アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第50話※

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 右手に抱えていた音楽の教科書や筆記用具を奪われ、大輝に手を引かれ連れてこられた先は、俺と悠斗がよくたむろしていた屋上前のスペースだった。
 そこに着くなり大輝は俺を壁に押し付け、そのまま両肩を強く押し下げられて床に座らされてしまった。そして俺の膝に跨り、かなりの至近距離で見つめられる。

「ちょ、大輝?どうしたの」
「昨日清水先輩とここで何してたんですか?」

 一瞬息が止まる。
 やっぱりあの時見かけた後ろ姿は大輝だったのか…
 しかし動揺を悟られないように、いつも通りの笑顔を浮かべてなんとかこの状況から脱しようと試みる。

「なんの話?」
「とぼけないでくださいよ。昨日ここに2人で入っていくのを見ました」
「人違いじゃない?」

 素直に答えない俺に痺れを切らしたのか、大輝はぐっと顔を近付け俺を鋭く睨みつける。

「俺が佐野先輩を見間違うはずないでしょ。それに声だって聞いた…全部知ってるんですよ」

 言い逃れができない状況に固まる。大輝はそんな俺の耳もとで話し続ける。

「清水先輩と付き合ってるんですか?好きだとか愛だとか言ってましたよね?」

 この体勢こそ他の人に見られたら勘違いされる。しかし俺は動くことができなかった。そこまで知られていて尚も否定すれば大輝の怒りを買うかもしれないし、肯定すれば俺と悠斗の秘密が広まるリスクがある。この場を穏便に済ませる方法が一切わからず、俺は混乱状態に陥っていた。

「あの時からかな?先輩たちが急に仲良くなった時…あれからずっと俺の事邪魔だと思ってたんですか?2人でいちゃいちゃできないから」

 そう言いながら大輝の手は俺の腹をまさぐり始める。俺はその手を止めた方がいいのか、それとも近すぎる顔を遠ざけた方がいいのかの判断もつかない。左腕を骨折していなければ両方いっぺんにできるのに…そんなことを考えながら、弱々しく大輝の胸を押し返すしかできない。

「違う、そんなんじゃ」
「何が違うんですか?」

 もう大輝は確信しているようで、何を言っても無駄だと感じた。だったらなんでわざわざ俺を拉致して問い質してくるんだという文句も浮かんでくるが、それを言ったら何をされるかわからないから黙っておこう。

「だんまりですか…」

 そう言うと俺をまさぐる大輝の手はどんどん下の方へ伸びてゆき、ズボンの隙間へと差し込まれる。

「は、何してんの?! …うっ」

 驚いて顔を下に向けると、もう片方の手で顎を掴みぐいと持ち上げられた。

「俺を見て」

 ズボンの隙間からシャツを持ち上げられ、そのまま素肌を触られる感覚に鳥肌が立つ。無理やり上げさせられた視界には熱を帯びた大輝の瞳が映る。その光景に、思い出すのは3年前の平田先輩との出来事だ。

(どうしよう、なんとかしなきゃ。でも二度も同じ手は使えない。あれは元から孤立していた平田先輩だったから使えた手だ)

「いつもいつも嘘ばっかり。俺の何がいけないんですか?清水先輩の何がそんなに特別なんですか?」

 素肌に伝わる熱い感触に全身がゾワゾワして大輝の言葉は耳に入ってこない。
 どうしようと回らない頭で必死に考えている間も、「俺がもっと早く生まれてたら違った?」「清水先輩みたいな見た目だったら?」とぶつぶつと何かを呟いている。

「ごめん大輝、もっと早く伝えるべきだったのに。俺がお前をこうさせたんだよね」

 必死に紡いだ言葉はこれだった。正直これが有効な手段だとは全く思えない。しかし、逆上させるだけとわかってはいても、伝えなければならないと頭の中に浮かんでくる。

 そんな俺を見て大輝は「やめろ」と震える声で拒絶する。不安に揺れる大輝の目をしっかりと見つめながら、俺は口を開く。

「俺が大輝のものになることは…」
「言うな!」

 俺の言葉は最後まで紡がれることなく塞がれた。文字通り、大輝の唇が俺の口を塞いでいるのだ。
 唇を噛まれたり舐められたりするのを歯を食いしばって耐え、腹だけにとどまらず背中や腰を撫でられる感触にも目をぎゅっと瞑って耐える。
 しかしそれにも限界があった。大輝の手が腹からどんどん登ってゆき、特段皮膚が薄いある一点を摘んだことで思わず声が漏れる。

「やめろっ!」

 そう言って睨みつけると、大輝はようやく顔を離した。
 しかし大輝の表情を見た俺の目はすぐに鋭さを失う。大輝の口もとは確かに笑っているのに、目は今にも泣きそうなほど悲壮感に満ちていた。

「初めて佐野先輩の素顔を見た気がします」

 そう言うと大輝は今まで俺の顎をがっしりと掴んでいた力を緩め、まるで割れ物を扱うかのように優しく俺の頬を撫でる。

「ただの利己的な嘘つきだったらよかったのに、どうしてこんなに綺麗なんだ」

 大輝の表情があまりに不思議で、食いしばっていた口もともつい緩んでただただ近付いてくる顔を見つめるだけだった。
 しかし再び唇が重なろうとしたその瞬間、大輝の身体が一瞬で後ろに吹き飛んだ。

「このクソ野郎何してんだ!」

 目の前にいたのは怒りに満ち溢れた悠斗だった。
 悠斗は仰向けに倒れる大輝に跨りそのまま拳を振るう。しかし大輝もやられてばかりではない。悠斗に掴みかかってそのまま反撃に出る。
 そうして2人で階段を転げ落ち、その先でも殴り合いが続く。

「ちょ、2人とも!」

 俺は止めに入ろうとしたところで人の気配に気付いて壁の後ろに隠れる。
 今の俺はシャツがズボンから飛び出て乱れているし、口もとも大輝の唾液でベタベタだ。俺の姿を見れば2人の喧嘩の原因を察して噂が立つかもしれない。
 急いで口もとを拭い、シャツをズボンに突っ込み整えて飛び出せば2人は既に数人の生徒に遠巻きに囲まれ、渡り廊下の先から男性教師が走って来ているところだった。

 次第に騒ぎを聞きつけた見物人が増えてゆき、大輝と悠斗はそれぞれ男性教師に羽交い締めにされてようやく引き離された。

(どうしよう、大輝にされてたことバレたら…というか悠斗と付き合ってることもバレるかも)

 2人の怪我の心配よりも真っ先にその不安が出てくる俺はつくづく最低な野郎だと思うが、その不安のせいで頭は真っ白だ。

(あ、てかあの状況、悠斗からしたら浮気してるように見えたんじゃ…)

 先生に引っ張られて保健室に連行される2人の姿を見ると、まっすぐ俺の目を見つめる悠斗と目が合った。
 俺はなんだか悠斗の目に咎められているような気がして、恐ろしくなって思わず目をそらし下を向く。
 集まった生徒たちのざわつきに包まれながら、これからのことを考えて指先からどんどん冷たくなってゆくのを感じた。
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