アキレギアの幸福

鮭取 陽熊

文字の大きさ
67 / 72

第67話

しおりを挟む
 久々の再会にしばらくお互い目を丸くしていた俺たちだったが、大輝は伊藤に掴まれた手を見るとすぐに顔を顰めて力づくでその手を剥がす。

「あ?んだよお前」
「大丈夫ですか?佐野先輩」

 悪態をつく伊藤を気にもとめず、大輝は俺のことを心配してくる。

「一緒に帰りましょ」
「え、ちょっと」

 そうして俺は大輝に腕を引っ張られてそのまま店を出てしまった。

(明日伊藤に代金渡して謝んないとな…)

 抵抗しようと思えばできたはずだが、こうして無理やり酔っ払いの伊藤と引き剥がしてくれるのがありがたくてついてきてしまった。

「別の店で同僚と飲んでたんですけど、外から佐野先輩の姿が見えたんで飛んできちゃいました」

 そうやって嬉しそうに語る大輝は高校の時と全く変わらない。大輝との思い出は割と面倒なものばかりだが、懐かしさに思わず頬が緩む。

「ていうか、清水先輩はいないんですか?あの人が引っ付いてないの珍しい…もしかして別れたんですか!?」

 大輝は期待の籠った目でキラキラと尋ねてくるが、俺の返答ですぐにその輝きは引っ込む。

「別れてないよ」
「えー、まだですかぁ?」

 まだ…もし俺の疑いが真実だったとしたら、大輝にとっては嬉しい展開になるんだろうな。
 でもどうなんだろう。たとえ本当に浮気をしていたとしても、悠斗から捨てられるまで俺は気付いてないふりをし続けるだろう。大輝も伊藤も素の俺を知って好いてくれているわけじゃないし、悠斗の代わりになる人はいないから、ギリギリまで悠斗に縋っているしかない。

(できることなら一生別れたくないし。というか、悠斗と別れるくらいなら死んだ方がマシ)

 そんな暗い気持ちを隠し、大輝と他愛もない話をしながら駅に向かう。
 外資系の企業で働いてるとか、そういえば外国語に強い大学行ってたねとか、特に興味もない大輝の情報を交わして時間が流れてゆく。

「卒業式の日に佐野先輩に貰ったボタン、自分のと付け替えてずっと付けてたんですよ。取れないように、糸でめっちゃぐるぐる巻きに縫い付けました」
「ははっ、どう?ほつれなかった?」
「バッチリです!今も保管してますよ」

 高校の話なんて何年ぶりだろうか。
 適当に渡したあの小さなボタンがそんなことになっていたなんて笑ってしまう。

「今度ご飯行きましょうよ!大和兄も会いたがってるし」
「そうだね。今度連絡して」

 そうして駅に到着し、それぞれ別の路線だということにホッと胸を撫で下ろす。

「清水先輩が嫌になったらいつでも言ってくださいね!」

 相変わらずのセリフで大輝と別れ、電車に乗って家までとぼとぼと歩く。先程までは大輝のお喋りで気が紛れていたが、一人になって家が近付くたびに嫌な想像をしてしまう。
 玄関を開けたら女物の靴があったりして…ソファーの隙間にアクセサリーが落ちてたりして…洗面所にヘアゴムとか化粧品が置いてあったり…寝室から女の喘ぎ声が聞こえたらどうしよう。

(あぁ嫌だ。悠斗のあの熱い視線が俺以外に向けられているところなんて見たくない)

 どんどん悪い方向に転がっていく想像に、目の前の玄関を開ける力を奪われてゆく。
 ただドアノブを見つめ、俯いて立っている今の俺ははたから見たら完全に不審者だろう。だがこのドアを開けるのが怖い。想像が現実になってしまったらどうしよう。
 そんなことを考えていると、突然目の前のドアからガチャっと音が聞こえた。

