9 / 12
9
しおりを挟む
アルベルトはものすごく背が高い。その少し後ろをちょこちょことついていくと、アルベルトが歩みを遅める。
そして自分の横を示した。
「え?」
「後ろではなく、横を歩いたらどうだ」
「でも、あの⋯⋯」
王さまの横を歩くなんて、そんな無礼なことができるわけがない。
だけどアルベルトは「さあ、ここに」と笑顔で言う。
「では、あの⋯⋯、失礼いたします⋯⋯」
緊張しながらアルベルトの隣を歩いた。
ふたりで並んで港町を歩いていると、街の住民が集まってきた。
「アルベルト陛下!」
「アルベルト陛下、万歳!」
アルベルトは国民にとても人気があるようだ。
「国民のみなさんのために、力を注いでいらっしゃるのですね⋯⋯。すごいなあ」
「国民が俺に力を貸してくれるんだ」
「国民が⋯⋯、ですか?」
——わあ、そんなふうに言えるなんて、ますますすごいなあ! この国のみなさんは幸せだなあ⋯⋯。もし僕がエスタリア国に生まれていたら、もっと違う人生になっていたかなあ⋯⋯。
ぼんやりとそんなことを思っていると、アルベルトが足を止めた。
まわりには食べ物を売る店が並んでいる。
「なにが食べたい? ガレットはどうだ?」
「ガレットですか?」
ガレットとはどんな食べ物だろうか⋯⋯?
首をかしげて考えていると、アルベルトが小さな店を指差した。
「ここのガレットは最高なんだ。ガレットはサラセンで作る」
「サラセン?」
「十字軍が運んできた小麦に似た穀物だ。我が国ではサラセンに税をかけないことにしたんだ。それでこうしてこの街の名物になった。今では輸出もしている。外貨を稼いでくれるというわけさ」
「そうなのですね⋯⋯」
税金のことはちっともわからなかった。だけど、アルベルト王が国を栄えさせるためにいろいろな努力をしていることはわかった。
「食べてみるか?」
「はい!」
ガレットは、とても薄いホットケーキのようなものだった。
その生地にハムや卵を乗せる。
店の前にテーブルがあった。
「海を見ながら食べるのもいいだろう?」
「え? 陛下がここでお召し上がりになるのですか?」
「もちろんだ。ここでは俺はただの客だ」
と言ってから、気軽に店主に声をかけた。
きっとなん度も来ている店なのだろう、店主のほうも堅苦しくなく国王に対応している。
——国民との距離がすごく近いなあ⋯⋯。
もはや感動すら覚えていた。こんな国があるなんて⋯⋯。こんな王さまがいるなんて⋯⋯。
——国が変わると、こんなにもいろいろなことが違うんだ!
しばらくすると、大きなお皿に乗ったガレットが出てきた。
一口食べると香ばしい生地の香りがした。
「美味いか?」
「はい、とても美味しいです!」
——こんなに素敵な街で、こんなに美味しいものを食べることができるなんて、ものすごく幸せだなあ!
心からそう思ったときだった。
まるでシャルルの心が通じたかのように、アルベルトが言った。
「俺は今、ものすごく幸せだ——」
*****
アルベルト国王が美食家だということを、国民はみなよく知っているようだった。
シャルルがアルベルトと一緒に港町を歩いていると、食事を出している店の店主が次々に店から飛び出してきて、「最高級の羊肉が手に入りましたので、お城に届けさせていただきます」とか、「珍しい海の幸をさきほどクレメント料理長さまにお渡しいたしました」などと、話しかけてきた。
アルベルトも決して威張ったりせず、気さくに返事を返している。
——アルベルトさまは国王陛下なのに、まるで国民と家族みたいだ。ほんとうに僕もこの国に生まれたかったなあ⋯⋯。
もしそうだったらどんなによかっただろう、と思った。
アルベルトと国民たちの雰囲気があまりにもいいので、シャルルも気楽な気持ちになって、つい自分のことを話してしまった。
「あの⋯⋯、僕も料理は好きなんです」
「ほお——。それは知らなかった。得意な料理は?」
「得意というほどではありませんが、マッシュルームスープはなん度も作りました。でも、フランク国の王妃さまには気に入っていただけませんでした。たぶん、僕には料理の才能がないんだと思います⋯⋯」
「なんだと? 我が国の国宝の料理を気に入らぬとは無礼な王妃だ」
アルベルトの顔が一気に厳しくなった。
「無礼? いえ、あの⋯⋯、王妃さまですから⋯⋯」
「そのマッシュルームスープを、俺にも作ってくれるか?」
「でも、美味しくないと思います⋯⋯」
美食家で名高いアルベルトの舌を満足させる自信などとてもない。
フランク国では、王妃から罰を受けるほどだったのだから⋯⋯。
だけどアルベルトはすっかりマッシュルームスープを食べる気になっているようだった。
「最高級のマッシュルームを手に入れよう。他にはなにがいる? ミルクやオニオンも必要だろう?」
「え? でも、あの⋯⋯」
——僕のスープは不味いかもしれないのに、どうしよう⋯⋯。言わなければよかった⋯⋯。
料理が好きだと言ってしまったことを後悔していると、白い馬車が静かに近づいてきて、ふたりの横で止まった。
「お迎えにまいりました!」
馬の手綱を握る御者の横に、レダとレナの双子の従者が乗っている。
「残念だが、俺はこれから警備兵たちと合流しなくてならないんだ。さきに城に戻っていてくれ、晩餐には戻る」
「⋯⋯どうぞお気をつけて」
お気をつけて、と言うと、アルベルトの顔にパッと笑みが浮かんだ。
——どうしてこんなに嬉しそうなお顔をなさるんだろう? こんなお顔で見つめられると、ものすごくドキドキしてしまう⋯⋯。
顔がまたカッと熱くなっていく。
——ああ、どうしよう! 僕の頬はきっと赤くなっている!
