アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第6話

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「あーもう腹減ったー」
「早すぎるだろ」

 朝練が終わって教室へ戻ると、川島が空腹を訴え机にうなだれる。

「最近食っても食っても腹減るんだよね。このままデブになったらどーしよー」
「お前がデブだろうと誰も気にしない」

 悠人は昨日俺が言ったことを気にしているらしく、少しずつ川島と話すようになった。しかし性格は良くなっていないので、こうしてひどいことを言う。そのせいで川島が泣きそうな顔をしている。

「悠人はもう少し言葉を選びなよ。よしよし川島、俺は体型なんて気にしないからな」
「慰めになってねぇよ…」
「俺を撫でろ。川島を慰めただろ」
「あれが慰めなのか…」

 無視して見せつけるように川島の頭を撫でていると、悠人は川島の机に頭を置いてこちらを見つめてくる。

「…ロッカーから資料集取ってこよ」

 1つの机に2人の頭が乗っているという奇妙な光景をそのままに、俺は1人教室の後ろのロッカーへと向かった。



◆◇◆◇
〈川島視点〉


 佐野はロッカーに行ったきり、後方の席のやつらとのお喋りに花を咲かせてしまった。さすが人気者だ。
 しかしいつもならすぐに佐野を追いかけて行くはずの清水が未だに俺と頭をくっつけている。何してるんだ?

「なぁ、お前中学時代の薫を知ってんだよな?」
「あー、まぁ有名だったし」

 いつもと違う清水を不思議に思っていると、佐野のことについて尋ねられた。なるほど昔の佐野の事が知りたかったのか。やっぱり清水は佐野のことが大好きだな。
 しかし俺は佐野と同じ中学ではなかったので、練習試合や大会で見た時の様子と噂で聞いた情報しか知らない。清水の期待には応えられなさそうだ。

「佐野が去年先輩に殴られたって話知ってる?」
「え?あぁ、なんかそんな噂あったような…」
「相手は誰?どんなやつ?」
「いやそこまでは知らねぇよ。噂でチラッと聞いただけだし」

 確か春休みだったか進級してすぐだったか、佐野が先輩に殴られたらしいという噂を聞いた。
 しかし当時の俺は佐野のことを強い中学のキラキラしたすごいやつ程度にしか認識していなかったので、噂自体よりもその噂をする友人達の表情に若干喜びが滲んでいることの方が気になった。
 俺たちと違い1年の頃から試合で活躍していて、見た目もものすごく綺麗で悪い噂なんか一切無かった完璧超人。そんな佐野に少なからず嫉妬を抱いていたらしい友人たちは「殴られるようなことをしたんだろう」「実は性格悪いんだ」と嬉々として佐野を悪者にしていた。
 なぜ殴られたのか、どんなやつに殴られたのかという詳細は一切知らないまま被害者の佐野を悪く言う友人たちにすごく嫌な気持ちになったのを覚えている。その友人たちとは卒業してから連絡を取っていない。

「…チッ、使えねーな」
「んだよー、しょうがねーじゃん中学違うんだからー」

 清水に文句を言ったところでチャイムが鳴りみんなが席に戻っていく。後ろから戻ってきた佐野は清水の横を通り過ぎる時にガシガシと清水の頭を撫でていった。

(やっぱり仲良しだよなーあの2人)

 なんだか見ているとこっちまで心が温かくなってくるな。入学当初の清水の冷たい態度には何度かヒヤリとしたが、佐野といることで少しずつ柔らかくなってきている気がする。2人は相性バッチリのベストフレンドだ。
 さっきの清水の急な質問には驚いたが、きっと佐野のことを守ろうとしているのだろう。
 こうして佐野と同じクラスになった今、中学の友人たちが言っていたことが間違っているとよくわかる。佐野は人から恨まれるような人間じゃない。周りをよく見ていて責任感が強いし、すごく優しい。
 そんな優しい佐野が、中学の時みたいに悪意に晒されるようなことがあってはいけない。清水の佐野を守りたいという気持ちはよくわかる。清水は何をしでかすかわからなくて若干怖いが、俺もこれからは佐野を守っていこう。



