アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第65話

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「ただいまー。まじで疲れた仕事もつまんないし同僚も上司もクソ。しつこいんだよマジで」

 玄関を開けた瞬間文句が口から溢れ出す。
 就活に力を入れたおかげで俺は世間から羨ましがられる大手企業に入社することができた。福利厚生もワークライフバランスも整っており、誰が見てもホワイト企業と言える会社ではあるが、そんな場所でも俺の人間嫌いは発動してしまう。

(つーか会話内容とか弁当とか、あらゆるところで恋人の匂わせしてるんだから引けよ!)

 この顔と年齢のせいで女性たちの視線が痛いほどに集まる。今日もしつこい飲みの誘いをなんとか切り抜けて帰ってきたのだ。
 ストレスの溜まる日々ではあるが、キッチンで夕飯を用意する悠斗を見ればすぐに癒される。今日は金曜日だから寝るのが遅くなっても問題ないし…
 手を洗ってスーツのジャケットをハンガーに掛けて、意気揚々とリビングの扉を開ける。

(あれ、暗…)

 いつも通り夕飯が用意されていると思っていたが、電気をつけてもキッチンにもテーブルにも何も無く、悠斗の気配も無い。
 急いでスマホを確認すると、『ごめん、帰り遅くなる。ご飯1人で食べて』とメッセージが届いていた。

(あー、気付かなかった。コンビニでも行くか)

 残念ではあるが、まぁ悠斗も社会人なんだからこういう日もあるだろう。仕方ない。

 コンビニで適当に買ったサラダとカップ麺を食べながら動画を見る。お笑い芸人のこのチャンネルは面白いはずなのに、悠斗がいないとなんだか笑えない。

(早く帰ってこないかな)

 部屋を見回すと、なんだかがらんとしている気がする。引っ越す際に2人で…主に俺がこだわって決めたインテリアは決して物が少ないわけではないのに、今日はなんだか寂しい。
 そんな寂しさを紛らわすため、ぼーっとスマホを見ていると、ジュエリーの広告が流れてきた。

(指輪するのもいいかもな。婚約してるってなったらアプローチも減るだろうし)

 結婚式は家族だけで…とか言えば職場の人たちも誤魔化せるし、親しい人には素直に虫除けと言えばいい。
 どうせならサプライズで渡すか。男2人でジュエリーショップに行ったら色々と勘ぐられるだろうし。

 そうして俺はさっそくネットで見た指輪のサイズの測り方を試してみる。細長く切った紙を指に巻き付け、重なった部分に印をつけてその長さを定規で測る。

(あとはこれを、悠斗が寝てる間にこっそりできるかだな…)

 酒でも飲ませようかな。あいつ飲んだらすぐ寝るし。いや、甘党の悠斗に酒をすすめる時点で怪しいかな。
 なかなか難しいミッションができてしまい頭を悩ませる。しかしこうして悩む時間もなんだか幸せだ。早く帰ってきてほしい。

 日付を跨いだ頃にようやく玄関がガチャリと開く音がして、慌ててソファーから飛び起きる。
 リビングの扉を開ければ、そこには疲れた顔の悠斗がいた。

「まだ起きてたのか」
「うん、お疲れ様。お風呂たまってるよ」
「あぁ、ありがと」
「ご飯は?食べてきた?」
「食べた」

 そう言うと悠斗はすぐにお風呂に入ってしまった。
 疲れのせいだろうか?なんだか普段より素っ気ない気がする。
 僅かに疑問を抱きながらも悠斗が適当に置いていったスーツを拾ってハンガーに掛けてやると、その疑問は悪い方向へと転がってゆく。

(え、なんか香水の匂いしない?これ絶対女の匂いでしょ)

 特にスーツの右腕から甘い香りがする。
 女が、腕に抱きついていたのか?
 そう考えた瞬間頭が真っ白になり、すぐに悪い想像で脳内が埋め尽くされる。

(浮気?え、俺以外の人間全員虫ケラだと思ってる悠斗が?いや、でもさすがに愛想が尽きたのかも)

