アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第33話 (悠斗視点)

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 やらかした。
 薫にメイド服を着てもらう機会なんてそうそうないからって、リスクも考えずに浮かれすぎてしまった。
 こんなに可愛いんじゃ客どもが一目惚れして薫に迫ってくるかもしれない。

 ここ数日薫のメイド姿を何度も脳裏に思い描いていたが、実物は想像以上だった。
 長袖のロングワンピースに詰襟という露出の少なさだが、なぜだか背徳的なエロスを感じる。
 ウィッグも化粧も無く、女装としてのクオリティは低いのにかえってそれがいい。とにかく心臓をギュッと鷲掴みにされるような仕上がりだ。

 しかし薫はこの危うさをわかっていない。男として生まれ、身体能力にも恵まれているからだろうか。人の欲望の怖さをいまいち理解していないように思う。
 今も「どうせなら」と俺の前でメイド服を脱いで着替えている。着替え自体は普段から部活で何度も見ているが、メイド服を脱ぐとなるとなんだかとてもエロい気がする。
 俺がそんなことを思っているとは露知らず、薫は制服のネクタイを締め終わると「行くぞ」と俺に一声かけてすぐに教室に戻ってしまった。

 とはいえ薫自身に問題はさほど無いのだろう。迫られたところで返り討ちにできるし、守ってくれる味方は大量にいるのだから。
 問題は俺だ。薫は誰とも付き合う気は無いと言っていたが、俺はなにも恋愛だけを心配しているわけではない。俺が恐れているのは薫を奪われること、俺のポジションを奪われることだ。
 あの祭り以降ハグもキスも許してくれるようになり、薫も俺を特別だと思ってくれているという実感はあるが、薫との仲が深まるたびに取られたくないという想いが増す。

 これなら俺も接客係になればよかったな。料理が好きなことと大勢の人間と関わらなければならないという点で調理係を希望したが、失敗だった。

(はぁ…まじでメイド喫茶なんてやるんじゃなかった)



◆◇◆◇



 教室の装飾も完成し、あとは翌日の本番を待つだけの状態となった教室を見渡す。
 ダンボールや布を駆使してよくここまで教室を可愛らしくできたものだ。装飾に関しては女子がほとんど監督していたが、そのセンスに感心する。

(この空間で薫があの格好で給仕してくれるなんて天国だな)

 できることなら薫が接客している間は俺が客としてずっと薫を独占していたいが、自由時間に一緒に校内を回るため、薫の仕事中は俺も働かなくてはならない。それも遠く離れた家庭科室で。

「おい、明日と明後日、薫に変なやつが近付かないように注意しとけよ」

 明日の文化祭に浮かれる川島の肩に腕を回し、耳もとで忠告する。
 川島も自由時間は俺たちと回りたいからとシフトを同じ時間にしてもらったのだ。仕事中の薫はこいつに任せるしかない。

「おう、任せとけ!」

 川島は笑顔で自信満々に親指を立てる。
 しかし楽観的なこいつに薫を任せるのは不安だ。

「いいか、連絡先を聞こうとするやつは全員つまみ出せよ?それと触ろうとするやつもだ。あと10秒以上見つめるやつも…」
「川島ー、悠斗の言うことは気にしなくていいから」

 川島に詳細を伝えている途中で薫に遮られてしまった。
 まだ不安なことはたくさんあるのに、薫はもう帰ろうとしてしまう。

「最低限のルールは必要だろ」
「どこが最低限だ。俺のことはいいから自分の仕事に集中しろ」

 そう言われてもやっぱり不安だ。しかし、俺のライバルが現れてほしくないからという理由でしつこくするのも良くない。それこそ薫に嫌われてしまう。

 薫の可愛らしさとライバル出現の不安に揺れながら、俺は高校生活初めての文化祭を迎えることになった。


 文化祭1日目、俺はクラスTシャツの上にエプロンを着て、頭に三角巾を巻き家庭科室で準備を進める。
 調理といっても使える調理器具と予算が限られているため、俺たちはスープとホットケーキを作るだけだ。

 ボウルに材料を入れてカシャカシャとかき混ぜ、ホットプレートで焼く作業をずっと繰り返す。

(あー薫に会いたい。今頃このホットケーキをあの可愛い姿で客どもに振舞ってるんだろうな)

 とはいえ今日は一般の客を入れず校内だけでの開催だからまだ安心だ。薫のメイド姿を思い浮かべながら黙々と作業をしていればあっという間に時間は過ぎる。

 交代の生徒が家庭科室のドアを開けた瞬間、三角巾とエプロンを外しながら教室へ向かう。
 男装女装という物珍しさからか、はたまた薫の可愛らしさのせいか、うちのクラスは大盛況だ。廊下に待ち列がズラっと並んでいる。
 人混みをかき分けて教室に入れば、薫はまだ接客をしていた。