◆◇◆◇
〈薫視点〉


「死ぬ…腹減りすぎて死ぬって」
「確かに4限の体育はキツいね。早くお弁当食べよ」

 ようやくお昼の時間だ。川島は2限終わりにパンを食べていたはずだが、それでもぐーぐーお腹が鳴っている。
 リュックからお弁当箱を取り出し、食べる準備をしようとしたところで悠人が俺のお弁当を奪った。

「返せよ」
「こっち来い」

 そしてそのまま歩いてしまう悠人に、仕方なくついて行く。

「え、俺も行っていい?」
「ダメ」

 1人取り残された川島が同行しようとしたが、悠人にすげなく却下され、しゅんとしていた。

 悠人が向かった先は階段を上った先の屋上に繋がるスペースだった。屋上は開放されていないのでここには誰も来ないし、腰くらいの高さの手すりが壁のようになっているので座れば階段下からは姿が見えなくなる。完全に2人きりの、静かなスペースだ。
 まぁこうして学校でも取り繕わなくて済む空間ができるのはありがたい。
 手すりに背中をあずけて悠人から返されたお弁当箱の蓋を開け、「いただきます」と手を合わせてからお弁当を食べる。

「薫を殴ったやつって誰」

 お弁当の蓋を開け箸を取り出しながら悠人が聞いてきた。
 なるほど、それを聞き出すためにここに連れてきたわけか。人前じゃ昨日みたいに大丈夫としか言わないけど2人きりなら本音を話すだろうってか。別に俺はそこまでお前を信頼してはいないんだがな。
 それに昨日の様子から名前を聞き出した途端殴り込みに行ってもおかしくないので教えたくない。だが俺が言わなければ他の人に聞き回るだけだろう。そして尾ひれのついた噂を真に受けたりしたら厄介だ。

平田ひらた先輩。1個上の部長だった人」
「殺してくる」
「待て待て待て」

 本当に行こうとする悠人のシャツを掴み引き止める。

「本当にもう大丈夫なんだよ。平田先輩は充分に罰を受けてる」
「もう既にボコボコにしたのか?」
「違う」

 本当にめんどくさいな。
 こうして俺の受けた被害に皆が怒るというのは俺の狙い通りではあるが、今さら殴り込みにまで行かれると困る。もう充分俺の狙った効果は発揮されているので、それ以上はさすがに過剰だ。

「マジでもういいんだって。そこまでされると俺の立場が悪くなる」

 俺との約束を思い出した悠人は、自分の行動が迷惑になるとわかると一応大人しくなる。

「なる高のバスケ部って練習も上下関係もめちゃくちゃ厳しいんだけどさ、平田先輩は俺を殴ったって噂が広まって特にしごかれてるらしいんだよ」
「当然だな」
「俺が原因でそんな生活送ってるなかで悠人が殴りに行ったら、逆恨みで何されるかわからないだろ。それに暴力男と友だちだなんて思われるのもごめんだしな」

 ここまで言えばさすがに殴り込みは諦めたようだが、未だに不服そうではある。
 この状況だけ見れば友情故の暴走と思うかもしれないが、俺たちの間にそんなものは無い。こいつはただ自分の物を傷付けられて怒っているだけで、決して俺のために怒っているわけではないのだ。
 だからこそこうして楽に接することができるわけだが、コントロールするのは大変だ。

「大会で平田が俺に何かしようとしたらその時にボコせ。どうせお前会場でも俺に引っ付いてんだろ」

 そうして悠斗はようやく渋々といった感じで納得した。こいつは今まで自分勝手に生きてきたため、俺のような生き方が理解できないようだ。

「人の目ばっか気にして取り繕って、薫って生きづらそうだな」
「はっ、言ってろ」

 結局人生上手くいくのは俺みたいなやつなんだよ。お前はせいぜい好き勝手生きて、見渡す限り敵だらけになったところで俺を羨むがいい。
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