アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

文字の大きさ
51 / 72

第51話

しおりを挟む
「はぁぁぁ…」

 扉の前で深いため息をつく。
 右手にケーキの箱を持って悠斗の家の前にやって来たが、もし悠斗が怒っていたらどうしようと怖くてなかなかインターホンが押せない。

(いや、もうお見舞いのケーキだって買ったし、これ持って家帰っても母さんに変な目で見られるだろ)

 意を決してインターホンを押そうと人差し指を出すも、やっぱり直前で怖くなるのを何度か繰り返している。
 そして扉の目の前で下を向いて動けずにいると、突然ゴンッと鈍い音とともに頭頂部に痛みが走る。

「痛っった!」
「あ、ごめん」

 痛みによろけながら顔を上げ目の前を見ると、そこには俺と同じように左腕に三角巾を巻いた悠斗がいた。

「なんか薫がいる気がして、開けちゃった」
「今日は勘が冴えてるね…」

 悠斗は頭をぶつけた俺を心配そうに見つつも、その目には愛しさが溢れている。
 その優しい目を見れば、俺の先程までの心配は全く必要のないものだとわかる。

 悠斗に促されるまま部屋に入り、ダイニングテーブルの上にケーキを広げて席に着く。

「これで痛いとこ冷やしとけよ」
「ん、ありがと」

 悠斗はケーキについていた保冷剤を俺の頭に乗せる。そんな自分の滑稽な姿に笑いが込み上げてくる。

「一緒に食おうぜ」

 そう言って悠斗はフォークを2本用意する。

「前に悠斗がやってくれたみたいに今度は俺が食べさせてやりたいけど、同じ怪我してるんだよなぁ」
「互いに食べさせ合えばいいじゃん」
「ははっ、バカップルかよ」
「違ぇの?はい、あーん」

 悠斗に差し出されるままフォークに乗ったチョコケーキに食らいつけば、口いっぱいに甘さとほろ苦さが広がる。
 お返しに今度は俺がフォークを差し出せば、悠斗はひどく幸せそうな顔をしながらケーキを頬張る。

「殴り合いで骨折って、相当だね」
「いや、これは階段から落ちる時角に思っきし当たっただけ」
「痛そ。てかその時点で折れてたんなら大輝殴るのやめなよ」
「やめられるかよ」

 悠斗はあの時のことを思い出したようで憎しみを込めてケーキにフォークを突き刺し、それを俺に差し出す。フォークに乗ったケーキは先程までのものより大きく、俺は口を大きく開けてかぶりつくはめになった。

「でもありがとね。あの時悠斗が来てくれなかったら結構やばかったかも」
「怪我人相手にありえねぇってあいつまじで…」

 悠斗はチョコケーキを頬張りながら大輝への文句を垂らす。

(悠斗が来る前に何してたか知ったらどう思うかな…)

 悠斗は完全に大輝が悪いと思っているようだが、具体的に俺が何をされたかは知らないだろう。それに、逆上されることなど恐れず全力で抵抗していればこんなことにはならなかったように思える。

(唇を奪われ素肌に触れられた時点で充分悠人に対する裏切りなんじゃないだろうか)

 そう思うと伝えるのが一層怖くなる。しかし隠したままというのも不誠実に思えて気が引ける。

「俺のことも殴っていいよ」
「は?やだよ」

 罪悪感からそんな提案をすれば、悠斗に即座に拒否される。
 どう思われるのか怖くてたまらないが、やはり隠すよりも正直に言って殴られた方がましだ。そう思って勇気を振り絞り悠斗に語り始める。

「俺さ、服の中に手入れられて色んなとこ触られた。あとキスされた…ごめん、だから殴っていいよ」

 そう言って恐る恐る悠斗を見ると、最後の一口のケーキを俺に差し出して「ん、食って」とだけ言う。口を開いて言われた通りケーキを食べ終えると、腕を引っ張られ洗面所へと連れていかれる。
 そうして悠斗が手に取ったのは、だいぶ前に悠斗が用意した俺用の歯ブラシだ。それを濡らして歯磨き粉をつけ、俺と向かい合わせに立つ。

「あーってして」
「あー……ア"ッ?!」

 悠斗は俺の口に歯ブラシを突っ込みそのままシャカシャカと磨き始める。

「待っへ、自分でできう」

 俺は悠斗の右腕をバシバシと叩きながら抵抗するが、一向にやめてもらえる気配は無い。
 というか大輝に舌は入れられていないから歯磨きをしたところで無意味なんだが…そんなことも伝えられず、俺はただただ歯を磨かれる。

