アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第46話(大輝視点)

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 校舎の周りを走っている今、意識しているのはあの憎き男、清水 悠斗とどれだけ距離を離せるかということだ。
 後ろをチラチラと振り返りながら、ヤツとの距離を確認し、そのたび安堵する。しかしこの程度の距離だと大したことはない。俺の方が圧倒的に優れていると示すにはもっと突き放さなければ。

 そうしてペースを上げていき、ゴールした時にはもうすっかり息が上がっていた。
 しかし佐野先輩に微笑みかけてもらえば、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶ。

「お疲れ様。水分補給してね」
「はいっ!ありがとうございます佐野先輩!」

 佐野先輩の声に耳が癒され、優しさが体全体に沁みる。
 そうして幸せに浸っていると、清水先輩が外周を終え、佐野先輩はそちらに行ってしまう。
 あんなに頑張って清水先輩を突き放したのに、悔しがる様子なんて一切見せずに平然としているのがムカつく。そして、心做しか佐野先輩の笑顔が先程よりずっとキラキラしているように思える。

(ムカつく。なんで俺より清水先輩の方が気にかけられてるんだ)

 授業中も暇さえあればずっとそのことを考えてしまっている。
 清水先輩は協調性が無くて、自己中で、乱暴で態度も口も悪い。佐野先輩のそばにいていい人間じゃない。
 そのはずなのに、どうして告白した後もあんなに仲が良いんだ。普通、フラれた相手とは気まずくなるだろう。ましてや男同士、これまで築き上げてきた信頼や友情が全て崩れ去ってもおかしくない。なのにどうして清水先輩だけは許されているんだ。

(それが一番腹が立つ。告白してもなお仲良くしたいと思われるなんて、そんなのずるい)

 せっかく死に物狂いで勉強を頑張ってこの高校に入ったのに、もやもやイライラしてばっかりだ。
 しかしこうして毎日怒りを溜めているだけではダメだ。焦りや苛立ちは判断力を鈍らせ、バスケのプレイにも影響する。そうなったら佐野先輩にがっかりされてしまう。
 休日でなんとか息抜きをして、気持ちを立て直せたらいいんだが…

 そうして俺は日曜日でそこそこ混雑しているなか様々な店を見て歩く。

(バッシュ新しいの欲しいな…)
(あ、これ佐野先輩が使ってる水筒だ)
(このサポーター良いって聞いたな。まぁ今使ってるのでいいか)

 色々と見て周り、結局買ったのは練習着だけだ。

(新しいの佐野先輩気付いてくれるかな)

 早く佐野先輩に見せたい。それに新しい物を身につければ、気持ちも一新できる気がする。

 たまにはこうやって1人で買い物をするのもいいものだ。今までバスケ用品を見るとなると、大和にいと一緒に行くことばかりだったから新鮮だ。
 今日だけは清水先輩のことなど考えず、あとはカフェでゆっくりお茶でもして帰ろう。

 そう考えてカフェに向かい、入口から入った瞬間、嫌な顔が目に入った。

「あ」
「なんでここにいるんですか」

 せっかくいい気分だったのに台無しだ。
 注文の列の最後尾に並んでいたのは、なんとあの清水先輩だ。俺はその後ろに並ぶはめになった。

「なんでって言われても、お茶しに来たんだよ」
「タイミング悪いなぁ」
「こっちのセリフだ」

 ため息をついて清水先輩から目を逸らし、店内の座席をキョロキョロと見渡す。するとそれをちらっと見た清水先輩が呆れたように言う。

「薫ならいないぞ」
「な、別にそんなんじゃ!なんとなく見てただけです」

 やっぱり腹立つ。確かに佐野先輩がいるんじゃないかと少し期待してた。しかし、清水先輩を見てそんなことを思うなんて、自分でも2人が一緒にいることを認めてしまっているようで腹が立つ。
 あっという間に注文の列は進み、清水先輩が注文した後に俺もレジに向かう。

(清水先輩はなに頼んだんだろ…やっぱりブラックとかかな)

「ご注文お伺いします」

 大学生くらいの女性店員がにこやかに尋ねてくる。

「ブラックコーヒーをショートで」
「かしこまりました」

 店員さんが俺の注文を機械に入力し、現金を支払ったところで後悔が芽生えてくる。

(普段ブラックなんて飲まないのに、いけるか?これ)

 俺が甘いものを飲んでいたら清水先輩に馬鹿にされそうで見栄を張ってしまったのだ。

 若干の後悔を浮かべながら、受け取り口の前でドリンクの完成を待つ。
 すると店員さんの呼び出しで清水先輩が商品を受け取り、そのまま座席の方に向かっていった。

(あの人甘いの飲むのかよ!)

