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「ああっ!」
シャルルは悲鳴を上げた。
一回⋯⋯。
二回⋯⋯。
だんだんと気が遠くなっていく。
——ああ、どうして僕は、こんな目にあうんだろう⋯⋯。
ぼんやりする意識の中に浮かんできたのは子供時代の記憶だ。
シャルルは、物心がついたときにはもう孤児院で暮らしていた。父親の顔も母親の顔も知らない。
孤児院の修道女たちは冷たく意地悪で孤児を虐げるのを趣味にしていた。みじめな子供時代だった。
そんなときに国王に身染められてハーレムに入れられた。孤児院のみんなはうらやましがったが、シャルルには恐怖でしかなかった。
従者たちを虫けらのように扱う赤らんだ顔の太った王を見て、この王とともに寝台に入ることを想像するだけで身の毛がよだつ思いがしたからだ。
けれども、王妃がとても嫉妬ぶかかったので、シャルルが国王と共寝をすることは一度もないままだった。
その代わりに王妃と側妃たちのストレス解消の絶好の相手としてひどいいじめを受けている。
「どうか、お許し⋯⋯」
息も絶え絶えにつぶやいて、シャルルは気を失った。
*****
三日後——。
城の中庭で王侯貴族たちはティーパーティーを開いた。
クリームたっぷりのイチゴシフォンケーキを頬張りながら、着飾ったオメガの女性が楽しげに話し出す。
「平民たちが飢え死にしているそうですわ。パンがないらしいですわね。パンがないならお菓子を食べればいいのに!」
まわりのアルファやオメガの貴族たちも大きくうなずく。
「ほんとですわ!」
「あいつらはバカだ」
笑い声が中庭に響いた。
フランク国の財政を支えているのは農民が作る農作物の輸出だ。
けれどもここ数年は天候に恵まれず作物の収穫量がものすごく減っている。
それでも農民たちは高い税金を納めなければならなかった。
農民たちは自分たちが作った作物を食べることも許されていなかった。もし食べたらそっこく死刑なのだ。
農作物の不作が続き、幼い子供や体が弱い者から餓死し始めている。
王族と貴族たちはそれを今、笑っているのだ⋯⋯。
——高級国民のみなさまは、なんて冷たいお心をお持ちなのだろう。
シャルルは心の中でそう思った。
シャルルは今、ティーパーティの残酷な余興をさせられていた。
不安定で高い木の台の上に乗せられているのだ。台には脚が二本しかないので、少しでも動くとグラグラと揺れる。
——落ちたらまた鞭打ちだ⋯⋯。
シャルルは台の上で必死でバランスを取っていた。緑色の瞳には涙が浮かんでいる。
台の下には鞭を持った侍女たちがいた。シャルルが落ちたら鞭で打とうと待っているのだ。
これは上級国民たちのとっても意地悪でひどすぎる遊びだった。
——もうずっとなんにも食べていない⋯⋯。
いつ食べたか記憶がないほどだ。お腹がすきすぎて力が出ない。立っているだけでも精一杯なのに、不安定な台の上に乗せられている。
鞭打ちの傷も治っていなかった。尻も背中もズキズキと痛い。この傷の上をまた打たれると思っただけで恐怖で体が固まった。
貴族たちはキューカンバーサンドイッチをムシャムシャと食べながら話題を変えた。
「エスタリア国が勢力を伸ばしているそうだ」
「ええ、そうですね。このままでは攻め入ってくるのではないかしら?」
「我がフランク国ではエスタリア国の軍力に負けるのではありませんか?」
「エスタリアの国王はそれは強い騎士なのでしょう? とても残酷で、しかも美食家と聞きました」
「噂では、人間も食べるらしい⋯⋯」
「なんと恐ろしい!」
貴族たちの顔が青ざめる。
フランク国の王——デイロ国王は、さっきから黙って貴族たちの話を聞いていた。あご肉がだぶついた赤ら顔でウイスキー入りの紅茶をガブガブ飲んでいる。
ときおりなんの前触れもなく身近な従者を鞭で打っている。王は、王妃以上に意地悪な性格なのだ。
「我が国がエスタリアに負けるものか⋯⋯。だが、あの人喰い王の機嫌を取っておくのも悪くはないな」
と、王がつぶやくと、すかさず紫色の巨大な髪型の王妃が残酷に笑った。
