アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第22話

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 母が両膝をつき、両手で顔を覆い涙を流している。それを父が正面から抱きしめ、背中をさすり慰める。俺は小さな手を壁に添え、扉の隙間からそれを見ていた。

「どうして…!どうしてこんな急にいっちゃうの!なんで一言も相談してくれなかったの!そんな素振り、ちっとも見せなかったじゃない!」
「……」
「なんで、なんでなの稔!どうして頼ってくれなかったの!どうして……どうして気付いてあげられなかったんだろう…?あの子があんなに苦しんでいたのにどうして…!私のせいだ。私が」
「違う。それは違うよ!」

 父は泣きじゃくる母を抱きしめる力を強め、必死に母を宥め続ける。

「薫は稔にそっくりね~。稔みたいに、優しい子に育ってね」

 俺のことを胸に抱き、優しい顔で頭を撫でながら母は言う。

「薫は稔みたいにならないでね」

 仏壇の前で、母は涙を流しながら俺を抱きしめる。

 父の部屋に忍び込み、パソコンを開いてとある会社名を入力する。そして検索結果をスクロールし、【社員クチコミ】をクリックする。

「真面目な人が損をする」
「サービス残業」
「ノルマがどんどん厳しくなる」
「使い捨て」

 会員登録しないと全ては読めないようだが、それでも読める部分だけでこの有様だ。
 きっとこれが叔父さんが命を絶った原因だ。

 これを避けるためにはどうしたらいい?良い会社に入るしかない。
 良い会社に入るためには?学歴が必要だ。それと、誰もが欲しいと思うような魅力的な人物でなくては。
 しかしいくら制度が整った会社でも、中には性格の悪い人がいるかもしれない。じゃあみんなから好かれて、みんなが俺を守ってくれるようにすればいい。
 これなら、母さんの優しい人になってほしいという願いも、叔父さんのようになってほしくないという願いも両方叶えられる。完璧な人生設計だ。
 母さんは安心し、俺は社会的成功を手にする。みんなから好かれて、慕われて、尊敬されて、誰も俺を傷付けない。幸せな人生だ。

 そうしなきゃ、稔叔父さんに似た俺はきっとこの世界じゃ生きていけないから。



◆◇◆◇



 ピピピピピ_____

 耳もとで鳴る電子音と共に目の前の景色が変わる。

(夢か…)

 どうして今さらこんな夢を見たんだろう?まさか、昨日川島があのおもちゃについて触れたからか?

「はぁ…」

 これだけ年月が経っているのに、たったあれだけの会話であんな夢を見るのか。
 過去に縛られる母に呆れておきながら、俺自身もこんな状態だなんて笑えるな。

 ベッドから降りて洗面所へ移動し、冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。
 濡れた顔をタオルで拭い、鏡に映る自分を見つめる。

(変なやつ)

 着替えてから朝食を済ませ、荷物を持ってエレベーターでエントランスまで下がると、いつも通り悠斗が待っていた。

「おはよ」
「おはよう」

 あの夢のせいで今朝はなんだか悠斗が憎たらしく感じる。

(そういえば、前にこいつに「生きづらそう」と言われたな)

 悠斗が別荘持ちの富豪だと知った今、あの時の発言に怒りが湧いてくる。そりゃあなんの努力もしなくても親の財産で食っていけるやつに俺の努力なんて理解できないだろう。
 そんなやつに自分を否定されたことが許せない。

(まぁ親が家にいないとか言ってたし、家庭環境は俺の方が恵まれていそうだが…)

 そんなことを考えながら歩いていると、悠斗が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。

「なんか今日機嫌悪い?」
「別に」

 悠斗から顔を背けると、今度は反対側に回り込みまた顔を合わせてくる。

「どうした?体調悪い?」
「悪くない」

 そう言ってまた首を反対に回して顔を背けると、悠斗は正面に回って俺の両腕を掴んで歩みを止めさせる。

「なぁどうしたんだよ。俺なんかした?」
「何もしてない」
「じゃあなんで不機嫌なんだよ?俺どうしたらいいんだ?」

 そうして不安そうに尋ねてくる悠斗に無性にイライラする。
 何もしていないのが問題なんだ。何もしなくても、財力という圧倒的なステータスを持っているお前の存在自体がイライラする。

「しつこいって!」

 そう言って悠斗の手を振り払うと、悠斗は驚いて目を丸くする。

「はぁ…ごめん、今冷静になれないからほっといて」
「わかった。ごめん」

 その後、悠斗は俺の頼み通り一切話しかけず、いつものように無駄にジロジロ見たりもせず、ただそばにいてくれた。

 別に悠斗はなにかズルをして財力を手にした訳ではないのに。それに俺に対してはこんなに優しいのに、そんな悠斗に八つ当たりをしてしまった自分に腹が立つ。
 いくら悠斗が俺の本性を知っても気に入ってくれているからって、さすがにこんな理不尽な怒りをぶつけられたら愛想が尽きてしまうだろう。

「ごめん悠斗」
「いいよ。落ち着いた?」
「うん」
「そっか」

 もうそろそろ学校に着くのだからどうしたって落ち着かなきゃならない。
  しかし、たかが夢ごときで俺がこんなに幼稚な行動を取ってしまうとは。本心を隠さずに接することができる相手なんて悠斗が初めてだから、だいぶ甘えてしまっているようだ。

 教室に入ると川島が笑顔で駆け寄ってきて、昨日の礼を言ってくる。

「昨日は楽しかったなー。またみんなでお菓子持ち寄って集まりたい!」
「そうだね、勉強はできなかったけど。家では課題進んだ?」
「………」

 勉強のことを聞くと川島は黙り込む。

「夏休み補習だらけになっちゃうよ?」
「うぅぅぅ、佐野助けてぇぇぇ」

 それからの放課後、川島があまりに可哀想なので教室に残って4人で勉強をする日々が続いた。
 問題は川島だけかと思っていたが、村瀬も暗記科目以外は点数が低い。悠斗はどの教科も大きな差は無く高水準を保っているが、地頭が良いため2人がなぜできないのか理解ができず、教えるのが下手だ。

 こうして俺1人に負担が集中した状態で期末テストの日を迎え、川島も村瀬もなんとか赤点を回避し、ついに夏休みがやって来た。
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