アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第35話

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 結局あの後、俺たちのクラスにやって来た大和先輩に「弟が迷惑をかけた」と謝られ、あの場はおさまった。

 文化祭が幕を閉じ、再びいつもの日常が戻ってくる。とはいえすぐに体育祭や2年生の修学旅行、中間試験がやって来るので束の間の平穏といった感じだ。どうして二学期はこんなにイベントが多いんだろう…

 そして悠斗は文化祭で大輝と対立し危機感を覚えたのか、以前にも増して俺にベッタリだ。かくいう俺も悠斗の家にお邪魔する回数が増えた。部活が無い放課後や土日で、かつ特に予定の無い日はほとんど悠斗の家にいる。
 この間までは「海賊王のドラマを観る」という口実で家に上がっていたが、それも見終わってしまったため、今は適当に色んな映画やドラマを見ている。
 ただ、キスシーンなんかが流れると決まって悠斗が熱い視線で俺を見つめ、それからガバッと抱きついて頬や頭にチュッチュッとキスを落としてくるので困る。

「なんでそんなにキス好きなの」

 今日も悠斗の家のソファでダラダラしていると、突然キス攻撃が始まった。
 鬱陶しくなり悠斗の顔を手で押し返しながら尋ねる。

「んー、食べたいから」
「は?」
「本当は口の中に入れたいんだよ。ガチで食べるわけじゃないけど、とにかく触れて1つになりたいっていうか」
「へぇ…」

 ペットや赤ちゃんに対して「食べちゃいたいくらい可愛い」というのと同じようなものかな。
 顔を押し返したことでキスは止まったが、今度は俺の手をにぎにぎといじり始める。

「薫は?俺のことどう思ってる?」
「どうって…好きだよ、普通に」
「普通ってなんだよ。俺は薫に特別だって思ってほしい」

 悠斗は俺の指先に口をつけながら真っ直ぐ目を見つめて言う。その真剣な眼差しがなんだか落ち着かず、思わず目をそらす。

「十分特別扱いしてるだろ」
「そうだな」

 そう言って悠斗は飲み終わったコップを持ってキッチンへ行ってしまった。
 夏以降格段に距離が近付いた俺たちだが、2人とも何かを避けるようにこうして時々距離をとる。

 そもそも俺は悠斗とどうなりたいんだろう?
 こんな風に抱きついてキスして、悠斗はそれ以上のことも望んでいそうだし、俺もいつかは許可してやってもいいと思っている。
 でもそれは友だちではなく恋人と呼ぶべきものだ。しかし未だに悠斗からそうなりたいという言葉は出てこない。いや待て、確か恋人じゃないのにそういう事をする関係を指す言葉があったよな。

(あいつ俺をセフレにしようとしてるのか!?)

 そう思うと悠斗がとんでもなく悪い男に見えてくる。
 コップを洗い終わってソファに戻ってくる悠斗を睨みながら警戒していると、悠斗はそんな俺を不思議そうに眺めながらピッタリ隣に座ろうとする。

「あっち行け」

 悠斗が腰を下ろす瞬間、隣にずれて距離をとる。すると悠斗は酷くショックを受けたようで悲しい顔をする。

「え、なんで?」
「俺はそんな安くねーからな」
「…?それはもちろん」

 悠斗は未だ不思議そうな顔をしているが、俺にくっつくのは諦めてクッションに顔を埋めている。
 とにかく、悠斗の狙いがどうであれこれ以上の接触を許してはいけない。この頃だいぶ悠斗に絆されてきていたが、流されないように気を引き締めねば。



◆◇◆◇



「あっつー」
「焼けちゃうよ」

 今日は体育祭の予行練習だ。ついこの間文化祭が終わったばかりだというのに、もう次のイベントだ。
 9月も半ばではあるが、まだまだ夏の暑さが退かないこの時期に外に集められ、体育祭の流れを確認するだけという時間にみんなかなりダルそうにしている。

「薫ー」
「うわ、こっち来るな」

 この暑い中でも悠斗は俺にくっつこうとしてくる。

「なんか最近冷たい」
「暑いからあんまくっつきたくないだけ」

 不満気な悠斗に適当な言い訳をするが、悠斗との距離感はなかなか難しい。近すぎるのも危険だが、遠ざけすぎて喧嘩してると周囲に疑われるのもまずい。
 まぁ、こうやって逃げるのも、本当は悠斗を怪しんでるというより、俺の中の悠斗の存在が大きくなりすぎて失うのが怖いという方が大きい。なにかと理由をつけて離れて、別れのショックを和らげたいのだ。
 そもそも、男同士なんだからずっと一緒にはいられないだろう。海外で結婚する同性カップルがいるとかは聞いた事があるが、俺にそれをする勇気は無い。普通にそれなりの年齢でそれなりの女性と結婚して家庭を築くと思う。色々な選択肢がある時代とは言われているが、やはり独身を貫いている人は色々と邪推されるのが現実だ。両親だっていい人と結婚して孫の顔を見せてやった方が安心するだろうし…
 悠斗も同じような考えでいつまでも告白して来ないんじゃないだろうか。大人になるまでの猶予期間で思いのまま楽しんで、その後は心を殺して"普通"という名のレールを走る。人生はそんなものだ。
 ただ、俺は弱いから、その猶予期間ですら終わりを恐れて好きに動けない。

(悠斗は強いな)

 本当は俺も悠斗みたいにもっと欲に従って動きたい。終わりを恐れてる間に大人になってしまうんだから、こんな悩みはバカらしいと自分でもわかってる。

「またなんか悩み事?」

 悠斗が隣に並んで顔を覗き込んでくる。

「別に。悠斗が羨ましいなって」
「なんで?どこが?」
「強いとこ」

 そう言うと悠斗は不思議そうな顔をする。俺に悠斗のような強さが少しでもあれば、俺たちの関係は大きく変わっていたのかな。

「薫も強いじゃん。1on1で薫に勝てたことないし、絞め技も抵抗できない」
「そういう強さじゃないよ。まぁいいや、明日クラスT忘れちゃダメだよ」
「そーだった。薫Tシャツ、明日汚さないように気をつけねぇと」

 悠斗は背中にお互いの名前を入れたクラスTシャツをかなり気に入っているようだ。
 またあのバカップルみたいなTシャツを全校生徒の前に晒さなきゃならないのは少し恥ずかしいが、そのくらいの恥は耐えられるようにならなきゃな。
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