 しかもチーズケーキまで注文していた。
 だったら俺も甘いものを頼めばよかった。新作のメロンのやつ結構気になっていたのに…

 店員さんからコーヒーを受け取り、店内を進む。するとお客さんたちが一方向をチラチラと見ていることに気が付く。その視線の先をたどると、そこには2人がけの席に座ってケーキとフラペチーノを味わう清水先輩の姿があった。

(さすが。見た目だけはどこぞのファッションモデルと言われても違和感ない)

 俺が何も言わずに清水先輩の正面の椅子を引いてそこに座ると、視線を遮られた女性たちの残念がる気配が背中に伝わる。
 そして清水先輩はケーキを食べながら不愉快そうな顔で俺のことを見てきた。

「なんだよ」
「俺たち話し合った方がいいと思って」
「お前と話すことなんかねぇよ」

 そう言って清水先輩はチョコレートフラペチーノをストローで吸い込む。
 この人と建設的な話し合いをするのは不可能だ。そのためこちらから一方的に言いたいことを言うしかない。

「いい加減佐野先輩から離れてください」
「やだ」

 清水先輩はその一言で話し合いは終わりとでも言うように、フォークをチーズケーキに刺して口に運ぶ。

「普通に迷惑でしょ。自分のことそういう目で見てるやつがそばにいるって」

 俺が率直に意見を述べると、清水先輩はぷっと笑って俺の方を見た。

「コーヒーの減り遅せぇな。ガキにはまだ早かったんじゃねぇの?」
「甘いのに甘いの合わせてるあんたに言われたくない!ていうか俺の話無視しないでくださいよ!」

 いきなりなんなんだ。俺の話も聞かず急に馬鹿にしてくるなんて、性格がねじ曲がってる。

「薫の好物知ってるか?」
「は?なんですかいきなり」

 清水先輩はなおも俺の話を無視して、チーズケーキを食べながら唐突に話を変える。

「ここのチーズケーキも美味いって言ってたから、今度作ってやろうと思って」
「だからなんの話…」

 好きな食べ物を知っているというマウントか?手作りケーキをあげるほど仲が良いというアピールか?全く話が見えない清水先輩に苛立ちが募るばかりだ。
 すると先程までにこやかに話していた清水先輩が、急に笑顔を消して俺を睨みつける。

「やっぱりお前は薫のこと何もわかってねぇな。その程度のやつに俺達の関係をどうこう言う資格ねぇんだよ」

 冷たく言い放つ清水先輩の姿に思わず背筋が凍る。普段口論ばかりしているのに、本気で怖いと思ったのはこれが初めてだった。
 しかし恐れを抱いたなんて認めたくないし、清水先輩に気付かれたくない。俺も負けじと清水先輩を睨みつけて言葉を返す。

「あんたより知ってますよ。俺はずっと佐野先輩に憧れてきたんだ」
「お前が見てるのは薫じゃなくて自分の理想像だろ」
「はぁ?俺の理想像が佐野先輩なんですよ」

 ほんとに何を言ってるんだこの人は。
 その言い方じゃ俺が本当の佐野先輩を見ていないみたいじゃないか。

 俺の返答に清水先輩は深いため息をつき、呆れたようにボソッと呟く。

「はぁ…これじゃメンタルやられるのも当然だな」

 そして清水先輩はフラペチーノを一気に飲みきり、そのまま食器を下げて店を出て行ってしまった。

 満足に話し合うことが出来ていないのだから、呼び止めるか追いかけるかするべきなのだろう。しかし、先程の清水先輩の言葉が妙に引っかかっており動くことができない。
 俺より清水先輩の方が佐野先輩のことを知っているなんてありえない。だが清水先輩の態度や言葉から、清水先輩は俺の知らない佐野先輩の姿を知っているのではないかと思ってしまう。
 一度疑問が生じればそこから嫌な可能性が芋づる式に次々と浮かんでくる。

 俺が佐野先輩を慕うあまり、先輩はその期待に応えようと無理していたんだとしたらどうしよう…それで、清水先輩にだけ素を晒しているんだとしたらあの言葉も納得がいく。
 告白された後も清水先輩と仲良くし続けているのは、素を晒せる特別な相手だから?いや、多少特別な相手だとしても、自分に向けられる下心を完全に気にしないなんて無理だ。それも許せる間柄なんて…

(両想いとか…?)

 頭に浮かんできた言葉に、一気に頭に血が上る。

 佐野先輩の相手が俺じゃないことが許せない。清水先輩に佐野先輩を取られたなんて思いたくない。俺の行動が間違っていたなんて認めたくない。

(なんで清水先輩には素を晒せて俺にはダメなんだ?)

 嫌な想像をするうちに、清水先輩にばかり向いていた暗い気持ちが徐々に佐野先輩にも向かってゆく。

(嫌だ。佐野先輩の一番は俺じゃなきゃ許せない)

 俺は強烈な苦味を放つブラックコーヒーを喉に流し込み、空になったグラスを下げ、店を後にする。
 頭の中はどうしたら佐野先輩の目を俺に向けられるかということばかりだ。
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