「側妃のだれかを貢ぎ物にすればいいのではありませんか?」
側妃たちの顔が真っ青になった。
「僕は嫌ですからね!」
実家が大貴族の赤毛のオメガ青年のジャックがキッパリと言う。
「あなたを貢ぎ物にするわけがないでしょう、安心して」
王妃が言うと、他の側妃たちがあわてる。
「わたくしも嫌です、エスタリアの王は人間を食べるような残酷なアルファなのでしょう? 絶対に嫌です」
「僕も嫌です!」
「大丈夫よ、落ち着いてみなさん。貢ぎ物にする側妃は、あなたたちではないわ」
「では、だれでございますか?」
人々の視線がすーっとひとりのオメガに集まった。
シャルルだ——。
「え? 僕?」
台の上にいたシャルルは驚いてバランスを失った。
「あっ!」
とうとう地面に落ちてしまった。
「落ちるなと言ったでしょう! おまえには罰が必要のようね!」
王妃が鋭く叫ぶと、
「どんな罰がいいかなあ⋯⋯?」
赤毛の青年オメガのジャックが笑いながら近寄ってきた。手には紅茶のカップを持っていて、地面に倒れているシャルルのズボンにドボドボと紅茶をかけた。
「あっ! 熱いっ!」
逃げてもまた熱湯をかけられた。
逃げ惑う姿をみんなが笑った。
股間がぐっしょりと濡れてまるでおしっこを漏らしたようだ⋯⋯。
「お漏らしシャルル!」
「あーら、恥ずかしい!」
王も王妃も、側妃たちも、従者や侍女たちすらもドッと笑った。
——ああ、なんてひどい人たちなんだろう⋯⋯。
シャルルは地面に爪が食い込むまでギュッと両手を握りしめた。耐えるしかないのだ。耐えるしか⋯⋯。
笑い声がおさまると、王妃が冷たい声で話し出した。
「ねえ、王さま。シャルルを箱詰めしてエスタリアに送り届けましょう」
「うむ、それはいい考えだ」
国王がうなずいた。
こうして最下位のオメガ側妃のシャルル・カミュは、敵国への貢ぎ物になったのだった——。
*****
——ここはどこだろう?
シャルルは、真っ暗な箱の中で考えた。
ここがどこで、今が昼なのか夜なのかもわからない。
シャルルは真っ暗な箱の中にいるのだ⋯⋯。
——せめてパンのかけらだけでももらえたらいいなあ⋯⋯。
祈るような気持ちでそう思った。
自分の国では食べるものはほとんどもらえなかった。毎日いじめられて、餓死するギリギリの量しか食べることを許してもらえなかった。
——ほんの少しだけでもいいから、食べ物がもらえますように。
シャルルの願いはそれだけなのだ。
「うわっ!」
いきなりグラリと箱が揺れたので、両手両足にぐいっと力を入れてバランスをとる。
どうやら敵国のエスタリア国に着いたらしい⋯⋯。
ガサゴソという音が聞こえてきた。だれかが箱を開けようとしている。
——あ、まぶしい!
箱が開くと目の前がパッと明るくなった。眩しすぎてなにも見えない。
明るさに慣れようと思ってなん度も瞬きをしていると、とっても魅力的な低音ベルベットボイスが聞こえた。
「そなた、名前は?」
「シ⋯⋯、シャルル・カミュともうします!」
必死でそう答えた。
ぼんやりと人影が見えるようになってくる⋯⋯。
「あっ!」
見えたと同時に大きな声を出してしまった。目の前の人物が信じられないほど整った容姿をしていたからだ!
——うわあ! なんてかっこいいお方なのだろう⋯⋯。
二十代半ばの美貌の青年アルファだった。
艶やかな黒髪。そして滅多にないほど美しい切れ長の目に、きらめく海のようなブルーの瞳をしている。
しなやかな黒豹のような青年だった。青年の全身から若々しくて野生的な力強さが感じられる。
ものすごく背が高い。たくましい広い肩と分厚い胸は歴戦の騎士のようだが、豪華な漆黒のフロックコートは高位の貴族だけが着る服装——。
——どなただろう⋯⋯?
自分が置かれている状況をすっかり忘れて、ぼーっと見惚れてしまった。
「俺の名はアルベルト・カサドだ」
美貌のアルファがにっこりと笑った。ものすごく嬉しそうな笑顔だった。まるで欲しいものがやっと手に入った少年のような無邪気な笑顔だ⋯⋯。
「えっ?」
——では、このお方はエスタリア国の王さま?
