アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第56話

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 スマホのカメラロールをスライドしていくと、懐かしい写真が次々と現れる。
 文化祭で一緒にお化け役をしたクラスメイトたちとの集合写真、修学旅行で奈良の鹿に囲まれて身動きが取れなくなる村瀬、体育祭の飴食い競走で顔を真っ白にした川島、俺たちの引退でびしょびしょに泣く大輝…そして俺が良いと思った時に撮りまくった悠斗の写真。
 この穏やかな日々はあっという間に過ぎ去ってしまった。焦りと不安とプレッシャーに駆られながら勉強に打ち込む日々を過ごしていると、1年前の出来事も遠い過去のように思えてしまう。
 そうしてしばし思い出に浸り、スマホを置いて机の上に視線を向け、俺は突っ伏した。

「あーどうしよ時間足りない。もうちょい暗記確実にしたいし、熟語ももっとマスターしたい。あ、そういえばアクセント問題さらっとしかやってなくない?てかリスニング毎回時間かかるよね、あんま回数こなせてないよね」
『全部は出来ねぇよ。過去問でずっと合格点取れてんだから大丈夫だろ』

 K大の入試を前日に控えた今、あらゆるテキストや問題集を広げながら不安に駆られてあたふたしていると、スマホから悠斗の呆れたような声が聞こえてくる。

「今年一気に難易度上がってたらどうするの!苦手なとこばっか出るかもよ?」
『そん時はそん時だ』
「あぁぁぁぁ」

 なんで悠斗はそんなに冷静なんだ。明日の試験に人生かかってるんだぞ?
 赤シートをかざした問題集をスラスラ答えられても、過去問の回答に何個丸がついても悪い想像が次々に湧いてくる。

『明日に備えてもう寝ようぜ。寝不足で集中できないのが一番ヤバいだろ』
「うー、まぁ確かにそうだよね。待って寝る前にもう1回だけ単語帳見る」
『それやり始めたらキリないって。もう寝ろ』

 単語帳を手に取って開こうとしたところで悠斗に止められ、しぶしぶ手を離してベッドの中に潜る。

「じゃあおやすみ。明日頑張ろうね」
『あぁ、おやすみ』

 緊張で眠れる気がしなかったが、頭の中で単語帳を1ページ目から思い浮かべているうちにだんだん意識が遠のいてゆく。

 翌朝、単語帳と一問一答の問題集を握りしめながら悠斗と試験会場までの道を歩く。
 同じ方向に歩いてゆく受験生たちたちはみんな無表情で、なんだか俺だけが緊張しているように思える。

「なんかみんな俺より頭良さそうに見える」

 大学の門をくぐる時、ぽつりと悠斗が呟いた。

「悠斗も緊張するんだ。俺だけかと思ってた」
「そりゃあ、薫と一緒に大学通いたいし。それに大学生ってなんかチャラいだろ?その中に薫を1人で行かせることになったらと思うと怖い」

 悠斗の言葉に思わず笑ってしまう。まぁ確かに大学生はひとり暮らしを初めたりお酒が飲めるようになったりで羽目を外すイメージが強い。そういう悪いノリに流されず、かといってノリが悪いとも思わない絶妙なバランスを取るのは今まで以上に難しくなるだろうな。

「悠斗はいつから俺の保護者になったの?そんなに心配しなくても上手くやるよ」

 まるで母親のようなことを言う悠斗を笑っていると、悠斗は俺の耳もとに顔を近づけて周りの人たちには聞こえない声で言った。

「保護者じゃなくて、彼氏として心配してんの」

 そう言われた瞬間耳が熱くなるのを感じた。思わず手に持っていた単語帳で悠斗の顔を押し返す。

「薫はモテるから、あんま1人で行動させたくない」
「それは悠斗も同じだろ。
…つーか変なこと言うな。脳みその容量無駄に食われる」

 そうして悠斗には文句を言ったが、このやり取りで幾分か緊張がほぐれた。
 建物の中に入ればみんな静かにテキストやノートを開きギリギリまで詰め込んでいる。その空気に合わせて俺たちも黙ってそれぞれ参考書を確認し、ロッカーに荷物を預け席についたらいよいよ試験開始だ。



