アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第29話

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 エレベーターの扉が開き、目の前の悠斗と目が合った瞬間、グイっと腕を引かれてエレベーター内に引っ張りこまれる。
 その勢いのまま悠斗の胸に飛び込む形になり、抱き締められながら左手で壁についた目的階のボタンを押す。

「なに?」

 声をかけても悠斗は黙って俺に抱きついたまま一切動かない。

「なにって聞いてんだろ…!」

 力を込めて無理やり引き剥がしてようやく見えた悠斗の表情は、まるで捨てられた子犬のように不安に満ちていた。

「どうしたんだよ?お祭りで俺のことつけてたんだろ?相手は大和先輩だよ。何も心配無かっただろ」

 そう問いかけるもエレベーターはすぐに目的の階に到着し、扉が開く。
 様子のおかしい悠斗を置いていくのも気が引けるが、降りるしかない。
 すると悠斗も俺について降りてきた。

「ここ俺の家の階なんだけど…」
「大和先輩と付き合ってんの?」
「…は?」

 廊下を歩きながら悠斗を振り返る。

「さっき抱き合ってただろ。大和先輩は前から薫に甘かったし、薫も先輩のこと気に入ってそうだったし」

 さっきのやり取りが見られていたのか。
 不安げに眉を歪めながら捲し立てる悠斗に、「はぁ…」とため息が出る。

「付き合ってない。あれは大和先輩が受験勉強がかなり大変みたいだから、応援?のハグってだけだよ」
「そんなふうには見えなかったけど」

 適当に説明しても悠斗は納得してくれない。
 悠斗は俺のことが大好きだから不安になるのも仕方ないが、なかなか面倒だ。

「付き合うとかまじでありえないから」

 そう言って鍵を取り出し玄関の扉を開けようとするも、その手を悠斗に掴まれる。

「怖いんだ。もし薫に恋人ができたら俺はどうなるんだろうって…」

 悠斗は苦しげに言葉を吐き出す。
 そんなことを考えて不安になっていたのか。きっと前に俺が言ったデメリットの方が上だと判断したら捨てるという言葉をずっと気にしていたのだろう。捨てられたくないから俺の行動に文句が言えないってところか…健気で可愛いな。

「なぁ、どうすれば薫とずっと一緒にいられる?」

 不安に揺れる悠斗の瞳を見つめると、なんだか心臓がキュッと締め付けられるような感覚がした。
 俺はその瞳に吸い寄せられるように近付き、頬に優しく右手を添える。そのまま固まる悠斗に顔を近付け、右側の首の頸動脈にあるほくろに唇をつけた。
 そのまま音も立てずに首から顔を離すと、悠斗は目を見開いて固まっていた。だがその目にはさっきまでの不安は消えている。
 それを確認しふっと軽く微笑んでから、悠斗に背を向けて玄関の鍵を開け、そのまま悠斗を置いて部屋の中に入った。

("どうすればずっと一緒にいられる?"か…なかなか難しいな)

 結局答えられずに悠斗を置いて帰ってきてしまった。今頃俺の行動の意図がわからず困惑しているだろうな。

 悠斗の心配通り、デメリットがあまりに大きくなればすぐに切り捨てるつもりではあるが、それを宣言した時とは悠斗に対する想いは随分と変わっている。
 俺が唯一素を晒せる相手であり、俺の素を知ってもなお好意を向け続けてくれる存在を、俺も手離したくないのだ。
 最初はただ都合のいい駒としか思っていなかったが、まさかここまで悠斗との関係を心地よく感じるようになるとは。
 たまに変態的な面を見せるが、顔が良いせいか不快感は感じない。それに俺が嫌がることはしないし、そもそも力で勝てるから恐怖も感じない。

 ずっと一緒にいたいという想いは俺も同じだが、どうすればいいのかわからない。
 悠斗からはしょっちゅう好きだと言われているが付き合いたいと言われたことは一度も無い。悠斗が俺とどうなりたいのかが不明なため、対応に困る。
 そもそも悠斗は俺の顔が好きで近付いてきたのだ。今後俺以上に悠斗好みの人間が現れて、俺が悠斗に捨てられる可能性だってある。
 元々が自己中心的で自由な男だ。あの執着心がずっと俺に向き続ける保証はどこにも無い。
 だから俺からもこの関係に明確な名前をつけることは避け、ああやって時々期待させるようなことをして興味を引き続けるしかないのだ。
 もしも恋人というハッキリとしたラベルを貼ってしまえば、振り回されて傷つくのは俺の方だ。

 そんなことを考えながら、風呂を済まして自室で眠りにつく。



◆◇◆◇



「はぁぁ、シーズン2は来年かー」

 ソファの背もたれにだらんと首を預けながら嘆く。
 この夏休みで悠斗の家に遊びに行ったり泊まったりを何度か繰り返し、先程ようやく海賊王の実写ドラマを観終わったのだ。早く続きが観たい。

「アニメで続き観れるよ?」
「いや実写で観たい」

 アニメではずっと先の展開まで放送されていることは知っているが、そもそも興味を持ったのは実写版の方だし、どうせなら今後の展開も実写版で知っていきたい。
 しかし今後の楽しみが減ってしまったのはショックだ。何か似たような、面白い作品は無いかとリモコンをポチポチ押して作品を漁る。

「ところで、今日は泊まってくの?」
「あー、悠斗がいいなら」
「泊まってって」
「はいはい」

 こうして今夜は悠斗の家に泊まることが決定した。
 この夏で俺は随分気軽に悠斗の家を出入りするようになった。もちろん他のやつらには内緒だが。

 それともう一つ変わったことがある。それは2人きりの空間での身体的接触が増えたことだ。

 悠斗は俺が今夜泊まることに喜び、横から俺に抱きついてそのままチュッと頬にキスを落とす。
 お祭りの日の夜、俺の方から悠斗にキスをしたため、"唇以外であればキスOK"という扱いになってしまった。
 さすがにしつこすぎたり手つきが怪しくなってきたら悠斗の手を捻りあげているが、もうただの友だちとは言えない関係だろう。

 しかしまだお互いにそのことを言葉には出していない。
 表向きは友だち、中身も恋人未満という曖昧な関係のまま夏が終わりに近付いてゆく。

「あ、ねぇそういえば俺インナー1枚ここに忘れてってない?」
「えっ、インナー?」

 ふと思い出したことを尋ねてみると、悠斗は途端にキョロキョロと目を泳がせて動揺しだす。

「1枚減ってる気がするんだけど」
「…見てない」

 悠斗は動揺する表情を見られないようにするためか、ゴロンと横たわり俺の膝に頭を乗せる。
 かなり怪しいが、インナーなんてどれも似たり寄ったりだ。悠斗が隠し持っていたとしても俺にはわからない。
 仕方なく追求はやめて、悠斗の艶やかな髪の毛を触って堪能する。インナーの件はこの手触りのいい髪に免じて許してやるか。
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