アルベルト・カサドは、エスタリア国の国王の名前ではないか!
——大変だ!
箱から飛び出した。あわてすぎて頭から床に落ちてしまう。
「ご⋯⋯、ご無礼をいたしました!」
——ああ、どうしよう! 貢ぎ物だという立場を忘れて、陛下のお顔にぼんやりと見惚れてしまった!
敵国への貢ぎ物にされたということは、奴隷として差し出されたということだ。
人扱いはしてもらえない。『物』として扱われるのだ。
奴隷が国王の顔を正面から見つめるなど決して許されることではないのだ。
——どうしよう、殴られるかもしれない⋯⋯。
怖くてブルブルと震えていると、アルベルト王に関するある『噂』を思い出した。
——ああ、そうだ! アルベルト王はものすごい美食家で、『人さえも食べる』という噂があったんだ!
ということは、殴られるどころか食べられるかもしれないではないか!
——ああ、どうしよう!
恐怖で気を失いかけた。
そのとき——。
「今日からそなたは我が国の国宝だ」
アルベルトがささやいた。体がとろけるかと思うほど甘い声で⋯⋯。
「え?」
——国宝? どうして僕が国宝?
必死に考えて、シャルルはハッとした。
——やっぱりあの噂はほんとうだったんだ! これからアルベルト陛下に食べられるんだ! 僕は『国宝級の食材』になってしまったんだ! ああ、どうしよう!!
「どうした? 国宝になるのは嫌か?」
アルベルト王が穏やかな声で聞いた。
そっと優しく包み込んでくれるような、暖かさにあふれた声だ。
こんなに優しい声を上級国民からかけてもらったのははじめてだった。
——アルベルト陛下はもしかしたらお優しい方なのかな? ただものすごい美食家だから、人間をお食べになるのかな⋯⋯。僕は奴隷としてここにきたんだから、嫌だなんて言ってはいけなんだ⋯⋯。
自分の立場を考えて、あふれそうになる涙をグッとこらえた。消え入るような小さな声で答える。
「いいえ、嫌ではありません。⋯⋯こ、⋯⋯光栄でございます」
続く
シャルルは悲鳴を上げた。
一回⋯⋯。
二回⋯⋯。
だんだんと気が遠くなっていく。
——ああ、どうして僕は、こんな目にあうんだろう⋯⋯。
ぼんやりする意識の中に浮かんできたのは子供時代の記憶だ。
シャルルは、物心がついたときにはもう孤児院で暮らしていた。父親の顔も母親の顔も知らない。
孤児院の修道女たちは冷たく意地悪で孤児を虐げるのを趣味にしていた。みじめな子供時代だった。
そんなときに国王に身染められてハーレムに入れられた。孤児院のみんなはうらやましがったが、シャルルには恐怖でしかなかった。
従者たちを虫けらのように扱う赤らんだ顔の太った王を見て、この王とともに寝台に入ることを想像するだけで身の毛がよだつ思いがしたからだ。
けれども、王妃がとても嫉妬ぶかかったので、シャルルが国王と共寝をすることは一度もないままだった。
その代わりに王妃と側妃たちのストレス解消の絶好の相手としてひどいいじめを受けている。
「どうか、お許し⋯⋯」
息も絶え絶えにつぶやいて、シャルルは気を失った。
*****
三日後——。
城の中庭で王侯貴族たちはティーパーティーを開いた。
クリームたっぷりのイチゴシフォンケーキを頬張りながら、着飾ったオメガの女性が楽しげに話し出す。
「平民たちが飢え死にしているそうですわ。パンがないらしいですわね。パンがないならお菓子を食べればいいのに!」
まわりのアルファやオメガの貴族たちも大きくうなずく。
「ほんとですわ!」
「あいつらはバカだ」
笑い声が中庭に響いた。
フランク国の財政を支えているのは農民が作る農作物の輸出だ。
けれどもここ数年は天候に恵まれず作物の収穫量がものすごく減っている。
それでも農民たちは高い税金を納めなければならなかった。
農民たちは自分たちが作った作物を食べることも許されていなかった。もし食べたらそっこく死刑なのだ。
農作物の不作が続き、幼い子供や体が弱い者から餓死し始めている。
