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「きゃあ!」
少年従者たちの悲鳴が聞こえた。
悲鳴と同時に、馬車がものすごく乱暴に止まった。
「うわっ!」
シャルルは馬車の壁にドンっと体をぶつける。
「痛っ⋯⋯」
肩の痛みに顔をしかめながらも、「大丈夫ですか?」と双子たちに声をかけた。
事故が起こったのだろうかと思った。
それとも、なにか別のことだろうか⋯⋯。
馬車の外はシーンと静まり返っている。
「レダさん? レナさん?」
慌てて外に出ようと扉に手をかけると、いきなり扉が開いた。
「あっ!」
目の前に見えたのは、黒い覆面で顔を隠した男たち⋯⋯。
「シャルル・カミュだな?」
名前を呼ばれ、思わずうなずいてしまった。
「来い!」
「あなたたちはだれですか?」
「黙ってついて来い!」
乱暴に馬車から引きずり出された。
馬車の外には三十人以上の覆面の男たちがいるではないか!
——この人たちはいったいだれだろう? どうして僕を?
混乱した頭の中で、『逃げなきゃ!』とそれだけはわかった。
男たちが善人でないことはあきらかだ。辻馬車強盗か、それともオメガへの乱暴目的か⋯⋯。
「レダさん! レナさん! 大丈夫ですか?」
御者と従者は怪我をしていないだろうか、と馬車の前を見ると、三人はぐったりしていた。気絶させられたようだった。
「なにをしている、はやく来い!」
「嫌です!」
男たちの手からするりと逃げて馬車の下に潜り込む。
体の大きな男たちは狭い馬車の下には入れない。「出てこいと言っているだろう!」と、怖い声で叫びながら、馬車の下に手を伸ばしてきた。
——レダさん、レナさん、すぐに助けを呼んできます!
唇をギュッと強く噛んで。男たちと反対側の馬車の下から這い出る。必死で走った。
「追え!」
「あっちだ! 逃すな!」
恐ろしい声が迫ってくる。
逃げた先に見えたのは⋯⋯。
——え? 行き止まり?
崖だった!
道がなくなっていた。
崖の下に別の道が見える。だけどとても飛び降りることができる高さではない。
もし飛び降りたら足を折ってしまうだろう。
「観念しろ!」
覆面の男たちはすぐそばまで迫っていた。
「嫌です!」
叫んだとき、バランスを崩した。
「あっ!」
体がぐらりと後ろに揺れる。そのまま崖の下に頭から落ちていく⋯⋯。
——ああ、もうだめだ!
覚悟してギュッと目を閉じる。
が——。
そのときだった。
ふわりと体が浮いたではないか?
「え?」
——どうして⋯⋯?
驚いて目をパッと開けると、目の前に目えたのは、黒豹のように野生的で美しい国王のアルベルト・カサド。
「間に合ってよかった——」
ハンサムな顔が青ざめている。
アルベルト王は、心から安堵したように、大きく息を吐いた。
王は愛馬を必死で走らせてきて、ギリギリのタイミングでシャルルを受け止めてくれたのだ。
「ほんとうによかった」
命よりも大事なものを抱くように、たくましい両腕にがっしりとシャルルを抱いた。
「アルベルトさま!」
涙がブワッとあふれた。たくましい胸にしがみつく。
「もう大丈夫だ。そばにいないで悪かった。怖かったであろう——」
「はい、すごく怖かったです。⋯⋯あっ! 御者の方と、レダさんとレナさんが大変です」
「三人とも元気だから安心しろ。もうすでに俺の騎士団が保護している。城に戻りかけたとき、怪しげな男たちの一団を見かけたと連絡を受けた。それですぐに戻ってきたんだ。間に合ってほんとうによかった⋯⋯」
白馬の上でギュッと抱きしめられた。
アルベルトの胸に頬をよせると、黒いフロックコートの生地越しに、はっきりとアルベルトの体の熱を感じた。
——ああ、どうしよう。僕の首が熱い⋯⋯。
我慢できないほどだった。燃えるようだ。
——アルベルトさまが、こんなにも大事に僕のことを思ってくださっているなんて⋯⋯。食材の僕を⋯⋯。こんなにも⋯⋯。
ものすごく嬉しい。
——そんなにも僕を、お食べになりたいのかな?