 就活の時だってストレスのせいで情緒不安定になって悠斗を振り回していたし、今は仕事に慣れてきてマシになったけど、たまに爆発するし…思えば俺は全然良い恋人じゃない。こんなメンヘラ野郎嫌になって当然だ。

(どうしよう。俺、出てった方がいいのかな。でも一体どこに行けば…)

 そんなことを考えているうちに悠斗がお風呂から上がってきてしまった。
 悠斗はクローゼットの前でうずくまっている俺を不思議そうな目で見る。

「どうした?そんなとこで」
「ねぇ、悠斗今日何してたの?」

 恐る恐る尋ねてみると、悠斗はふっと目を横にそらしながら髪をかき上げる。

「急に父親に飯に連れてかれてさ…」
「ふーん」

 やっぱり怪しい。父親との食事で腕に女性の香水の匂いがつくわけないし、その仕草も絶対何か隠し事をしている。

「俺この土日実家にいようかな」
「え、なんで!?」

 俺の発言に悠斗は驚いて近寄ってくる。そして俺の脇に手を入れてベッドまで運ぶと、そのまま押し倒して上に乗ってくる。

「薫もそういうつもりで起きて待っててくれたんじゃないの?」
「どうだったかな」
「なんだよそれ」

 悠斗は不満そうにそう言いながら、俺の胸に手を伸ばしてキスをしてくるため、思わず声が漏れる。

(こういうことするってことはまだ俺の事好きなのかな?でも身体だけかも…)

 だが嫌われるのが怖くて悠斗を拒否できない。

「悠斗は俺のこと好き?」
「当たり前だろ、世界一愛してる」

 悠斗はそう言いながら優しく俺を撫でる。だが俺の口からはつい疑いの気持ちがこぼれてしまった。

「口ではなんとでも言えるよね」
「は?煽ってんの?」



◆◇◆◇



「いたたた…」

 結局あの後いつもより少し乱暴に抱かれ、土日も家から出られなかった。
 そのせいで腰が軋んで、自販機からコーヒーを取り出すのにも一苦労だ。

「佐野さんどうしたんですか?そんな歳でしたっけ」
「伊藤…週末ちょっと色々あってね」
「ほんと大丈夫ですか?表情も暗いし」
「大丈夫だよ、ありがとね」

 そう言ったのに、その後も伊藤は俺のことを心配し続けていたのか仕事終わりに飲みに誘われた。

「いいじゃないですか。女の子呼ばないから、俺と2人で、ね?」
「うーん」

 女性がいないなら、ちょっと夕飯を済ませてくるくらいいいかな。俺だってこの前家で寂しく夕飯食べたんだし…

「わかった」
「やった!」

 そうして悠斗にメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。

『了解』
(それだけかよ)

 悠斗があまり文章に工夫を凝らすタイプではないことは知っているが、疑念を持った今はこういう返信も疑いの種に変わってしまう。

「佐野さんってあんまりお酒飲まないんだ。だったら居酒屋じゃなくて普通のレストランにすればよかった」
「別に、飲めないわけじゃないから大丈夫だよ」

 ガヤガヤとうるさい店内でそんなやり取りを交わす。
 さっそく後輩に気を使わせてしまった…悠斗がお酒をあまり飲まないから、自然と俺も飲まなくなっていたのだ。

(でも今日はいいか)

 そうして机の上には次々とジョッキが増えてゆく。だいぶ酒が回ったのか、いつもお喋りな伊藤がもっとお喋りだ。

「もしかして彼女となんかあったんですか?」
「そうかもね」
「じゃあ俺佐野さんの次の彼女に立候補します!彼女?っていうか彼氏?」
「だいぶ酔ってるね」

 めんどくさいな。明日も仕事だし、伊藤が酔いつぶれる前に切り上げるか。
 唐揚げを食べながらそんなことを考え、次はだし巻き玉子を食べようと手を伸ばすと、いきなりガシッとその手を伊藤に握られた。

「俺は真剣ですよ!ガチで佐野さんならいける。というかいきたい」
「俺はいけなない」

 思いのほか強く握られたその手を剥がすのに苦労していると、「佐野先輩?」と懐かしい声が聞こえてきた。

「大輝…」
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