 思わず唾液とともに歯磨き粉を飲み込んでしまったところでようやく悠斗が歯ブラシを引き抜いてくれた。
 すぐさま水道で口をゆすいで文句を言おうと振り返ると、そこでは悠斗が普通に歯を磨いていた。

「なんで俺の歯ブラシでそのまま磨いてんの?!」
「しょっちゅうキスしてんらから問題ねーだろ」
「それはそうだけど、気持ち悪い」

 すると悠斗はガーンという音が聞こえてきそうなほどショックを受けた顔をする。
 そうして悠斗は口をゆすぎ歯ブラシも洗った後、意気消沈といった感じで俺に謝る。

「ごめん、もうしない。歯ブラシも新しいのに変える」
「いや、ごめん。別にそこまでじゃ…俺潔癖ってわけじゃないし。ただ普通にキモいなって」

 まずい、慰めたいのにもっと悠斗にショックを与えてしまった。
 悠斗はもう力なく床に座り込み、壁にもたれかかってうなだれている。俺は正面に一緒にしゃがみこんで必死に悠斗を慰め続けるも、悠斗は落ち込む一方だ。

「俺はさ、薫の菌も食べカスも全部愛しいよ。薫の全てを身体の中に取り込みたい」
「ごめん…キモいよ」
「うぅ…」
「ごめんって」

 いや、大輝に触られて申し訳ないって話からなんでこうなるんだ。こんなやり取りをしていると、なんだか俺の悩みがバカバカしく感じてくる。

「前から思ってたけど悠斗って変態だよね」
「嫌いになった?」
「いいや、好きに決まってんじゃん」

 そう言うと悠斗はパッと顔を上げ、もの欲しげな顔で見つめてくる。
 その要求を叶えるため、身体を少し前に倒して唇を重ねる。するとすぐに互いに口をわずかに開き、舌が絡み合う。
 もっと欲しいという気持ちが高まったところで、顔を離して熱くなった呼吸を整える。

「俺に早く怪我治せって言ってたのに、期間伸びちゃったね」
「んー、マジで速攻で治す」

 はははっと笑っていた俺だが、ここであることを思い出した。

「あ、今言うの申し訳ないんだけどさ…悠斗が怪我したこと言ったら、母さんが夕飯うちで食べろって」
「はっ、今から?!俺もうこの後シコる気満々だったんだけど!」
「んなストレートに言うなよお前…」

 あまりに正直な悠斗のせいで俺の顔が真っ赤になる。

「やめにしてもいいけど、どうする?」
「行く!!!」

 こうして俺たちはバタバタと部屋を出て、何事も無かったかのように涼しい顔をしながら母の手料理を一緒に食べたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】

毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。 俺は好きな人に嘘をついて別れた。 そして一年。 高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。 遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。 先輩は言った。 「友だちに戻ろう」 まだ好きなのに。 忘れられないのに。 元恋人から始まる、再スタートの恋。 (登場人物) 渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1 山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3 表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)

君の隣は

ゆい
BL
修学旅行での班分けで、隠キャな僕が席が隣というだけで、イケメンの班のメンバーに誘われた。人数合わせの為に。 その中でも圧倒的なオーラを放つ彼が、何故か僕を構ってくる。 なんの取り柄もない僕になんで? またしても突発的な思いつきによる投稿です。楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 久々(アルファポリスでは初)の現代BLです。言葉遣いが今の子達と違和感があるかと思いますが、限りなくスルーしていただけると有難いです。言葉遣いのおかしい箇所のご報告は有難いです。 今回もセリフが多めです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけると有難いです。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

僕がサポーターになった理由

弥生 桜香
BL
この世界には能力というものが存在する 生きている人全員に何らかの力がある 「光」「闇」「火」「水」「地」「木」「風」「雷」「氷」などの能力(ちから) でも、そんな能力にあふれる世界なのに僕ーー空野紫織(そらの しおり)は無属性だった だけど、僕には支えがあった そして、その支えによって、僕は彼を支えるサポーターを目指す 僕は弱い 弱いからこそ、ある力だけを駆使して僕は彼を支えたい だから、頑張ろうと思う…… って、えっ?何でこんな事になる訳???? ちょっと、どういう事っ! 嘘だろうっ! 幕開けは高校生入学か幼き頃か それとも前世か 僕自身も知らない、思いもよらない物語が始まった

処理中です...