アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第63話

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 駿の母に車で送ってもらい、俺たちは駅にやって来た。
 来月になればいつでも会えるというのに、別れを惜しんで俺と悠斗に抱きつく駿のせいで電車に乗り遅れるところだった。
 しかしICカードが使えないことを駿に教えてもらわなければ面倒なことになっていただろうから、まぁ許す。

 そうして俺たちは有名な神社を参拝し、お昼には名産である黒豚の豚カツを食べてデザートにフルーツと練乳がたっぷりの名物スイーツしろくまを食べた。

(これぞ旅行って感じだよなぁ)

 昨日までののんびりとした時間も悪くないが、せっかく遠くまで来たなら名所と名物グルメは外せない。

「そろそろチェックイン時間だから行こうか」

 そう言って悠斗はタクシーを拾い宿に向かう。

「てか宿取ってるなら言ってよ。俺お金払ってないじゃん」
「いいって。昨日まで泊めてもらってたんだから」
「それは俺じゃなくておばあちゃんたちだし…
それに悠斗はご飯作るの手伝ってたじゃん。おばあちゃんたちすごい喜んでたよ?俺は手際が悪くて追い出されたけど…」

 お金のことを話しているうちに台所での悔しい記憶が蘇ってきてムッとする。

(絶対料金聞き出してやる)

 そうして決意を固めた俺だったが、ホテルに到着して驚愕することになる。

「いやここ絶対良いホテルでしょ」
「あぁ。レビューも高評価だらけだったぞ」
「そういう意味じゃなくて、値段的な意味!」
「値段は…別に大したことないよ」

 悠斗はそう言うが、絶対にそんなことはない。
 洗練されたデザインのロビーに、丁寧な接客。他のお客さんも落ち着いた人たちばかりで、卒業旅行で遊びに来た若者など俺たちしかいない。

(場違い感はんぱないな…)

 まぁ今日は平日だし、ランクの低い部屋なら俺のお小遣いから払えないことはないだろう。

 しかし俺のそんな期待も虚しく、案内された部屋はとても豪華なものだった。

「まじでいったいいくら払ったんだよ…!」
「ほんとに大した金額じゃないって」
「お前の金銭感覚はあてにならん!」

 到着早々もめる俺たちだが、部屋の魅力には敵わない。部屋は広いし景色も良いし、ベッドもソファーもふかふかでだ。

「露天風呂ついてる!部屋に!最高ー!」

 喜びのままに悠斗に抱きつくけば、そのままギュッと抱き返してくれる。
 祖父母の家ではずっと人の目があったから、こうして触れ合うのは久しぶりな気がする。

(とりあえずお金のことは置いといて満喫しよう。バイトすれば返せるだろうし)

 そもそも高校を卒業したらバイトを始めるつもりだったのでちょうどいい。

「部屋のは夜入るとして、大浴場行こ。この時間なら多分空いてるよ」

 部屋に置いてあるタオルのセットを持って、俺は早速部屋を出る。
 大浴場には白く濁った内湯と、透明な湯の露天風呂がありそれらを交互に楽しんだ。
 露天風呂からは海と桜島を眺めることができてとても癒される。両親からは桜島の火山灰に悩まされたという話をよく聞いていたが、その話をする2人の表情はどこか得意気で、あの山が鹿児島県民からとても愛されているのだということが伝わってきた。そんな山を温泉に浸かりながら眺められるというのは、なんだか感慨深い。

 その後はお風呂上がりの休憩スペースでお茶を飲み、部屋でしばしゆっくりした後は豪華な会席料理を頂いた。半個室でそれぞれの料理の解説を聞きながらの食事など初めての経験だ。

「いやぁ最高。悠斗ありがとねーめっちゃ良いホテルだよここ」
「気に入ってくれてよかった」

 部屋に戻ってすぐに服を脱ぎ温泉に入ろうとすると、悠斗がギョッとした目で見てくる。

「また入るの?」
「夜に入るって言ったじゃん」
「まぁそうだけど…よく脱げるな」
「昨日から散々温泉巡りして脱いでんじゃん」

 確かに最初は少し気まずかったが、悠斗の前で脱ぐのももうすっかり慣れてしまった。そんなことより温泉が大事なのだ。
 そんな俺に続いて悠斗も服を脱ぎ始める。

(なんだよ、結局悠斗も入るんじゃん)

 そうして浴室への扉を開けようとすると、上から悠斗が手を重ねてきて肌が密着する。

「俺と2人きりの空間で裸になるのはこれが初めてなの、気付いてる?」

 背後から耳もとで囁かれ、全身がゾワッと熱くなる。
 しかし照れる様子を見せるのもなんだか癪で、悠斗の頬に手で触れて、そのままチュッとキスを落とす。
 そうして悠斗が固まった隙に浴室へと入り、掛け湯をしてから温泉に浸かる。硫黄の香りに包まれながら夜の景色を眺めていると、ようやく悠斗も浴室に入ってきた。

「ねぇ見てよ、星が綺麗。それに桜島もうっすら見える」

 そう語りかけ、横を向くと悠斗とばっちり目が合う。

(全然景色見てないな…)

