か隠しているだろう。



「ではなんであんなに武装した人間が来るんですか?」俺と戦った人間はとても奴隷にしようと思ってくる人間の武装ではなかった。高値で売るなら傷が無い方がいいはずだ。なのに斧やボウガン、剣を持ってきていた。



俺が奴隷商なら、麻酔矢とか、睡眠薬を盛って売る。その方が見栄えもいいし、寝ている間に隷属の魔法をかけることが出来るからな。



「そ、それは,,,」レーネは言葉を詰まらせて、目を泳がせていた。やはり何か隠しているのだろう。恐らく夫が何かをやらかして、禍根で殺しにきているのだろう。



「お母さん。本当のことを言うしかないんじゃない?アクセルさんの強さなら助かるかもしれないし」何か耳打ちをしているようだが、スキルを発動させている俺の前ではそんな小細工は通用しない。全部聞き取れてる。



「アクセルさんの強さを見込んで頼みたいことがあるんです。いいですか?」レーネは覚悟を決めた顔でこちらを見てきた。



「別に問題ないですが、隠していることを教えてください」助けるのは構わないが、隠していることを知らないと動きずらい。なんとしてでも聞きださないと。



「ありがとうございます。本当のことを話します。長くなりますがいいでしょうか?」レーネは俺に確認を取ってきた。それほど大事なものを隠して生きていたのだろう。



「いいですよ」俺は快く頷いて話を聞き始めた。話が終わるころに日が上り始めていた。それほどまでに過酷で、長い人生の話だった。



レーネの生まれたところはここよりも北にある、世界の中心とも呼ばれる世界樹のエルフの森で、長の子供としてこの世に産声を上げた。



百歳まではそこで健康にのびのびと生活をしていた。長の子供として英才教育を受け、同世代のエルフと友情を育んだり魔法を見せ合ったりしていた。また剣術や、弓術、馬術などの幅広い技量を得ていた。皆からは将来は有望な長に成れると期待されていた。



それに応えるようにレーネは精を出してさらに勉学や技量の向上に臨んでいた。同年代もそれに火を付けられたように、同じような生活を送っていた。



しかしある時世界樹の栄養源である火山の活動が止まってしまった。理由はその火山を根城にしていたドラゴンが人間の攻撃に暴れてしまったからだ。



なんでドラゴンが暴れると火山の活動が止まるのかは見当が付いていないらしいが、恐らくは共生関係で互いにエネルギーを循環させていた、というのが有力らしい。



世界樹への栄養源が無くなってしまうと、当然枯れ始めてしまう。このままではいけないと思った長が人間にドラゴンへの攻撃を止めるように訴えた。しかし身勝手な人間はそんな言葉を聞き入れるはずもなく、攻撃を止めなかった。



そしてエルフは自分たちの生活が懸かっているため、人間たちへの戦線布告を始めた。これが直近の大戦争である、世界樹戦争だ。



魔法と地形を巧みに操るエルフと、何も知らない無知蒙昧な人間では勝敗は明らかだった。しかし、頭の良さだけで生きてきた人間はとうとう禁断の領域にまで手を出し始めた。それが世界への干渉。



文字通り、この世界に影響を与える方法を見つけてしまった。多くの犠牲をもとに発見されたこの方法は歴史の闇と共に葬られてしまったが、どうやら、この二人はそのことを知っているらしい。



その効果は凄まじく全世界の人間が集まっても劣勢だった状況が一転してしまった。内容は概念の変更。この世界で常識だったことが変わってしまった。俺みたいにこの戦争の後に生まれた者は当たり前だと思っているが。



エルフが使っていた言語を無くしてしまった。変更というよりは削除の方が正しいな。統率が取れなくなったエルフの軍は瞬く間に崩壊をしていき、人間サイドが勝利を収めた。



そのあとは人間が世界樹の有効活用を見出し、エルフが奴隷の様に働かされている。なんでレーネがこのような現状を知っているかは長の血によるものだ。



エルフの長には世界樹と対話を出来るようになる固有のスキルもって生まれる。だから、レーネはこのような状況になっても世界樹の近くの情報であれば確認することが出来る。



さらにこの戦争により、世界中に散ったエルフは迫害を受けている。俺の王国でもそうだったな。俺の父はそれを嫌っていたな。同じ過ちをしたんだからと。



レーネたちは唯一長の血を引くエルフとして指名手配をされている。それも世界中に。俺はそんなのは一度も見たことが無かったから、地域によって差があるのだろう。恐らくは北に行けば行く程、酷くなるだろうな。



二人の目標は北にある世界樹の幹ではなく、南にある根の方に行きたいというものだった。理由は魔法によって概念をもう一度変えるらしい。俺からすれば、何が変わるのかわからないが。