そう思ったらものすごく恥ずかしくなった。うつむいたまま急いで馬車に乗り込んだ。
「出発しまーす!」
双子従者が元気よく声をあげる。
馬車は、港町をガタゴトと進んでいく。しばらくすると山へのゆるやかな道を登り始めた。
王城はこの山の一番上にあるのだ。
——楽しかったなあ⋯⋯。
はあ、と甘いため息をついてしまった。
胸の奥がほんのりと暖かい。
——なんだろう、この気持ち?
胸に手を当てて考える。
——もしかして、これが幸せってことかな?
生まれてから一度も感じたことがない感情だった。
——僕は料理の素材として貢ぎ物になったのだから、もうすぐ人生も終わるのだけど⋯⋯。でも、ほんとうによかったなあ。最後に『幸せ』を知ることができて⋯⋯。
大きな目に涙が浮かんだ。若草のように清らかな緑色の瞳が、涙でキラキラと光った。
「泣いたら、きれいな街が見えない⋯⋯」
手の甲で涙を拭いたときだった。
馬車の外から、双子の少年従者たちの悲鳴が聞こえた。
続く
そして自分の横を示した。
「え?」
「後ろではなく、横を歩いたらどうだ」
「でも、あの⋯⋯」
王さまの横を歩くなんて、そんな無礼なことができるわけがない。
だけどアルベルトは「さあ、ここに」と笑顔で言う。
「では、あの⋯⋯、失礼いたします⋯⋯」
緊張しながらアルベルトの隣を歩いた。
ふたりで並んで港町を歩いていると、街の住民が集まってきた。
「アルベルト陛下!」
「アルベルト陛下、万歳!」
アルベルトは国民にとても人気があるようだ。
「国民のみなさんのために、力を注いでいらっしゃるのですね⋯⋯。すごいなあ」
「国民が俺に力を貸してくれるんだ」
「国民が⋯⋯、ですか?」
——わあ、そんなふうに言えるなんて、ますますすごいなあ! この国のみなさんは幸せだなあ⋯⋯。もし僕がエスタリア国に生まれていたら、もっと違う人生になっていたかなあ⋯⋯。
ぼんやりとそんなことを思っていると、アルベルトが足を止めた。
まわりには食べ物を売る店が並んでいる。
「なにが食べたい? ガレットはどうだ?」
「ガレットですか?」
ガレットとはどんな食べ物だろうか⋯⋯?
首をかしげて考えていると、アルベルトが小さな店を指差した。
「ここのガレットは最高なんだ。ガレットはサラセンで作る」
「サラセン?」
「十字軍が運んできた小麦に似た穀物だ。我が国ではサラセンに税をかけないことにしたんだ。それでこうしてこの街の名物になった。今では輸出もしている。外貨を稼いでくれるというわけさ」
「そうなのですね⋯⋯」
税金のことはちっともわからなかった。だけど、アルベルト王が国を栄えさせるためにいろいろな努力をしていることはわかった。
「食べてみるか?」
「はい!」
ガレットは、とても薄いホットケーキのようなものだった。
その生地にハムや卵を乗せる。
店の前にテーブルがあった。
「海を見ながら食べるのもいいだろう?」
「え? 陛下がここでお召し上がりになるのですか?」
「もちろんだ。ここでは俺はただの客だ」
と言ってから、気軽に店主に声をかけた。
きっとなん度も来ている店なのだろう、店主のほうも堅苦しくなく国王に対応している。
——国民との距離がすごく近いなあ⋯⋯。
もはや感動すら覚えていた。こんな国があるなんて⋯⋯。こんな王さまがいるなんて⋯⋯。
——国が変わると、こんなにもいろいろなことが違うんだ!
