アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第53話

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 ある日の放課後、悠斗の家で一緒に定期テスト前の課題をこなしていると、突然インターホンの音が鳴った。
 悠斗がだるそうな仕草で「はい」と壁掛けの機械に向かって返事をすると、そこから「こんばんは、突然すみません。相澤大輝の母です」と返ってきた。

「先日は息子が大変ご迷惑おかけしました。お詫びとご挨拶に参ったのですが、ご都合よろしいでしょうか?」
「あー。そちらに伺いますので、少しお待ちください」

 そう言って悠斗はインターホンの通話を終了させ、頭に手を当てながら困った顔をする。

「マジかー、どうしよ」
「なにが?」
「お詫びの品とか持ってこられてるパターンかなこれ。俺も大輝に怪我させてるけど何も用意してねぇ」
「あー。別に気にしないと思うけど」

 俺がそう言っても悠斗はキッチンをゴソゴソと漁り出す。

(悠斗って意外と礼儀とかちゃんとしてるよな)

 こういう部分には育ちの良さを感じるが、礼儀正しい場面とそうでない場面の差が激しすぎてもはや不気味だ。

 しばらくすると悠斗はクッキーの箱を持ってキッチンから出てきた。手にしているのはコンビニで売っている安いクッキーだが、「無いよりマシか」と言ってそのまま玄関を出ていってしまった。

 それにしても、生徒指導室に呼ばれた時2人は一体何を話したんだろうか。一応生徒の間では真相は広まっていないが、教師の間では知られているかもしれない。
 悠斗に聞けば済む話だが、そこまでして保身に必死な姿を見せるのも情けなくて結局何も話せていない。

(潔く"反省文で済んでよかった"で終わらせるべきなんだよなぁ…)

 椅子に深くもたれかかりながら、天井を見上げてため息をつく。

 一件落着したように見えて俺の問題は何一つ解決されていない。真実がバレていないかもわからないし、大輝がまた同じことをしないという保証も無い。
 大輝とちゃんと話をしなければと思うが、話し合いの場を設けるのもなかなか難しい…

 そうして悩んでいるうちに、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

「おかえりー…えっ」

 何かの箱を片手に持ってリビングに入ってきた悠斗の後ろから、大輝がついて歩いてきた。
 悠斗は箱を冷蔵庫の中にしまってから、大輝の首根っこを掴んで俺の前に連れて行き「おら、早く済ませろ」と乱暴に押し出す。

「あの、佐野先輩…」

 悠斗に押されて前に出た大輝は、気まずそうに俺の顔を見る。すると突然思い切り頭を下げた。

「本当にすみませんでした!」

 あまりの勢いに驚いて固まっていると、悠斗が「はい終わり」と大輝を引っ張って帰らそうとする。

「ちょ、ちょっと待って!…ほらここ、座って」

 こんないい機会逃す手は無い。
 俺は慌てて机の上に広げられていた数学のワークとノートを適当に端に寄せ、正面の椅子に座るように促す。
 それでも大輝はしばらく躊躇していたが、悠斗が「はぁぁ」とため息をつきながらドンと肩を押してようやく椅子に座った。
 そして悠斗は俺の隣にピッタリと椅子をくっつけて座り、鋭い視線で大輝を睨みつける。その視線を受けて居心地悪そうにする大輝に、俺はできるだけ優しく話す。

「今回の件は俺が原因なわけだし、そんなに気にしないで」
「薫は悪くねぇだろ」
「佐野先輩は悪くないです!」

 俺の発言を聞くと2人はほぼ同時に否定する。

「大輝が俺に向ける感情が普通の域を超えてることは前から知ってた。だけど俺はそれをずっと放置してたわけだから…せめて悠斗との関係は明かすべきだったんだよ。そこでケリをつけるべきだった」

 大輝はただ黙って首を横に振りながら下を向く。悠斗は俺たちの様子を頬杖をつきながら静かに見つめている。

「噂が広まることとか、大輝に嫌われることとか…そういうのが怖くて俺は隠すっていう選択をした。でもそれが大輝をもっと傷付けることになったんだよね。大輝からしたら信用されてない、騙されたって思うのも当然なのに、俺は自分を守ることに必死でそこまで考えが至らなかった」
「どうして…佐野先輩は優しすぎます。全部俺が悪いのに」

 俺の言葉に申し訳なさが募るのか、大輝の声はどんどん弱まっていく。

「そこまで罪悪感を感じる必要は無いってことだよ。俺もこんなことで大輝との縁が切れるのは嫌だ」
「佐野先輩…」

 大輝が俺に潤んだ目を向けてきたところで、悠斗が椅子にふんぞり返りながら口を挟んできた。

「そうは言ってもな、またこいつが薫に手出さない保証は無いし」
「そんなことしません!」

 大輝は勢いよく悠斗に反論したかと思えば、次の瞬間俯きながら暗い声で続ける。

「俺はもう、2人の仲を邪魔しようとは思ってません。生徒指導室に呼ばれた時、清水先輩には到底敵わないと確信しました。あの時、正直に話していれば清水先輩は罪を軽くすることだってできたのに、佐野先輩を守るためにずっと隠し続けたんですよね?」

