アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第54話

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「っはー、薫ぅぅぅ」
「はいはい、いつまでくっついてんだよ」

 悠斗は俺に抱きつきながら頭や首すじに顔を埋めて匂いを嗅いでいる。
 ギプスが外れたのがよほど嬉しいのだろう。さっきからずっと両腕で俺をきつく抱きしめている。
 思えば悠斗は早く骨をくっつけようと非常によく頑張っていた。骨にはカルシウムだと言って牛乳をよく飲んでいたし、間食として煮干しもボリボリ食べていた。さらにネットで調べたのか色んなビタミンを摂取したり…俺のギプスが外れてからはそういった行動がさらに加速した。

(まぁ不便だったもんな)

 そんなことを考えていると、悠斗がぐっと体重をかけてきたためソファーに押し倒されてしまった。仰向けに倒れた俺を、悠斗はギラついた目で見つめてくる。
 そして上から降ってくるキスの嵐を黙って受け止めていると、次第に悠斗の手つきが怪しくなる。というか確実に俺を脱がそうとしている。

「ちょちょ、なにしてんの」

 悠斗の手を抑えながら尋ねると、悠斗はきょとんとした顔をする。

「なにって…怪我治って、今夏休みで、明日も部活無くて、俺の家にいる。やることは1つしかないだろ?」
「いや、そんなこと無いと思うよ?夏休みなんてやることいっぱいあるでしょ」

 そう言うと悠斗は満面の笑みを浮かべ、再びキスを落としてくる。

「そうだな。いっぱいヤりたい」
「ねぇそれどういう意味で言ってる?」

 そう尋ねても俺を触りながらキスをするのに夢中な悠斗は答えてくれない。

 まぁ俺も男だから意味くらいわかってはいる。それに俺も期待させるようなことを言っていたからこうなるのは当然だ。
 これまで「怪我が治るまでは」なんて言っていたが、あの時は俺も盛り上がっていたし、具体的にどんなことをするのか想像もせずただただ雰囲気にまかせて喋っていた。だから悠斗は今俺に止められる理由がわからないのだろう。

 いずれこうなるだろうと予想していた俺は、自分のギプスが外れた段階である程度覚悟を決めようとしていた。
 しかし俺には男同士の交際の知識など全く無かったため、少し調べてみることにしたのだ。

(でも検索して生々しい画像とか出てきたら嫌だしな…)

 生身の人間の行為を見るのはハードルが高いと感じた俺は、絵なら大丈夫だろうと漫画を見てみることにした。

(え、無理…)

 それが率直な感想だった。
 あんなの恥ずかしすぎるし、そもそも人体の構造として実現可能なのか?世の同性カップルは本当にみんなあんなことしてるのか?

(ていうか俺と悠斗、どっちがどっち?)

 身体の負担が少ない方は明らかに男役の方だが、悠斗が女役をやるイメージが湧かない。
 となると自然と役割は決まるわけだが…スマホの画面に写る漫画を俺と悠斗に置き換えてイメージした途端、一気に顔が赤くなった。

 上にのしかかる悠斗の手を抑えながら、俺は必死に声を上げる。

「思ったんだけどさ、そういうのって未成年の内はよくないんじゃないかな!」

 すると悠斗はぴたりと動きを止め、悲しそうな表情で俺を見てくる。

「俺とは嫌ってこと?」
「そういうわけじゃなくて…そういうのって大人がするものだし、まだ心の準備ができてないっていうか」

 俺がごにょごにょと言い訳をしていると、悠斗は体を起こし、腕を引っ張って俺のことも起こしてくれた。

「まぁ、薫に無理させたくねぇし、待つよ。18になったらいいってこと?」
「わかんない。来年は受験だし…」

 やっぱり性欲を満たせない恋人なんて必要無いんだろうか。
 俺は悠斗の反応が怖くて俯いてしまう。

「ま、いつまででも待つよ。怪我してたおかげで俺めっちゃ想像力豊かになったし、余裕」
「ありがと」

 一体何を想像してたんだか…
 しかし悠斗が軽く言ってくれたおかげで俺の不安も解消された。

 抱き合ったりキスしたり…付き合う前と全く変わっていないが、それでもあの頃より心は満たされている。これからもずっとこうして穏やかに満たし合えればそれでいい。

「ていうかさ、薫は大学どこ狙ってんの?」

 気まずいやり取りを終えソファーの上で2人くっ付いていると、悠斗が進路についての話題を振ってきた。

「んー、K大かS大かで迷ってるんだよね。叔父さんと父さんがS大出身だから、身内にはそっち推されてるんだけど」

 実を言うと俺はずっと昔からこの2つの大学を狙って勉強してきた。俺の人生設計には高い学歴が不可欠だとずっと考えてきたが、卒業の難易度的にも世間体的にもこの2つのどちらかが最適だという結論に至った。

「じゃあ俺もそこ受ける」

 俺の返答を聞き即座に決めてしまう悠斗に驚く。俺が長い間かけて考えた選択を悠斗はこの一瞬であっさりと決めてしまった。
 正直俺も同じ大学に通えたらと思ってはいるが、そんな風に進路を決めて大丈夫なのか?

「いや…自分の成績とか学びたい内容とか、就きたい職業で決めなきゃ」
「俺の夢は薫とずっと一緒にいること。それ以外無い。成績も、頑張れば大丈夫」

 そう断言する悠斗に俺は何も言い返せなくなってしまった。
 まぁ、確かに悠斗は将来のこととか普段からあんまり考えてなさそうだし、K大かS大なら悠斗の将来にもプラスになるだろうからむしろ俺について行った方が良いのかもしれない。

「オープンキャンパス一緒に行こっか」
「わかった。デートだな」
「いや真面目に考えなよ?」

 俺と同じ進路に進みたいと思ってくれているのは嬉しいが、悠斗の浮かれ具合に少々不安も募る。

(いや、悠斗の心配してる場合じゃないか。俺ももっと勉強頑張らないと)

 これで俺だけ不合格なんてことになったら悲惨すぎる。
 まだ受験まで一年以上あるが、これから文化祭に修学旅行、体育祭に球技祭とイベントは目白押しだ。うかうかしていたらすぐに時間は無くなってしまう。しかし高校生活を満喫できるのも今年が最後のチャンスだ。これからの色んなイベントを悠斗と心から楽しみたい。

(忙しくなるなぁ)

 そんなことを考えながら悠斗をじっと見つめると、嬉しそうな顔で俺を見つめ返してくる。
 こんなのんきな顔してて大丈夫なのか?と思うが、その表情がひどく愛おしく感じる。
 愛しさに胸がいっぱいになり、俺の方から唇にキスをすると、すぐさまキツい抱擁と深いキスが帰ってくる。

 徐々に暗くなってゆく室内で電気もつけずにただ2人で抱き合いキスをしていると、突然重低音が鳴り響いた。

「花火だ」

 2人とも吸い寄せられるようにベランダに出て行き、手すりに寄りかかって空を見上げる。

「綺麗だね」
「あぁ。今年は一緒に見れた」

 俺たちは手すりの下で手を繋ぎながら、空を彩る色とりどりの光を見つめ続けた。
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