しばらくすると、大きなお皿に乗ったガレットが出てきた。
一口食べると香ばしい生地の香りがした。
「美味いか?」
「はい、とても美味しいです!」
——こんなに素敵な街で、こんなに美味しいものを食べることができるなんて、ものすごく幸せだなあ!
心からそう思ったときだった。
まるでシャルルの心が通じたかのように、アルベルトが言った。
「俺は今、ものすごく幸せだ——」
*****
アルベルト国王が美食家だということを、国民はみなよく知っているようだった。
シャルルがアルベルトと一緒に港町を歩いていると、食事を出している店の店主が次々に店から飛び出してきて、「最高級の羊肉が手に入りましたので、お城に届けさせていただきます」とか、「珍しい海の幸をさきほどクレメント料理長さまにお渡しいたしました」などと、話しかけてきた。
アルベルトも決して威張ったりせず、気さくに返事を返している。
——アルベルトさまは国王陛下なのに、まるで国民と家族みたいだ。ほんとうに僕もこの国に生まれたかったなあ⋯⋯。
もしそうだったらどんなによかっただろう、と思った。
アルベルトと国民たちの雰囲気があまりにもいいので、シャルルも気楽な気持ちになって、つい自分のことを話してしまった。
「あの⋯⋯、僕も料理は好きなんです」
「ほお——。それは知らなかった。得意な料理は?」
「得意というほどではありませんが、マッシュルームスープはなん度も作りました。でも、フランク国の王妃さまには気に入っていただけませんでした。たぶん、僕には料理の才能がないんだと思います⋯⋯」
「なんだと? 我が国の国宝の料理を気に入らぬとは無礼な王妃だ」
アルベルトの顔が一気に厳しくなった。
「無礼? いえ、あの⋯⋯、王妃さまですから⋯⋯」
「そのマッシュルームスープを、俺にも作ってくれるか?」
「でも、美味しくないと思います⋯⋯」
美食家で名高いアルベルトの舌を満足させる自信などとてもない。
フランク国では、王妃から罰を受けるほどだったのだから⋯⋯。
だけどアルベルトはすっかりマッシュルームスープを食べる気になっているようだった。
「最高級のマッシュルームを手に入れよう。他にはなにがいる? ミルクやオニオンも必要だろう?」
「え? でも、あの⋯⋯」
——僕のスープは不味いかもしれないのに、どうしよう⋯⋯。言わなければよかった⋯⋯。
料理が好きだと言ってしまったことを後悔していると、白い馬車が静かに近づいてきて、ふたりの横で止まった。
「お迎えにまいりました!」
馬の手綱を握る御者の横に、レダとレナの双子の従者が乗っている。
「残念だが、俺はこれから警備兵たちと合流しなくてならないんだ。さきに城に戻っていてくれ、晩餐には戻る」
「⋯⋯どうぞお気をつけて」
お気をつけて、と言うと、アルベルトの顔にパッと笑みが浮かんだ。
——どうしてこんなに嬉しそうなお顔をなさるんだろう? こんなお顔で見つめられると、ものすごくドキドキしてしまう⋯⋯。
顔がまたカッと熱くなっていく。
——ああ、どうしよう! 僕の頬はきっと赤くなっている!
そう思ったらものすごく恥ずかしくなった。うつむいたまま急いで馬車に乗り込んだ。
「出発しまーす!」
双子従者が元気よく声をあげる。
馬車は、港町をガタゴトと進んでいく。しばらくすると山へのゆるやかな道を登り始めた。
王城はこの山の一番上にあるのだ。
——楽しかったなあ⋯⋯。
はあ、と甘いため息をついてしまった。
胸の奥がほんのりと暖かい。
——なんだろう、この気持ち?
胸に手を当てて考える。
——もしかして、これが幸せってことかな?
生まれてから一度も感じたことがない感情だった。
——僕は料理の素材として貢ぎ物になったのだから、もうすぐ人生も終わるのだけど⋯⋯。でも、ほんとうによかったなあ。最後に『幸せ』を知ることができて⋯⋯。
大きな目に涙が浮かんだ。若草のように清らかな緑色の瞳が、涙でキラキラと光った。
「泣いたら、きれいな街が見えない⋯⋯」
手の甲で涙を拭いたときだった。
馬車の外から、双子の少年従者たちの悲鳴が聞こえた。
続く
429
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる