アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第25話

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「ご馳走様でした!おいしかったぁ」
「お粗末さまでした。デザート食べよ」
「うん」
 
 食べ終わった食器をキッチンのシンクへ持って行き、悠斗は冷蔵庫からデザートのケーキを取り出す。
 俺は悠斗の指示に従い食器棚からお皿とフォークを用意し、ケーキを箱から移す。

「どっち食べる?」

 ダイニングテーブルに戻って、ガトーショコラにしろと願いながら悠斗に尋ねる。

「チョコのやつ」
「よし、じゃあ俺こっち」

 悠斗の前にガトーショコラ、自分の前にレモンチーズタルトを置いて再び手を合わせる。

「この前と同じ店のやつ?」
「そうだよ」
「へぇ、美味いなこの店」
「俺も昔からそこはお気に入り」

 他愛ない話をしながらケーキも食べ終わり食器を片付ける。悠斗が食器を予洗いして食洗機に突っ込む間、何もしないのも落ち着かないのでお風呂の準備をやらせてもらう。
 浴槽を綺麗に洗い、お湯はりのスイッチを押して完了だ。

 準備を済ませてリビングに戻れば、悠斗はソファの上でくつろいでいた。
 その横に腰掛け、お風呂が沸き上がるのを待っていると、悠斗が口を開いた。

「風呂一緒に入る?」
「入るわけねーだろ」

 とんでもない提案をすぐさま拒否すると、悠斗はムスッと頬を膨らませる。

「お泊まりではあるあるなんじゃねぇの?お互い背中洗ったり一緒に湯船浸かったり」
「子どものお泊まり会だろそれ。デカくなったら誰もやんねーよ」

 俺の話に悠斗は不満を抱きつつも納得したようで、「ちぇっ」と言うだけで諦めてくれた。
 そもそもこいつの前で裸を晒すなんて危険すぎる。

 風呂が沸き上がったことを知らせる音楽が鳴り、悠斗が先に入っていいと言うのでお言葉に甘える。

「バスタオルはこれ使って。あとこの入浴剤入れていいよ」
「ありがと」

 脱衣場で悠斗からバスタオル受け取り、いざお風呂に入ろうとするも悠斗は俺を見つめたまま動かない。

「服脱ぐから、あっちいって」
「え?あぁそっか」

 悠斗は俺に指摘されて初めて気付いたような感じで脱衣場から出ていく。一体何を考えているんだか…

 悠斗がいなくなったところでようやく服を脱ぎ、ちょうど上半身裸になったところで「シャンプーの位置とかわかる?」と悠斗が入ってきた。

(こいつ狙って来ただろ)

 とにかく叱って出ていかせようと睨みをきかせながら振り向くと、悠斗は両手で顔を隠しながら「ぎゃあぁっ」と悲鳴を上げ崩れ落ちた。
 驚いてポカンとしていると、悠斗は顔を隠したまま何故か俺を責め立てる。

「なんでそんなに肌露出してんだよ!俺はまだ未成年だぞ、そんな姿見せていいはずない!」
「はぁ?」

 自分から入ってきておいてなんなんだ。目の前の悠斗の奇行に理解が追いつかず混乱する。
 その間も悠斗は指の隙間からチラッと俺を見て「あぁぁぁ」と言いながら目を閉じて文句を言うのを繰り返している。

「出てけ変態!」

 目の前の変態のせいでまとまらない思考のなかなんとか声を上げ、手に持っていたインナーを投げつけてなんとかやつを追い返すことに成功した。

(お風呂の鍵かけなきゃな)



 乳白色の湯船に浸かりながら大きく息を吐く。シュワシュワと溶けていった入浴剤はほんのり甘い香りがして心地いい。
 しかしあまり長風呂をすると悠斗が困るだろう。体も熱くなってきたしそろそろ上がるか。

 お風呂から上がったところに悠斗が待ち構えていないかと警戒したが、幸いやつは現れず着替えまで済ますことができた。
 タオルで髪の毛を拭いながらリビングへ戻ると、悠斗はソファの上でうずくまって何やらぶつぶつと呟いていた。

「お待たせ」

 俺がお風呂から上がったことに気付いていなかったのか、声をかけると一瞬ビクッと肩を跳ねさせる。しかし俺の姿を目にした瞬間、スッキリとした笑顔になり「おう」と返事をする。先程まで奇行を繰り広げていたとは思えないほど爽やかな笑顔だ。

「ここ座って待ってて、髪乾かしてやる」
「そのくらい自分でやるって」

 そう言いつつも言われた通りソファに座り、タオルを肩にかけ悠斗を待つ。
 ほどなくして悠斗は片手にドライヤーを持って現れ、壁のコンセントにプラグを挿して俺の背後に立つ。
 ブォーという大きな音とともに頭部に熱風が当たり、同時に悠斗の左手で頭をわしゃわしゃと撫でられる。左手で髪を持ち上げ色々な方向から頭皮までしっかり熱風をかけられ、短い髪の毛はすぐに乾いていった。

「はい、乾いた」
「ありがと」

 自分で髪を触ってみると全体的にしっかり乾いている。

「薫の髪って柔らかいね。サラサラふわふわしてる。髪が細いせいかな?光の加減によって色が違って見えて面白いよね」

 乾いた俺の髪を触りって観察しながら悠斗が呟く。すると突然悠斗が俺の頭に顔を埋めて思いきり息を吸い始めた。

「なに!?」

 驚いて座っていた位置から少し前に移動して振り向くと、悠斗は晴れやかな顔で「俺と同じ匂い」と呟いた。

「そりゃ同じシャンプー使ったんだから。てか早くお前も入ってこい」
「そうだな」

 そう言って悠斗はお風呂場へと歩いていった。その際にテレビでも観ていてくれと言われたため、リモコンを操作して映像作品を物色する。

(お、ネットクリップス入ってんじゃん。海賊王の実写版気になってたんだよね)

 うちでは加入していないサブスク限定の作品を見つけ、ワクワクしながら再生ボタンを押す。

 壮大な音楽と細かく作り込まれたセットと役者たちの演技で一気に物語の世界に引き込まれる。

 俺がドラマに夢中になっている間に悠斗はお風呂から上がってきたらしい。
 ソファに座る俺の足元に座り込み、顔を見上げながらドライヤーを俺の膝に乗せる。

(今いいところなのに…)

 仕方なく一時停止ボタンを押し、ドライヤーの電源をつければ悠斗は満足そうに背を向けて乾かされる体勢になる。
 右手にドライヤーを持ち、左手で悠斗の髪を持ち上げたりかき分けたりしながら乾かす。やっぱり俺と髪質が全然違うな。
 光によって色が多少違って見える俺の髪と違い、悠斗の髪はライトに照らしても艶が反射するだけで真っ黒なままだ。
 日本人らしい美しい髪って感じだな。高校にわざわざ地毛申請を出さなくてはならない俺からすると羨ましい。

「乾いた。どいて」
「ありがと」

 悠斗が立ち上がってドライヤーを片付けに行った瞬間、戦闘シーンの激しい動きで止まっていた画面を再生する。
 しばらくして悠斗がお茶をいれたコップを俺に差し出して隣に座る。

「ありがと」
「ん」

 1話が終了し、エンドロールを見ていると自動的に次の話が再生されてしまった。

(あぁこれはもう観るしかないな)

 悠斗も俺の肩にもたれかかりながらドラマを観ているようだ。
 ひょんなことから一緒に行動することになった主人公たちの前に、2話では新たな敵が現れピンチに陥ってしまう。主人公たちは今のところ利害の一致で行動を共にしているだけだが、お互い息ぴったりの戦闘シーンでは相性の良さが伺える。これからどう絆を深め本物の仲間になっていくのか楽しみだ。
  2話終了後も自動的に3話が再生されそうになったが、さすがにもう止めておかないと夜中になってしまう。急いでリモコンの戻るボタンを押し、ホーム画面に戻ってテレビの電源を切る。

(そろそろ寝る準備をし始めないとな。)

 お茶を飲み干して立ち上がると、悠斗は俺のコップも受け取ってキッチンのシンクに置く。
 寝る前の歯を磨きをしながら、明日すぐに帰れるようある程度荷物をまとめておく。
 うがいをしてからリビングに戻ると、悠斗に寝室に案内される。