大和国とは正反対の場所だが、一度引き受けたことは覆さない。二人を根の方に送り届けよう。そこでしか得られないものがあるかもしれないからな。



「長い話を聞いて下さりありがとうございます」レーネは話し終わるころには涙を流していた。聞いているだけでも、凄惨だったことが分かる。



「気にしないでください。僕も覚悟が決まりましたから。しっかりと送り届けます」胸を叩いて任せてほしいという意思表示をする。ここで何年かかってもなんて いうと、ブレイク達との約束が守れなくなるからな。なるべく早く送り届けないと。



「ありがとうございます,,,本当に,,,」泣き崩れて、俺の手を掴んできた。か細い手にはいくつもの切り傷や火傷の跡が見える。でもそれをマイナスにしないほどの覚悟が、意志が震えた手から伝わってきた。彼女もここからの旅が厳しいものだということを理解しているのだろう。



「ここまでよく頑張りました。今日は二人で休んでいてください。警戒は僕がしておきますから」



「でもアクセルさんの負担が,,,」



「気にしないでください。これからは同じ旅路を行く仲間でしょう?」心配するレーネに、安心するような言葉をかける。俺もこうやって救われてきたから。



「もし成功したら,,,貴方の名を歴史に刻みます」レーネはそういうと、うとうとしていた、フィーレを持ち上げて、ボロボロの部屋の中に入っていった。



そこまで執着するような概念ってなんだろうな。俺には想像も付かないな。とりあえず今日は二人のためにも俺の訓練と並行して安息を作ってやるか。



「お前ら行ってこい」餓狼を発動させ、狼を周囲に配置させ始める。今回俺がやることは狼との感覚共有とだ同時に操作することだ。この手の動きは何回もやらないと体に馴染まないから。目標は無意識でも俺の思うがままに操れるようになることだ。



狼が定位置に移動している間に宿の屋根に上る。見晴らしはいい方が戦いやすいからな。それにあの程度のレベルの人間なら俺の隠密スキルを見破ることはできないだろう。



「中々、素晴らしい景色じゃないか」東の空から昇る橙色の太陽は俺のことを明るく照らしてくれる。朝焼けはいつ見ても悪くない。同じような日はあっても同じ日は無いからな。そのことを毎回思い出させてくれる。



おっと感傷に浸っている場合じゃないな。浸るとしてもやることをやってからだ。感覚共有を始めるか。手始めに一番近い狼から試すか。場所はここから少し高い位置にある家の屋根だ。



「これは,,,厳しいかもな」視界を共有しているが今見ている光景と重なってぐちゃぐちゃになっている。でも共有自体は出来ている。あとはこれをどうやって制御して実用性のあるものにするかだ。



眼を瞑れば狼だけの視点に変更できるが、俺の目の前の現状を理解できないと意味が無いな。片側だけを視界に移すことは出来ないだろうか。



「ムズイな」片方だけにはできなかったが、どちらかの視点を薄くすることが出来た。これで何をしろって言うんだ。服でも透ければGOODなんだがな。



距離による感覚共有の不具合は無かったがやはり、視界が重なってしまうのが問題だった。



「これは練習が必要だな。日常で使っていかないと、まともなものにならないな」やることばかりが増えて足踏みをしている自分に嫌気がさす。でも強くなるためだ、根気強くやっていこう。



「感覚の共有は一回おいて、同時操作に移るか」目の前に狼を二匹召喚して、同時に操作することを始める。初めは一匹からだ。これは何回もいぇってきてりうことだから、すんなりとできた。問題は、一匹増やすとどうなるかということだ。



単に操作の量が増えるだけではなく。思考の回数も増える。支障がどこから出るのかを徹底的に確認する必要がある。と思っていたがそんなことは無かった。



こっちの方は比較的早くにコツを掴むことが出来た。なんて言うんだろうな。二つのゲームをやっている感じだ。やってみれば楽しいし、狼同士で戦闘をすることが出来るし、俺も戦うことが出来る。これはありだな。



「いい感じだ。これなら今来た人間も倒せそうだな」ここに来るために絶対に通り場所の路地に配置していた狼から反応があった。これだけでも強いんだが、やっぱり直で見て判断したい。



数は数十人と前回よりもかなり多くなっている。偵察していた人間でもいたのか。気づかないなんて俺もまだまだ未熟だな。



そういえば狼を通して、音を拾うことは出来るんだろうか。試して無かったな。静かな今なら何とか聞こえるだろう。



「おま,,,気ぃ付けろ」「この辺りで,,,」「黒い,,,ものが,,,」途切れ途切れだが、聞こえることが分かった。これも鍛えれば実用的なものになるだろうな。



それよりも聞こえてきた声は俺のことを認知しているようだった。舐めて戦っていたら足元を掬われそうだ。気を引き締めていかないとな。



もう少しでスキルの範囲内なんだが、中々引っかからないな。狼からの反応も無い。気づかれているのか。だとしたら熟練者が紛れている。それもかなり上に君臨している人間だ。



あぁ、実際に戦いたい。武者震いが止まらない。抑えなければいけないと分かっているが、体は疼いて仕方がないようだ。このまま俺が出向いて戦うか。



知らない間に太陽はその姿を隠し、曇天が青を塞いでいた。
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