王族と貴族たちはそれを今、笑っているのだ⋯⋯。
——高級国民のみなさまは、なんて冷たいお心をお持ちなのだろう。
シャルルは心の中でそう思った。
シャルルは今、ティーパーティの残酷な余興をさせられていた。
不安定で高い木の台の上に乗せられているのだ。台には脚が二本しかないので、少しでも動くとグラグラと揺れる。
——落ちたらまた鞭打ちだ⋯⋯。
シャルルは台の上で必死でバランスを取っていた。緑色の瞳には涙が浮かんでいる。
台の下には鞭を持った侍女たちがいた。シャルルが落ちたら鞭で打とうと待っているのだ。
これは上級国民たちのとっても意地悪でひどすぎる遊びだった。
——もうずっとなんにも食べていない⋯⋯。
いつ食べたか記憶がないほどだ。お腹がすきすぎて力が出ない。立っているだけでも精一杯なのに、不安定な台の上に乗せられている。
鞭打ちの傷も治っていなかった。尻も背中もズキズキと痛い。この傷の上をまた打たれると思っただけで恐怖で体が固まった。
貴族たちはキューカンバーサンドイッチをムシャムシャと食べながら話題を変えた。
「エスタリア国が勢力を伸ばしているそうだ」
「ええ、そうですね。このままでは攻め入ってくるのではないかしら?」
「我がフランク国ではエスタリア国の軍力に負けるのではありませんか?」
「エスタリアの国王はそれは強い騎士なのでしょう? とても残酷で、しかも美食家と聞きました」
「噂では、人間も食べるらしい⋯⋯」
「なんと恐ろしい!」
貴族たちの顔が青ざめる。
フランク国の王——デイロ国王は、さっきから黙って貴族たちの話を聞いていた。あご肉がだぶついた赤ら顔でウイスキー入りの紅茶をガブガブ飲んでいる。
ときおりなんの前触れもなく身近な従者を鞭で打っている。王は、王妃以上に意地悪な性格なのだ。
「我が国がエスタリアに負けるものか⋯⋯。だが、あの人喰い王の機嫌を取っておくのも悪くはないな」
と、王がつぶやくと、すかさず紫色の巨大な髪型の王妃が残酷に笑った。
「側妃のだれかを貢ぎ物にすればいいのではありませんか?」
側妃たちの顔が真っ青になった。
「僕は嫌ですからね!」
実家が大貴族の赤毛のオメガ青年のジャックがキッパリと言う。
「あなたを貢ぎ物にするわけがないでしょう、安心して」
王妃が言うと、他の側妃たちがあわてる。
「わたくしも嫌です、エスタリアの王は人間を食べるような残酷なアルファなのでしょう? 絶対に嫌です」
「僕も嫌です!」
「大丈夫よ、落ち着いてみなさん。貢ぎ物にする側妃は、あなたたちではないわ」
「では、だれでございますか?」
人々の視線がすーっとひとりのオメガに集まった。
シャルルだ——。
「え? 僕?」
台の上にいたシャルルは驚いてバランスを失った。
「あっ!」
とうとう地面に落ちてしまった。
「落ちるなと言ったでしょう! おまえには罰が必要のようね!」
王妃が鋭く叫ぶと、
「どんな罰がいいかなあ⋯⋯?」
赤毛の青年オメガのジャックが笑いながら近寄ってきた。手には紅茶のカップを持っていて、地面に倒れているシャルルのズボンにドボドボと紅茶をかけた。
「あっ! 熱いっ!」
逃げてもまた熱湯をかけられた。
逃げ惑う姿をみんなが笑った。
股間がぐっしょりと濡れてまるでおしっこを漏らしたようだ⋯⋯。
「お漏らしシャルル!」
「あーら、恥ずかしい!」
王も王妃も、側妃たちも、従者や侍女たちすらもドッと笑った。
——ああ、なんてひどい人たちなんだろう⋯⋯。
シャルルは地面に爪が食い込むまでギュッと両手を握りしめた。耐えるしかないのだ。耐えるしか⋯⋯。
笑い声がおさまると、王妃が冷たい声で話し出した。
「ねえ、王さま。シャルルを箱詰めしてエスタリアに送り届けましょう」
「うむ、それはいい考えだ」
国王がうなずいた。
こうして最下位のオメガ側妃のシャルル・カミュは、敵国への貢ぎ物になったのだった——。
*****
——ここはどこだろう?