「ベッド1つしかないけど、いいよな一緒に寝れば」
「俺ソファでいいよ。お前んちのソファ大きいし余裕で寝れる」

 そう言って悠斗の提案を断ると、悠斗は口をあんぐりと開けて驚く。いや、来客用の布団が無い時点でそうなることは予想できるだろ。

「ダメダメダメ。このベッドだって余裕で2人寝れるだろ。お泊まりは一緒に寝るもんだろ?俺寝相いいよ?多分だけど…」

 そこまで必死に言われるとなんだか可哀想になってくる。まぁ本当にベッドは大きめだし問題ないか。
 ため息を一つついて掛け布団を捲りベッドの中に入る。すると悠斗は嬉しそうに一瞬で俺の隣に潜り込んできた。

「寝相で蹴られたりしたらすぐソファ行くからね」
「へへ、大丈夫蹴らないから」

 悠斗がリモコンで部屋の電気を消し、「おやすみ」と挨拶を交わして俺たちは眠りについた。

 それにしても、悠斗は見た目と態度で周りからクールな印象を持たれているが、俺の前では随分と違う姿を見せるな。俺も悠斗の前では他のやつらに見せない姿をだいぶ晒しているが…



◆◇◆◇



 翌朝、いつもと違う環境のせいかアラームが鳴るより先に目が覚めた。
 背中から悠斗に抱きしめられ、お尻に硬いものが当たっているのを感じてげんなりする。

(はぁ…まあ俺も男だから理解できる。これは仕方のない生理現象だ)

 こういう時は気付いてないふりをしてやらねば。
 こいつは俺にキスしたがったりする変態だから全く恥ずかしがらず調子に乗る可能性もあるが、昨日俺の裸を見て取り乱していた様子から酷いショックを受ける可能性も考えられる。
 もし後者なら取り返しのつかない心の傷になってしまう。

 そーっと悠斗の腕から抜け出し、音を立てないように慎重に部屋から出て行く。幸い悠斗は目を覚ますことなく、俺は寝室から脱出することができた。

 朝イチで歯を磨き、洗顔をしてからリビングに入るも、時刻はまだ午前5時だ。
 せっかく早く起きたのだから朝ごはんでも作っておいてやりたいが、人の家の食材を勝手に使うわけにもいかない。
 ランニングでもすれば帰ってきた頃には悠斗も起きてきているんだろうが、人の家の鍵を勝手に持ち出すわけにもいかないし、かといって鍵を閉めずに出て行くわけにもいかない。
 とにかく悠斗が起きるまで何もすることがなく暇だ。仕方なくスマホをいじって暇をつぶす。

 しばらくすると寝室のドアが開く音がして、洗面所で水が流れる音がしたの後にリビングのドアから悠斗が現れた。

「おはよ」
「おはよう。もしかして俺薫のこと蹴っちゃった?」

 ソファの上にいる俺を見て悠斗は不安そうに尋ねる。

「いや、早く目が覚めただけ」
「そっかよかった。朝ごはん作るね」
「俺も手伝う」

 スマホをソファに置き、キッチンにいる悠斗のもとへと向かう。
 悠斗の指示に従い味噌汁を作る。その間に悠斗は卵焼きを作ったり、冷凍していたおかずをレンジで温めたりと手際よく朝食の準備を済ます。


「いただきます」

 手を合わせてから箸をとり、卵焼きに口をつけると出汁の優しい味が口に広がる。お弁当に入っているのは食べたことがあるが、暖かい状態のものは初めてだ。おいしい。
 他の品もおいしいおいしいと食べていると、悠斗が寂しそうな顔でこちらを見つめてくる。

「食べ終わったら帰っちゃうの?」
「うん。でも片付けも手伝うよ」
「それは別にいいけど」

 俺が泊まることにかなり喜んでいたから、別れるのが寂しいのだろう。夏休み中も部活でしょっちゅう会えるし同じマンションに住んでいるというのに…
 しかしこの広い部屋で1人で暮らす悠斗を想うとこの1泊だけで終わらせるのは胸が痛む。泊まってみてわかったが、悠斗の両親はあまり帰ってこない程度ではなく、そもそも一緒に暮らしていない。部屋に悠斗以外の人間の痕跡が一つも無いのだ。

「海賊王の続きまた観させて」

 白米を食べながらそう言うと、悠斗はわずかに微笑んだ。

「うん、いつでもおいで」
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