 大輝の話に俺は目を丸くする。その展開を期待していなかったと言えば嘘になるが、俺が頼むまでもなく実際に悠斗がそんな行動を取ってくれたと知り色んな感情が湧いてくる。

「その瞬間負けたと思いました。俺はあの時自分の心配をしてたんで…」
「結局お前も薫のことは黙ってたじゃねぇか」
「俺の場合は自分を守ることにも繋がるでしょ。あの場で自分のことを一切顧みずに佐野先輩を守ることだけを考えるなんて、俺にはできなかった」

 悠斗は大輝の言葉に照れているのか、髪をかきあげながらそっぽを向いてしまう。
 すると大輝は俺の方をまっすぐ見つめ、なにか決意を固めたかのような表情で口を開く。

「なので佐野先輩のことは諦めます。ただ俺が清水先輩に勝てるくらい大人になったら、その時にまたアタックしますね。今度は正々堂々と正面から」
「てめ、諦めてねぇだろそれ!」

 ダンッと机を叩きながら抗議する悠斗を大輝は一切気にすることなく、「そろそろおいとまします」と言って帰っていった。

「にしても、あんなことしたのに大輝を切り捨てねぇとか、ちょっと優しすぎじゃね?」
「別に優しいわけじゃないよ。拗れたままだとリスクがありそうだから、それを解消したかっただけ」
「なるほどねぇ」

 大輝を見送った後、そんな会話を交わすと悠斗はくつくつと笑う。
 そして俺はそんな悠斗を見つめ、感謝を伝える。

「ありがとね、生徒指導室で俺を守ってくれてたなんて…」
「別に、俺がやりたくてやっただけだし」

 やはり悠斗は照れくさそうに視線をそらしてしまう。そんな様子にくすっと笑みがこぼれるも、すぐに自分の内面の汚さを自覚し暗い声が出る。

「ほんとすごいよ、逆の立場だったら俺は絶対にできないことだから。俺はいつも自分のことばっかり」

 そう言って下を向くと、悠斗が優しく頬に手を添えて上を向かせる。

「俺と薫じゃ抱えてるもんが違ぇんだから、俺と同じ行動が取れないのは当然だろ」

 そう言われた瞬間に目頭が熱くなる。
 なんだか俺の汚い部分を全て肯定してくれたような気がして、感情が昂るのと同時にじわじわと涙が溢れてくる。

「わ、泣くなって。何が悲しいんだ?」
「違う、悲しくない。なんか色々溢れてきちゃって…ごめん」
「謝んなよ」

 悠斗は慌てた様子でティッシュを取り出し俺の涙を拭う。
 そんな俺の心は、悠斗の優しさへの喜びと自己嫌悪が入り交じっている。

「俺が抱えてるものはさ、全部俺が勝手に背負い込んでるだけなんだよ。色んなものを怖がって、自分を守るために抱えてるだけ。だから悠斗にそんなこと言ってもらう資格ない」

 こんなこと言ったって悠斗を困らせるだけだとわかっているのに、悠斗の肯定を否定しないと気が済まなかった。
 そんな俺を悠斗は優しく抱きしめて、ただ背中をさする。

「それこそどうしようもないものだろ。怖いもんはどうしたって怖いんだ。しょうがねぇよ」
「でも、それで他人を利用するのは…」
「どうでもいい。俺は薫が安心して幸せに暮らせればなんだっていいんだ。そのためなら誰が犠牲になろうがどうでもいいし、俺自身だって何されても構わない」
「なにそれ」

 そんな生き方が許されていいんだろうか。
 しかし悠斗の体温に包まれながらその低い声を聞いていると、不思議とそれを否定する方が間違っているような気がしてくる。

(俺もう悠斗なしじゃ生きられないかも)

 そうしてしばらく抱き合ったところで、悠斗は冷蔵庫から先程大輝に貰った箱を持ってきた。その箱から保冷剤を取り出し、俺の赤くなった目元にあてる。
 悠斗の手から保冷剤を受け取りそのまま目を冷やしていると、悠斗は箱の中を見て少し困ったような顔をした。

「家族と食うと思ったんだろうな…これホールケーキだ」

 大輝から謝罪の品として渡されたものは、どうやらケーキだったらしい。悠斗は机に置いた箱を俺の方に向け「ほら」と見せてくる。そこに入っていたのは綺麗にデコレーションされたチョコレートケーキだ。

「デザートとして一緒に食うか」
「悠斗のやつなのに、いいの?」
「1人でこんなに食えねぇよ。それに夕飯振舞ってもらってんだから、礼ぐらいさせてくれ。まぁこれ貰いもんだけど…」
「別にそんなのいいのに」

 悠斗が怪我で料理が作れない間うちがご馳走するということになってはいるが、そもそもこれは悠斗がしょっちゅう俺に料理を振舞ってくれていたからそのお返しとして母が行っていることだ。だから本当に悠斗が気を使う必要は無い。
 しかし、いくら食べ盛りと言えどホールケーキを1人で食べ切るのは飽きも来るしキツいだろう。
 そうして俺は悠斗のお言葉に甘えて、俺の家で母の料理を堪能した後、みんなでケーキを味わったのだった。
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