「痛っ」
「あ、ごめん」

 なんか前にもこんなことあった気がする。もうドアの前で考え事するのやめよう。
 ジンジンと痛む頭頂部を擦りながら、俺は悠斗に手を引かれて部屋の中へ入った。
 玄関に女物の靴が無いことにひとまずホッとするが、それでも不安感は消え去らない。

「ベランダから薫が見えたけどなかなか入ってこないからさ、なんかあったのかと思って…」

 申し訳なさそうに説明する悠斗の言葉を遮るように、俺は悠斗の首に腕を回して唇を重ねた。すると悠斗はすぐに俺の腰に手を回して抱きしめ、口付けが深くなる。

「明日も仕事だから、1回だけな?」

 お互いの口を繋いでいる透明な糸を眺めながら悠斗の言葉に頷くと、そのまま寝室へ運ばれる。



◆◇◆◇



 シャワーを済ませて寝室に戻ってきても、悠斗はまだ寝ていなかったようだ。もうだいぶ遅い時間だというのに…こういう姿を見ると、やっぱり大切にされていると感じる。

「ごめんね、さっき首噛んじゃって」

 ベッドに入って悠斗の首のホクロの辺りを撫でながら、先程の行為中に思わず痕をつけてしまったことを謝る。
 ここはシャツを第1ボタンまで留めてもギリギリ見えてしまう位置だ。

「いいよ。そんな強くなかったから、そこまで痕にはならないだろ」

 特に気にする様子もなく発する悠斗の言葉に安心したが、少し残念な気もする。
 そして、あの歯型を香水の女が見たらいいのにと少し期待してしまっていたことに気がつき、自分の意地汚さが恥ずかしくなって布団を頭から被った。
 悠斗はそんな俺を見てもう寝たのだと判断したようで、横から俺を優しく抱きしめて規則正しい寝息をたて始めるが、俺は不安ばかりが浮かんできて眠れそうにない。
 いっそこんなこと考えられないくらいに、もっと激しく一晩中抱いてくれたらよかったのに…しかし悠斗に迷惑をかけるわけにもいかない。1回してくれただけでも十分俺のわがままに付き合ってくれたんだから。
 そうして俺は一人悶々としながら、布団と悠斗の暖かさに包まれて朝を待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】

毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。 俺は好きな人に嘘をついて別れた。 そして一年。 高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。 遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。 先輩は言った。 「友だちに戻ろう」 まだ好きなのに。 忘れられないのに。 元恋人から始まる、再スタートの恋。 (登場人物) 渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1 山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3 表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)

君の隣は

ゆい
BL
修学旅行での班分けで、隠キャな僕が席が隣というだけで、イケメンの班のメンバーに誘われた。人数合わせの為に。 その中でも圧倒的なオーラを放つ彼が、何故か僕を構ってくる。 なんの取り柄もない僕になんで? またしても突発的な思いつきによる投稿です。楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 久々(アルファポリスでは初)の現代BLです。言葉遣いが今の子達と違和感があるかと思いますが、限りなくスルーしていただけると有難いです。言葉遣いのおかしい箇所のご報告は有難いです。 今回もセリフが多めです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけると有難いです。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

僕がサポーターになった理由

弥生 桜香
BL
この世界には能力というものが存在する 生きている人全員に何らかの力がある 「光」「闇」「火」「水」「地」「木」「風」「雷」「氷」などの能力(ちから) でも、そんな能力にあふれる世界なのに僕ーー空野紫織(そらの しおり)は無属性だった だけど、僕には支えがあった そして、その支えによって、僕は彼を支えるサポーターを目指す 僕は弱い 弱いからこそ、ある力だけを駆使して僕は彼を支えたい だから、頑張ろうと思う…… って、えっ?何でこんな事になる訳???? ちょっと、どういう事っ! 嘘だろうっ! 幕開けは高校生入学か幼き頃か それとも前世か 僕自身も知らない、思いもよらない物語が始まった

処理中です...