抱きしめられながら複雑な思いをめぐらせていると、ふたりの背後から怒声が聞こえてきた。
「いたぞ!」
覆面の男たちだ。
アルベルトがサッと白馬から飛び降りて剣を握った。
「そこにいろ、シャルル。決して馬から下りるな——」
「でも、あの⋯⋯」
相手は三十人以上もいた。いくら王の剣の腕が強くてもとても勝てる人数ではない。
けれどもアルベルトは少しの動揺も見せなかった。
男たちが剣を振り上げて走り込んでくると、その中心に自らスッと進んだ。
——あっ、危ない!!
とても見ていることができずに思わず目を閉じた。
けれど、再び目を開けたときには⋯⋯。
「あれ?」
なんと、覆面の男たちはアルベルトの足元に倒れて、うなっているではないか!
——す、すごい⋯⋯。
信じられない!
相手はものすごく屈強な男たち。しかも三十人以上もいたのに⋯⋯。
まるで大人と子供の戦いだ⋯⋯。
「怪我はないか?」
アルベルトが剣を軽く振って血を飛ばしながらふりむく。
余裕に満ちた顔で、たくさんの敵を相手に戦った直後とはとても思えない。
「は、はい⋯⋯、大丈夫です⋯⋯」
答える声が震えた。手も足も⋯⋯、身体中がガクガクと震えだす。
——ああ、よかった! アルベルト陛下はご無事だった!
安心したと同時に全身から力が抜けてしまった。馬上から落ちてしまいそうだ。
「シャルル⋯⋯!」
アルベルトがサッと白馬に飛び乗った。後ろから腰を抱きしめてしっかりと支えてくれる。
「陛下がご無事でよかったです⋯⋯、ほんとうに良かったです⋯⋯、ほんとうに⋯⋯」
込み上げる思いを胸にしまっておけない。涙もあふれた。
「俺に勝てる者はこの世界にはいない」
「はい、もちろんでございます。だけど、あの⋯⋯」
アルベルト王が強いことは噂に聞いて知っていた。
それでも、心配でたまらなかったのだ。
体の震えがいつまでも止まらない。細かく震える体をアルベルト王は優しく抱きしめてくれた。
「俺は負けない——」
と、アルベルトは自信に満ちた顔で笑った。
*****
「⋯⋯いたずらばかりしていたから、よく母上に叱られたんだ」
アルベルトが昔を思い出すような顔で苦く笑う。
シャルルはアルベルトとともに白馬に乗って城に戻る道を進んでいた。
さっきからずっとアルベルトは子供時代の面白い話をしてくれる。
——僕が震えていたからかな?
きっとそうなのだろう。
アルベルトの心遣いがとても嬉しい。
「罰として塔に閉じ込められたこともあるが、俺はその塔の窓から逃げ出して、また怒られた」
「やんちゃでいらしたんですね」
「ああ、そうだな」
そんな話をしていると気持ちも落ち着いてきた。
「あの覆面の男たちは辻馬車強盗でしょうか?」
辻馬車強盗とは、馬車を襲って金品を奪う強盗のことだ。
「強盗団にしては身なりが整っていた。あの者たちには別の目的があったのかもしれない⋯⋯」
「別の目的ですか?」
「ああ、そうだ。たぶん⋯⋯」
アルベルトが言葉をにごしたとき、ふたりを乗せた白馬は王城についた。
城門をくぐるとすぐに従者たちが駆け寄ってくる。
「シャルルさま! ご無事でほんとうによかったです!」
双子の少年従者たちはそばかすが浮かんだ顔を真っ赤にしていた。どうやら泣いていたようだ。
アルベルトに手を貸してもらって白馬から降りると、双子にギュッと手を握られた。
「ほんとうにご無事でよかったです!」
「レダさんとレナさんも怪我がなくてよかったです」
城門の中には黒い鎧を着た騎士たちがたくさん集まっていた。
なにやら物々しい雰囲気になっている。
アルベルトが倒した覆面の男たちは騎士団が捕まえたらしい。
アルベルトは厳しい顔で、「国中の警備を厳重にしろ」と騎士団長に命じた。
「シャルル、今夜の晩餐でまた会おう」
「はい、陛下⋯⋯」
アルベルトはまた白馬に飛び乗ると騎士団を引き連れて城門を出て行った。
続く
少年従者たちの悲鳴が聞こえた。
悲鳴と同時に、馬車がものすごく乱暴に止まった。
「うわっ!」
シャルルは馬車の壁にドンっと体をぶつける。
「痛っ⋯⋯」
肩の痛みに顔をしかめながらも、「大丈夫ですか?」と双子たちに声をかけた。
事故が起こったのだろうかと思った。
それとも、なにか別のことだろうか⋯⋯。
馬車の外はシーンと静まり返っている。
「レダさん? レナさん?」
慌てて外に出ようと扉に手をかけると、いきなり扉が開いた。
「あっ!」
目の前に見えたのは、黒い覆面で顔を隠した男たち⋯⋯。
「シャルル・カミュだな?」
名前を呼ばれ、思わずうなずいてしまった。
「来い!」
「あなたたちはだれですか?」
「黙ってついて来い!」
乱暴に馬車から引きずり出された。
馬車の外には三十人以上の覆面の男たちがいるではないか!
