ミッドナイトフレーバー

香夜みなと

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05.

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出掛けるのはかまわないけれど、と一旦家に帰らせてもらいシャワーを浴びて着替えて再び待ち合わせをすることにした。ただ、その待ち合わせ場所というのがあまり馴染みのない場所で大きな音で埋め尽くされた街に圧倒される。
「笹村」
「葉山さん、すみません。遅くなりました」
「いや、大丈夫だ」
 やっとのことで葉山さんを見つけるとどこかほっとした。馴染みのない街というだけあって知ってる人が近くにいるだけで安心する。
「あの、それでこれからどこに行くんですか?」
「あぁ、実は……」
 葉山さんに連れてこられたのは秋葉原の電気街にあるお店だ。よくテレビで見るような美少女のイラストだったり、メイド喫茶の勧誘をしているお姉さんだったり、まさに私にとって未知の世界が広がっていた。
「あ、った……。ここにはまだ限定版あったのか……良かった」
 葉山さんがほっとしたようにして手に取ったのはロボット系アニメのDVDのようだった。限定版と言っているあたり入手するのが難しいのかもしれない。
「良かったですね。貴重なものなんですか?」
「あ、あぁ。出張続きで予約も忘れてて……あとは当日買うしか無かったんだが昨日はどこ行ってもなくて」
 その言葉に昨日の葉山さんがいつもと違った様子だったことが繋がった。
「それで昨日あんなに沈んでたんですか?」
「ま、まぁそんなとこだ。出張費の精算手続きをしてたら遅くなって、あの辺りの店舗も寄ってみたんだがなくてな」
 ばつが悪そうに、買ってくる、とDVDを持って葉山さんはレジに向かっていってしまった。
 葉山さんにもこんな一面があるんだと思わず笑みが零れてしまう。普段全くアニメを見ない分ここに並んでいるDVDのパッケージがどんな内容なのかわからないし、店内で流れているCMもかっこいい男の子達が出てきたり、逆にきわどい格好をした女の子たちが出てきたり、普段見ない光景に思わず魅入ってしまう。
「一人にさせて悪い」
「あ、ちゃんと買えましたか? 良かったですね」
 CMから流れてくる歌も上手いなぁなんて思いながら映像を眺めているとDVDを購入した葉山さんが気まずそうに戻ってきた。目当ての物が買えたはずなのになぜそんな表情をしているのだろうと不思議に思っていると、葉山さんはまたちらりとこちらに視線を向けた。
「その、こういう趣味で引いたか?」
「どうしてですか?」
「いや、だって会社にいるときの俺のイメージとは違うし、普通に考えても引くだろ」
「えっと……私は趣味があるっていいなって思いましたよ」
 無趣味よりも夢中になれる何かがあるのは良いことだと思う。それがどんなものだったとしても私が何かいう権利はない。
「そっか……そうだよな」
 葉山さんはどこかほっとしたように息を吐いた。葉山さんがどういう意図で私を連れてきたのかよくわからないけれど、新しい世界を知れたようで嬉しい。
「笹村、行きたいところがあるなら連れて行ってやる」
「ほんとですか? じゃあせっかくなので……」
 そのあと、メイド喫茶が気になりながらも大型家電量販店に足を運び、二人でああでもないこうでもないと話をしながら過ごした一日はとても楽しかった。疲れたら中に入っているカフェで休憩して、あっという間に一日が過ぎていった。
「あの、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「そうか。っていうより俺が振り回しただけだったが」
家の最寄り駅まで送ってもらい、日の暮れた道を歩く。そのまま駅で解散でいいと言ったのだが葉山さんは家まで送ると譲らなかった。
「そんなことないです。プレゼントも頂いてしまって」
「いや、それはほんの気持ちだから」
 美容コーナーでドライヤーを見ていたらクリスマスも近いし買ってやろうかと最新式のドライヤーを頂いてしまったのだ。そんなつもりはないと断ったのだが、トイレに行っているあたりに会計を済ませてしまっているあたり、葉山さんのスマートさに驚かされてしまう。カフェ代も何もかも全て葉山さん持ちだ。
 俺のいうことをきけ、なんて言っておきながら私もこの関係を楽しんでしまっていることに気付く。
「あの、また休みの日に会えますか? って、すみません。私が言うことじゃないですよね」
 どう見ても弱みを握られているのは私の方だ。それなのに自分から会いたいだなんておかしな話。けれど葉山さんは私の頭を撫でて優しい声色で囁いた。
「それはどこまで含まれる?」
「ど、どこまでって……」
「俺はお前の副業をバラさない。お前は俺のいうことを聞く。これは二人だけの秘密の共有だ」
 はっきりと真剣な眼差しで二人の関係を告げられて、私が抱いていた淡い気持ちが一気冷え切っていくような気がした。これは契約、そう言われているようで改めて二人の関係を思い知らされる。それに私はこの言葉にあらがうことは出来ない。副業をバラされてしまえば仕事自体がなくなってしまう可能性だってある。葉山さんには黙っててもらわなければいけない。
「わかりました。葉山さんの言うことは何でも聞きます」
 それが契約だと言うように感情のこもってないロボットの様に宣言した。
「ん。良い子だ」
 柔らかな声が降ってきて額にキスをされた。さっきまで嬉しかったはずのその行為がどこか滑稽に思えて指先から冷え切っていくような気がした。
それからも社内や休みの日に葉山さんに呼び出されるようになった。何度か渋るような返事をすると「バラす」などとそれだけのメッセージが来て、ほとんど脅しだと思いながら出掛けることがあった。
「最近さぁ、彩乃って葉山さんと仲が良いよね」
「えっ……」
 お昼休み、同期の真奈美まなみがコンビニのサラダをつつきながら指摘してきた。私は作ってきたお弁当の卵焼きを掴み損ねてしまう。
「いや、別に意味はないよ? でも葉山さん、社内でも人気あるし、人事部の山田さんとも噂があったからどうなのかなって」
「どうって言っても、別に……。人事部の山田さんのことだって私はよく知らないし……」
 会社で働いていて人事部にお世話にならない人はいないけれど、しょっちゅう顔をあわせるかというとそんなことはない。ただ、ぼんやりと出来る人、という印象だけは残っていた。
「まぁ何かあったら教えてよね」
「うん……」
 既に何かあるのだけれど副業のことは真奈美にも話していない。もしばれたとして真奈美もしていて黙っていたとしたら巻き込んでしまうかもしれないという後ろめたさがあったからだ。真奈美は野菜ジュースを飲みながらスマホを見てSNSのチェックを始めた。
 どこか胸になにかがつかえたような気分になり、その日はお弁当を最後まで食べることができなかった。

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