 黙ってじっと俺を見つめ続ける悠斗とどんどん距離が縮まり、やがて舌が深く絡み合う。
 温泉のおかげですべすべとした肌が気持ちよくて、悠斗の背中に回した手をずっと滑らせてしまう。
 悠斗の手が俺の腰から下に降りて来たところで、唇を離して「はぁ」と呼吸を整える。
 そしてザバンと立ち上がり、そのまま湯船から出て行く。悠斗は俺の腕を掴んで引き止めようとしたが、お湯で滑ってしまいそのままするりと抜けてゆく。

「ふやけちゃう」

 そう言って悠斗を置いて浴室を後にし、冷たい水を飲んで火照りを冷ます。

(やっぱそういう流れなのかな…)

 今日訪れた神社も飲食店も、祖父母の家から行って帰ってこれる距離だ。それなのにわざわざ宿を取ったということは、恋人としての段階を進めたいということなんだろうか。

(いや、単純にこのホテルに泊まりたかっただけかも。めちゃくちゃ良いホテルだし)

 ベッドの上でひと息つきながらそんなことを考える。
 まぁ、今まで散々やりたがってた悠斗が一切期待していないという方がありえない話か。
 18歳で成人を迎え、受験も終わり高校も卒業した今、俺にはもう断る理由は無い。それに俺も興味が無いわけではないし。
 ただものすごく緊張するというだけだ。

 俺が1人考え込んでいるうちに悠斗もお風呂から上がり部屋へ入ってきた。
 悠斗は何事も無かったかのように平然と隣のベッドに腰掛け「テレビでも見る?」と提案してくる。

「見たいならどうぞ」

 そう返してもモジモジと動かない悠斗に頬が緩む。
 俺は悠斗のベッドに移動し、そのまま後ろから抱きつく。すると悠斗はピクリと固まった。

「テレビ見ないの?」

 悠斗の耳もとでそう囁けば、みるみるうちにその耳が赤く染った。
 そして悠斗は困ったような顔で俺を振り返り、お腹に回した腕に手を添えて言う。

「薫、俺結構限界なんだけど…」

 真っ赤なその顔は俺に期待しつつも、それが叶わないならやめてくれと懇願しているようだ。
 俺はそんな悠斗の肩に頭を乗せ、緊張を悟らせないようにできるだけ平然と言う。

「別に、我慢すること無いんじゃない?」
「薫…」

 声だけは淡々と出せたが、バクバクとうるさい心臓の音でバレてしまうかもしれない。顔だって真っ赤で、それを隠すために悠斗の肩におでこを擦り付ける。
 しかし、悠斗が俺と向かい合わせに座り直したため赤くなった顔も隠せなくなってしまう。
 そのまま頬に手を添えられて唇が合わさった。キスなら今まで何度もしてきたのに、その先にある行為のことを想像するとそれだけで息が上がってしまう。

「薫、無理して俺に合わせなくていいよ」
「無理なんてしてない」

 悠斗は俺の緊張を無理してるからだと感じているのか。まぁさっきも浴室に置いてきてしまったし…
 言葉だけでは伝わらないだろうから、それを証明するために俺は潔く上半身の服を脱いで悠斗の頬に触れる。

「ほんとに?」

 そう尋ねる悠斗の目には熱が籠っており、もう後戻りができないんだという実感に背筋がぞくぞくした。



◆◇◆◇



(やっちゃったなぁ…)

 世のカップルたちはみんなあんなことをしているわけか。それでよく平気な顔して街を歩けるよな。俺はさっきまでの悠斗がチラついて、それだけで胸がぎゅっと苦しくなって顔が赤らんでしまうのに。

「そのうち中だけでイけるようになるんだって」

 ベッドで悠斗の腕に包まれながら布団を被っていると、悠斗がそんなことを言う。

「なにそれ意味わかんない」
「多分薫素質あるし、すぐできるようになる」
「意味わかんない話やめて」

 変な話をする悠斗に背を向けて目を瞑ると、頭にちゅっちゅとキスを落とされる。
 お尻もまだ何か入っているような変な感覚がするし、さっきまでの行為が頭から離れないし、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 しかし程よい疲労感と満足感に加えて背中から伝わる体温に、だんだん瞼が重くなる。
 なんだか、これで名実ともに悠斗と恋人になれた気がする。

(これからもたまにするのかな。だとしたらそれは結構、幸せかも)

 そんな幸福感に包まれながら、俺たちは眠りについた。

 しかし翌朝、そんな幸福感はさっそく崩れることになる。

「んー…」

 寝ぼけまなこでスマホに手を伸ばし電源をつけると、その画面に表示された数字を見て一気に目が覚める。

「え、は、10時!?」
「どうした…?」

 俺の驚く声で目を覚ました悠斗が不思議そうに俺を見る。

「朝食の時間終わっちゃってんじゃん!あー最悪楽しみだったのにー」
「また来ればいいじゃん」

 嘆く俺に対して悠斗はあくびをしながら呑気なことを言う。

(夜あんなことしてたから朝起きられなかったんだ)

 そう考えて悠斗を睨みつけるも、あれは俺の意思でもあったため何も言えない。
 そんな俺を悠斗は愛おしげに見つめ、指先で俺の唇を撫でる。

「また来ても同じことになるかもしれないけど」
「くそっ!」

 そんなことを言ってにやつく悠斗に俺は枕を投げつけ、洗面所に顔を洗いに行く。
 あんな態度を取ってしまったが、正直俺も悠斗の言う通りになる気がするし、期待している。
 そんなことを考えて赤くなった顔に思い切り冷水を浴びせて、悠斗に悟られないように身支度を済ませた。
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