——この人たちはいったいだれだろう? どうして僕を?
混乱した頭の中で、『逃げなきゃ!』とそれだけはわかった。
男たちが善人でないことはあきらかだ。辻馬車強盗か、それともオメガへの乱暴目的か⋯⋯。
「レダさん! レナさん! 大丈夫ですか?」
御者と従者は怪我をしていないだろうか、と馬車の前を見ると、三人はぐったりしていた。気絶させられたようだった。
「なにをしている、はやく来い!」
「嫌です!」
男たちの手からするりと逃げて馬車の下に潜り込む。
体の大きな男たちは狭い馬車の下には入れない。「出てこいと言っているだろう!」と、怖い声で叫びながら、馬車の下に手を伸ばしてきた。
——レダさん、レナさん、すぐに助けを呼んできます!
唇をギュッと強く噛んで。男たちと反対側の馬車の下から這い出る。必死で走った。
「追え!」
「あっちだ! 逃すな!」
恐ろしい声が迫ってくる。
逃げた先に見えたのは⋯⋯。
——え? 行き止まり?
崖だった!
道がなくなっていた。
崖の下に別の道が見える。だけどとても飛び降りることができる高さではない。
もし飛び降りたら足を折ってしまうだろう。
「観念しろ!」
覆面の男たちはすぐそばまで迫っていた。
「嫌です!」
叫んだとき、バランスを崩した。
「あっ!」
体がぐらりと後ろに揺れる。そのまま崖の下に頭から落ちていく⋯⋯。
——ああ、もうだめだ!
覚悟してギュッと目を閉じる。
が——。
そのときだった。
ふわりと体が浮いたではないか?
「え?」
——どうして⋯⋯?
驚いて目をパッと開けると、目の前に目えたのは、黒豹のように野生的で美しい国王のアルベルト・カサド。
「間に合ってよかった——」
ハンサムな顔が青ざめている。
アルベルト王は、心から安堵したように、大きく息を吐いた。
王は愛馬を必死で走らせてきて、ギリギリのタイミングでシャルルを受け止めてくれたのだ。
「ほんとうによかった」
命よりも大事なものを抱くように、たくましい両腕にがっしりとシャルルを抱いた。
「アルベルトさま!」
涙がブワッとあふれた。たくましい胸にしがみつく。
「もう大丈夫だ。そばにいないで悪かった。怖かったであろう——」
「はい、すごく怖かったです。⋯⋯あっ! 御者の方と、レダさんとレナさんが大変です」
「三人とも元気だから安心しろ。もうすでに俺の騎士団が保護している。城に戻りかけたとき、怪しげな男たちの一団を見かけたと連絡を受けた。それですぐに戻ってきたんだ。間に合ってほんとうによかった⋯⋯」
白馬の上でギュッと抱きしめられた。
アルベルトの胸に頬をよせると、黒いフロックコートの生地越しに、はっきりとアルベルトの体の熱を感じた。
——ああ、どうしよう。僕の首が熱い⋯⋯。
我慢できないほどだった。燃えるようだ。
——アルベルトさまが、こんなにも大事に僕のことを思ってくださっているなんて⋯⋯。食材の僕を⋯⋯。こんなにも⋯⋯。
ものすごく嬉しい。
——そんなにも僕を、お食べになりたいのかな?