◆◇◆◇



「きっと大丈夫よ~。自己採点の点数だって良かったでしょ?」
「でも今年がどうなるかわかんないじゃん。みんなもっとできてるかも」

 そわそわと落ち着きなくリビングを歩き回る俺に母は「大丈夫よ~」と繰り返す。
 もうすぐK大の合否が発表される時間だ。時計の針が10時に近付いていくごとに俺の心臓はギュッと縮こまる。
 そうしてウェブでの合否を待っていると、突然インターホンが鳴った。しかし俺は母が玄関に出てゆくのを気にする余裕も無く、ただそわそわとソファーに座ったり立ったり歩いたりを繰り返す。

「薫~、お客様よ~」

 そう言われてようやく母の方を見ると、その後ろから悠斗が出てきた。

「悠斗?どうしたの」
「ごめん、さすがに1人で見るの怖いわ」

 確かに悠斗の表情は緊張のせいかいつもより硬くなっている。
 そうして2人でダイニングテーブルに隣り合わせで座ると、母が暖かいお茶を出してくれる。

「「あつっ…」」

 2人ほぼ同時にお茶を傾け、同時に舌を火傷する。緊張のせいで冷ますことすら忘れていた。「あらぁ、気をつけてね」と母の呑気な声に悠斗も恥ずかしそうに笑うが、2人ともそれどころではない。

「もし悠斗だけ合格したら、俺のことは気にせずK大生になってくれ…!俺はS大に行く」
「いやそしたら俺もS大行くわ」

 そうだった。俺に合わせただけで悠斗自身は別にこだわり無いんだった。緊張しすぎて頭がおかしくなっている。

「もし俺だけ落ちてたら薫は…」

 悠斗はそこで言葉を止めて、しばらく考えるような表情をして僅かに首を横に振ってから続けた。

「薫は気にせずK大行けよ。俺は勝手にK大のキャンパスに入り浸るから」

 悠斗は本来言いたかった言葉を途中で変えたように見えたが、俺にはそれを聞き出す余裕は無く「不審者になるのかよ…」としか返せなかった。

 そうして気付けば時計は10時を回り、合否が発表される時間となった。
 震える指で受験番号とパスワードをスマホに打ち込み、何度も打ち間違いが無いかを確認してから確定ボタンを押す。
 そうしてページ更新を示すバーが左から右にゆっくり流れてゆく。アクセスが集中しているのか進みがかなりゆっくりだ。
 その間にちらりと視線を前方にそらせば、母も両手を祈るように握りしめじっと俺のスマホを見ている。
 再び視線をスマホに移すと、バーが一気に右に流れページが切り替わった。

「やっ…」

 思わず立ち上がってガッツポーズをしかけたところで、悠斗の結果はどうだったのかが気になり動きを止める。勝手に悠斗の画面を覗くわけにもいかず、恐る恐る様子を伺うと、突然立ち上がった悠斗に力強く抱きしめられる。

(これは…どっちの反応?)

 俺が反応に困っていると、悠斗がスっと息を吸ってから俺の肩に顔を埋めくぐもった声を出す。

「やった、よかった」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は悠斗の両肩を掴んで引き離し顔を覗き込む。

「合格ってこと!?」

 目を見てそう尋ねると、悠斗の口角が僅かに上がり「あぁ」と返ってきた。
 その瞬間喜びで胸がいっぱいになり、悠斗に思い切り抱きついた。その衝撃で悠斗がよろめくのも構わず、力いっぱいぎゅうぎゅう抱きしめる。

「やったやった!」

 悠斗に抱きつきながら喜びに跳ねていると、それを見た母も「きゃーっ!パパにも教えなくっちゃ!」と跳ね上がる。

 これで大学でも悠斗と過ごせる。幸せなキャンパスライフを思い描き悠斗と笑いあっていると、父への連絡を終えた母がリビングに戻ってきた。そして俺たちの様子を見て首を傾げながら尋ねてくる。

「ところで前から気になってたんだけど、2人は付き合ってるの?」
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