アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

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第66話(悠斗視点)

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 スマホのカメラロールを眺めて、写真一つ一つの思い出に浸る。カメラロールの全てが薫で埋め尽くされているため、開いた瞬間幸せな気持ちになる。

「スマホをしまいなさい」
「チッ…うっせーな」
「マナーも教えたはずだろ。なんだその態度は」

 薫の写真無しでお前との時間に耐え切れるはずないだろ。今まで放っておいたくせに今更父親面かよ。
 仕事が終わって、さっさと家に帰って薫のためにご飯を作ろうと思っていたら半ば誘拐のようにこの場所に連れてこられた。
 目の前の人間も、気取ったこの空間も気に入らない。まぁ薫だったらこの上品な空間も似合うだろうけど。一品一品の値段に驚いて、それでも最終的には「美味しい」と笑顔になってくれるかな。

「…というわけだから、失礼の無いようにな」
「は?」

 薫のことを考えていたら父親の話を聞き逃していたようだ。何かあるのか?

「はぁ…これから篠崎家のお嬢さんが来られるから失礼の無いように。同じことを二度も言わせるな」
「んだよそれ。勝手に呼ぶなよ」

 いつもと違って隣に俺を座らせるから妙だと思ったら人が来るのか。

(俺には薫がいるのに女を連れてくるなんて。何考えてるんだこいつは)

 しかし俺の返答が気に入らないのか、父は眉を寄せて高圧的な口調で続ける。

「勝手とはなんだ。お前の意見など聞いていない」
「じゃあ俺もお前の言うことなんか聞かない」
「駄々をこねるな!今まで自由にさせてやったんだからそろそろ家のために動け」

 父は苛立ちにまかせて机を拳で叩く。マナーがどうとか言っていたが自分はいいのか。まぁここは個室だから咎める人は誰もいないが。

「自由って…俺の行動がたまたま都合が良かったから口出ししなかっただけだろ。恩着せがましく言うなよ」

 俺の言葉に父はため息をつく。この偉そうな態度が心底気に食わない。

「何がそんなに嫌なんだ。女と食事するだけだろ。相手はお前の顔を気に入ってるんだ。黙ってても勝手に満足してくれるさ」
「だとしても嫌だね。今後も女はいらないから、二度とこういうことすんな」
「なんだ、もしかして恋人でもいるのか?」

 父の一言に思わず動きが止まる。
 薫との関係は内緒にするって決めた。薫のお母さんは祝福してくれたが、この男が受け入れてくれるとは思えない。しかし居ないと言えば今後も女と結婚させようとしてくるに違いない。
 どうしたものかと言葉に詰まっていると、扉が開いて例の女が入ってきた。

 父の言う通り女は俺が黙っていても勝手に上機嫌に喋り続けている。「寡黙なところが素敵」だとか言って、最後には腕を絡ませてきた。

(気持ち悪い…)

 最悪だ。早く帰って薫に癒されたい。
 しかし帰りの車の中でも不快な時間が続くのだった。

「恋人がいるなら、愛人として囲っていればいい。あの女とは結婚という形をとるだけでいいんだから」
「ふざけんなよ」

 父の不愉快な話に、もはや血管が切れそうだ。薫にそんな不誠実なことができるわけないだろう。
 しかし父の表情は至って真面目なものだ。そこがまた気に食わない。

「ふざけてなどいない。現に俺と椿の間にも利害関係しか存在していないだろう」

 自分が愛の無い結婚をしているから俺にもそうしろと言うのか。

「だとしても嫌だ。従兄弟だっているんだから俺じゃなくたっていいだろ」
「あの女が気に入ったのがお前なんだ」
「関係ねぇだろ」
「お前、今までずっと家のおかげで良い暮らしをしてきたくせにそんなわがまま許されないぞ」
「うっせぇな」

 運転手に「ここで降ろせ」と指示し、そのまま歩いて帰る。家まではまぁまぁ距離があるが、あの空間にこれ以上いられなかった。

 歩きながらも父の言葉が頭の中でぐるぐると渦巻く。
 確かにあいつは親としては失格だが、家の金のおかげで今まで不自由なく暮らしてこれたことは事実だ。就職だって何一つ苦労せず、平均よりずっと高い給料を貰っている。
 俺は薫の就活の苦悩をずっとそばで見ていたから、それがどれだけ恵まれていることなのか理解できる。

(だからって好きでもない女と結婚して、心から愛する人を不誠実な関係に落とさなければならないのか)

 そんなのは絶対に嫌だ。
 しかし立場上、会社を辞めることも簡単ではないだろう。

「はぁ…」

 面倒な状況にため息しか出ないが、家に帰ればすぐに薫が駆け寄ってきてくれる。遅くなってしまったからとっくに寝てると思っていたのに、待っていてくれたなんて感激だ。
 今すぐ思い切り抱きしめたいが、あの女の匂いがついていそうでそれを洗い流す方を優先した。
 そうして念入りに体を洗ったあと、薫を探して寝室に入ると異様な光景が広がっていた。
 薫はクローゼットの扉にもたれ掛かりながらぐったりとうずくまっている。

「どうした?そんなとこで」
「ねぇ、悠斗今日何してたの?」

 俺が声をかけたことでようやくこっちを向いた薫の目にはなんだか暗いオーラが宿っている。

(あー、まずい。病んでるな)

 俺が風呂に入ってる間に一体何があったんだ。
 早く薫を安心させてやりたいが、今日の出来事を正直に話すのも気が引ける。父に無理やり連れていかれたとはいえ、女と会っていたなんて言えない。
 なんとなく視線を逸らして誤魔化すも、やはり怪しかったのか薫の目つきはジトっとしたものになり実家に帰るなんて言い出した。

 今日の出来事に加えて薫のおかしな様子に不安が勝り、いつもより乱暴に抱いてしまった。
 俺の愛に対して「口ではなんとでも言える」なんて言うもんだから、それなら身体にわからせてやるしかないと…薫も嫌がらなかったし、まぁあの時は2人ともおかしくなっていたのだろう。

 形だけとはいえ、薫以外と家族になるなんて想像するだけで苦しくて、休日のほとんどを薫に縋りついて過ごしてしまった。

「はぁ…」

 結局、結婚させようとするなら仕事を辞めると言っても父は鼻で笑うだけだった。

「人とろくにコミュニケーションも取れないお前がうち以外で働けるわけないだろ。恋人に養ってもらうのか?」
「黙れよクソが」
「そういうのも、最近じゃパワハラで即クビ切られるんだぞ」

 だから大人しく言うことを聞けとでも言うように父は俺をあしらう。

 こうして自分の無力さを突き付けられることに嫌気がさす。ぶつける先の無い怒りは俺の心を蝕むだけだ。
 俺だって自分に問題があることはわかってる。だが他人の気持ちなどいくら考えてもわからないし、わかったところで自分がどう行動すればいいのかわからない。
 皆が当たり前にやっている"相手の気持ちを考える"ということが出来ない馬鹿な自分への嫌悪感から不安になると、すぐに人を見下す発言をしてそれを誤魔化してしまうのだ。
 今まではそれで嫌われても何も問題は無かったが、転職となるとそれが大きな壁となる。

(なかなか薫みたいにはできないよな…)

 だがやるしかない。ここにいたって薫との未来を奪われるだけだ。
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