抱きしめられながら複雑な思いをめぐらせていると、ふたりの背後から怒声が聞こえてきた。
「いたぞ!」
覆面の男たちだ。
アルベルトがサッと白馬から飛び降りて剣を握った。
「そこにいろ、シャルル。決して馬から下りるな——」
「でも、あの⋯⋯」
相手は三十人以上もいた。いくら王の剣の腕が強くてもとても勝てる人数ではない。
けれどもアルベルトは少しの動揺も見せなかった。
男たちが剣を振り上げて走り込んでくると、その中心に自らスッと進んだ。
——あっ、危ない!!
とても見ていることができずに思わず目を閉じた。
けれど、再び目を開けたときには⋯⋯。
「あれ?」
なんと、覆面の男たちはアルベルトの足元に倒れて、うなっているではないか!
——す、すごい⋯⋯。
信じられない!
相手はものすごく屈強な男たち。しかも三十人以上もいたのに⋯⋯。
まるで大人と子供の戦いだ⋯⋯。
「怪我はないか?」
アルベルトが剣を軽く振って血を飛ばしながらふりむく。
余裕に満ちた顔で、たくさんの敵を相手に戦った直後とはとても思えない。
「は、はい⋯⋯、大丈夫です⋯⋯」
答える声が震えた。手も足も⋯⋯、身体中がガクガクと震えだす。
——ああ、よかった! アルベルト陛下はご無事だった!
安心したと同時に全身から力が抜けてしまった。馬上から落ちてしまいそうだ。
「シャルル⋯⋯!」
アルベルトがサッと白馬に飛び乗った。後ろから腰を抱きしめてしっかりと支えてくれる。
「陛下がご無事でよかったです⋯⋯、ほんとうに良かったです⋯⋯、ほんとうに⋯⋯」
込み上げる思いを胸にしまっておけない。涙もあふれた。
「俺に勝てる者はこの世界にはいない」
「はい、もちろんでございます。だけど、あの⋯⋯」
アルベルト王が強いことは噂に聞いて知っていた。
それでも、心配でたまらなかったのだ。
体の震えがいつまでも止まらない。細かく震える体をアルベルト王は優しく抱きしめてくれた。
「俺は負けない——」
と、アルベルトは自信に満ちた顔で笑った。
*****
「⋯⋯いたずらばかりしていたから、よく母上に叱られたんだ」
アルベルトが昔を思い出すような顔で苦く笑う。
シャルルはアルベルトとともに白馬に乗って城に戻る道を進んでいた。
さっきからずっとアルベルトは子供時代の面白い話をしてくれる。
——僕が震えていたからかな?
きっとそうなのだろう。
アルベルトの心遣いがとても嬉しい。
「罰として塔に閉じ込められたこともあるが、俺はその塔の窓から逃げ出して、また怒られた」
「やんちゃでいらしたんですね」
「ああ、そうだな」
そんな話をしていると気持ちも落ち着いてきた。
「あの覆面の男たちは辻馬車強盗でしょうか?」
辻馬車強盗とは、馬車を襲って金品を奪う強盗のことだ。
「強盗団にしては身なりが整っていた。あの者たちには別の目的があったのかもしれない⋯⋯」
「別の目的ですか?」
「ああ、そうだ。たぶん⋯⋯」
アルベルトが言葉をにごしたとき、ふたりを乗せた白馬は王城についた。
城門をくぐるとすぐに従者たちが駆け寄ってくる。
「シャルルさま! ご無事でほんとうによかったです!」
双子の少年従者たちはそばかすが浮かんだ顔を真っ赤にしていた。どうやら泣いていたようだ。
アルベルトに手を貸してもらって白馬から降りると、双子にギュッと手を握られた。
「ほんとうにご無事でよかったです!」
「レダさんとレナさんも怪我がなくてよかったです」
城門の中には黒い鎧を着た騎士たちがたくさん集まっていた。
なにやら物々しい雰囲気になっている。
アルベルトが倒した覆面の男たちは騎士団が捕まえたらしい。
アルベルトは厳しい顔で、「国中の警備を厳重にしろ」と騎士団長に命じた。
「シャルル、今夜の晩餐でまた会おう」
「はい、陛下⋯⋯」
アルベルトはまた白馬に飛び乗ると騎士団を引き連れて城門を出て行った。
続く
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