シャルルは、真っ暗な箱の中で考えた。
ここがどこで、今が昼なのか夜なのかもわからない。
シャルルは真っ暗な箱の中にいるのだ⋯⋯。
——せめてパンのかけらだけでももらえたらいいなあ⋯⋯。
祈るような気持ちでそう思った。
自分の国では食べるものはほとんどもらえなかった。毎日いじめられて、餓死するギリギリの量しか食べることを許してもらえなかった。
——ほんの少しだけでもいいから、食べ物がもらえますように。
シャルルの願いはそれだけなのだ。
「うわっ!」
いきなりグラリと箱が揺れたので、両手両足にぐいっと力を入れてバランスをとる。
どうやら敵国のエスタリア国に着いたらしい⋯⋯。
ガサゴソという音が聞こえてきた。だれかが箱を開けようとしている。
——あ、まぶしい!
箱が開くと目の前がパッと明るくなった。眩しすぎてなにも見えない。
明るさに慣れようと思ってなん度も瞬きをしていると、とっても魅力的な低音ベルベットボイスが聞こえた。
「そなた、名前は?」
「シ⋯⋯、シャルル・カミュともうします!」
必死でそう答えた。
ぼんやりと人影が見えるようになってくる⋯⋯。
「あっ!」
見えたと同時に大きな声を出してしまった。目の前の人物が信じられないほど整った容姿をしていたからだ!
——うわあ! なんてかっこいいお方なのだろう⋯⋯。
二十代半ばの美貌の青年アルファだった。
艶やかな黒髪。そして滅多にないほど美しい切れ長の目に、きらめく海のようなブルーの瞳をしている。
しなやかな黒豹のような青年だった。青年の全身から若々しくて野生的な力強さが感じられる。
ものすごく背が高い。たくましい広い肩と分厚い胸は歴戦の騎士のようだが、豪華な漆黒のフロックコートは高位の貴族だけが着る服装——。
——どなただろう⋯⋯?
自分が置かれている状況をすっかり忘れて、ぼーっと見惚れてしまった。
「俺の名はアルベルト・カサドだ」
美貌のアルファがにっこりと笑った。ものすごく嬉しそうな笑顔だった。まるで欲しいものがやっと手に入った少年のような無邪気な笑顔だ⋯⋯。
「えっ?」
——では、このお方はエスタリア国の王さま?
アルベルト・カサドは、エスタリア国の国王の名前ではないか!
——大変だ!
箱から飛び出した。あわてすぎて頭から床に落ちてしまう。
「ご⋯⋯、ご無礼をいたしました!」
——ああ、どうしよう! 貢ぎ物だという立場を忘れて、陛下のお顔にぼんやりと見惚れてしまった!
敵国への貢ぎ物にされたということは、奴隷として差し出されたということだ。
人扱いはしてもらえない。『物』として扱われるのだ。
奴隷が国王の顔を正面から見つめるなど決して許されることではないのだ。
——どうしよう、殴られるかもしれない⋯⋯。
怖くてブルブルと震えていると、アルベルト王に関するある『噂』を思い出した。
——ああ、そうだ! アルベルト王はものすごい美食家で、『人さえも食べる』という噂があったんだ!
ということは、殴られるどころか食べられるかもしれないではないか!
——ああ、どうしよう!
恐怖で気を失いかけた。
そのとき——。
「今日からそなたは我が国の国宝だ」
アルベルトがささやいた。体がとろけるかと思うほど甘い声で⋯⋯。
「え?」
——国宝? どうして僕が国宝?
必死に考えて、シャルルはハッとした。
——やっぱりあの噂はほんとうだったんだ! これからアルベルト陛下に食べられるんだ! 僕は『国宝級の食材』になってしまったんだ! ああ、どうしよう!!
「どうした? 国宝になるのは嫌か?」
アルベルト王が穏やかな声で聞いた。
そっと優しく包み込んでくれるような、暖かさにあふれた声だ。
こんなに優しい声を上級国民からかけてもらったのははじめてだった。
——アルベルト陛下はもしかしたらお優しい方なのかな? ただものすごい美食家だから、人間をお食べになるのかな⋯⋯。僕は奴隷としてここにきたんだから、嫌だなんて言ってはいけなんだ⋯⋯。
自分の立場を考えて、あふれそうになる涙をグッとこらえた。消え入るような小さな声で答える。
「いいえ、嫌ではありません。⋯⋯こ、⋯⋯光栄でございます」
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