「薫」
「あ、悠斗。すぐ行くからちょっと待ってて」

 薫の背後に立って声をかけると、薫はテーブルの上を片付けてから「お待たせ」と川島を連れて戻ってくる。

「もうあとは自由時間だよね。着替えてから回りたいんだけど」
「なんか宣伝になるから着替えるなって言ってたよ」
「えぇー」

 薫はしぶしぶメイド服のまま校内を回ることにしたようだ。
 俺も心配ではあるが、メイド姿の薫と色んなことができるのは嬉しい。

「とりま村瀬迎えに行こうぜ」
「うん」

 川島について行き村瀬の教室に向かう。確かあいつのクラスは縁日だったか。客の入り具合がうちのクラスと全然違う。

「村瀬ーお待たせー」

 教室に入り川島が声をかけると、隅っこで陰気な空気を醸し出していた村瀬の顔がパァっと明るくなる。

「せっかくだしここで遊んでくか」

 そう言って的当てや輪投げで遊ぶ村瀬の後ろ姿を眺める。

「メイド服すごいね。可愛い」
「だろー?姉ちゃんに可愛いヘアクリップも借りたんだ!」
「川島に言ってない佐野くんに言ったの!」
「ははは、ありがとう」

 褒めてくる村瀬に対して薫は苦笑いだ。

「あんまり見んじゃねーよ。お前は川島でも見とけ」
「あ、ハイスミマセン」

 俺たちが村瀬のクラスで遊んでいるとだんだんと人が増えてきたため、教室を出て他の場所を目指す。

「この2年1組のお化け屋敷行きたい」
「いいね。谷先輩のクラスだ」

 パンフレットを広げながらおもしろそうな出し物を探し、その教室へ向かう。
 移動中もやはり薫はジロジロと見られている。薫を見つめるやつを俺が睨みつければ何割かは目を逸らすが、それでも次から次へと人目を集めるのでキリがない。全員川島でも見とけ。

「おーメイドさんたちいらっしゃい」
「わー!谷先輩!」

 2年1組の前に到着すると早速谷先輩に出迎えられた。

「お前ら随分目立つ格好で来たな」
「宣伝になるからって着替えさせてもらえなかったんですよ」
「はは、災難だな」

 谷先輩も薫のことを気に入っているようだが、この人は大和先輩と違って彼女がいるから安心だ。それに前助けてもらった恩もあるし。
 谷先輩に案内され待ち列で並んでいる間も、先輩は俺たちをからかう。

「結構怖いぞ?チビんなよ」
「チビりませんよ!」
「村瀬は大丈夫?怖いの苦手でしょ?」
「だっ、え、別に怖くないですが」

 薫に心配されると村瀬は明らかに動揺しだす。それを見た谷先輩は笑みを深めて村瀬を集中攻撃する。

「村瀬はデカい図体してビビりか?大丈夫か?俺のクラス多分この文化祭で一番怖いぞ」
「平気ですよ!所詮作り物だし」
「まぁなー。でもこの学校、出るって噂あるんだぜ?幽霊って怖い話すると寄ってくるって言うしなー。お化け屋敷なんてもっと集まってくるんじゃねぇの?」

 谷先輩の話にだんだんと村瀬の表情が固くなってゆく。その瞬間、「きゃぁぁぁぁぁ!」という叫び声とともに教室の扉から女子生徒数人が勢いよく飛び出してきた。
 それを見た村瀬の顔は青くなる。

「お待たせしましたー。次の方どうぞー」
「お、じゃあ楽しんでこいよ!」

 谷先輩に送り出されて教室内に入るが、村瀬はもう無言で川島の腕にしがみついている。

「村瀬、無理しなくていいよ?」
「い、いや大丈夫です」

 薫が心配して声をかけるが、村瀬は川島にへばりつきながら頑張るようだ。
 どうせなら薫も怖がって俺にくっついてくれたらいいのに、薫は一切怖がる様子がない。

 教室内に入った俺たちは、まず椅子に座らされこのお化け屋敷のストーリーを説明する動画を見させられる。

 放課後の教室でこっくりさんをやっていた生徒たちの元に、昔いじめられて自殺した少女の怨念がやってきてしまい、どうたらこうたらで俺たちは祠に御札を供えなきゃならないらしい。

 動画が終わり、俺たちはフィルムが貼られて明かりが絞られた懐中電灯と御札を持って狭い通路を進む。
 村瀬がビビって進まず、引っ付かれている川島も進みが遅いので俺と薫が先頭で進む。

「わぁ、よくできてるね」

 お化け屋敷の中に入っても薫は装飾や演出に感心するばかりで全く怖がってくれない。ふと後ろを見れば村瀬がへっぴり腰で川島にぎゅうぎゅう抱きついている。
 薫が来てくれないなら俺から行くしかないか。

「わー怖い」
「なんだその棒読み」

 速攻で演技だとバレたが、俺が腕に抱きつくのは許してくれた。

(あぁいい匂い。幸せだな)

「ぎゃぁぁぁぁ」
「うっせぇ!」
「ヒィッ…」

 せっかく幸せな気分に浸っていたのに後ろの村瀬がうるさい。思わず振り返って怒ってしまった。

「怒るなよ。お化け屋敷なんだから叫んで当然だろ」
「だって薫とのデートを邪魔するから」
「デートじゃないよ。こんなデートコースあってたまるか」

 薫はお化け屋敷デートは好みじゃないのか。今後デートする機会があればもっと明るいところにしよう。

 村瀬がギャーギャーうるさかったが、俺たちはスムーズに祠に御札を供えて出口から脱出した。

「いやー楽しかったな!明日もここ行く?」
「勘弁してくれ」

 川島は笑顔でなんだかスッキリしたような表情だが、村瀬はヘロヘロだ。
 そんな村瀬を落ち着かせるために俺たちはスイーツを扱うカフェをやっている教室に入り一休みする。

 今日は大きな問題もなく過ごせたが、問題は明日だ。
 一般公開で厄介なやつが来なければいいが…
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