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金曜日の夜、またマスターから呼び出しがかかった。その上、そんな日に限って葉山さんも『シエスタ』に顔を出しに来る。
「葉山さん、実家酒蔵なの? だったら日本酒の方がいいかしら」
「いえ、逆に実家に帰るとそればっかなんて、こっちでは洋酒の方がいいですよ」
カウンター内で注文の入った料理を作っているとマスターと葉山さんの会話が聞こえて来る。そう、葉山さんの実家は酒蔵らしい。どうりでアルコールには強いわけだ。マスターも葉山さんのお酒の強さは気に入っている。あまり来て欲しくないと思う反面、客と店としては相思相愛である分口を挟めない。
「彩乃ちゃん、葉山さんが帰るときに一緒に帰っていいわよ」
「え、いや。大丈夫ですよ。時間までいますって」
カウンターの奥でコースターやストローを補充しているとマスターが声をかけてきた。葉山さんは同じ会社の人であることは伝えているけれど、それ以上の関係があることは伝えていない。
「いやでもねぇ。前からそうなんだけど、彩乃ちゃんの上がりの時間いつも気にしてるみたいだし、同じ会社の人だし」
「えっ、いや、でも……」
「葉山さん、彩乃ちゃんに気があるんじゃない? だから、ほら、ね?」
「それはないかと……」
よく見ると葉山さんはマスターを呼んでお会計をしようとしていた。時計を見るともうすぐ二十三時半。いつもより少し早いぐらいだし、前みたいに店の前で待たれれても困るかとマスターのお言葉に甘えて帰り支度をした。
「はい、じゃあ今日の分ね」
「ありがとうございます!」
「いい加減そろそろヒロくんも縛り上げなくちゃね」
「はは……お手柔らかに」
ヒロくんは未だに来たり来なかったりしているらしい。その分バンド活動は順調らしく、今度ワンマンライブをやるのだと聞いた。夢中になれるものがあるってやっぱり素敵だなと思いながら鞄を持って店内に出る。
「帰るぞ」
「……はい」
葉山さんが私の手を引く。狭い店内ではそんな些細な行動に誰も気付くことはなくて、薄暗い店内を抜けて夜の繁華街へと出て行くのだった。
スナックやファッションヘルスの看板がギラギラと輝いている飲み屋街を、手を繋ぎながら歩く。思ってたよりも静かな通りに、吐いた息が白く溶けていった。
「葉山さん、ご実家酒蔵なんですね」
「一応な」
そういえば、と葉山さんのことを出来る営業マンでロボットアニメが好きということしか知らないことに気付いた。会社でもプライベートな話は一切しない。
「ご実家ってどこなんですか?」
「金沢。水と米がいいからな。美味いぞ。お前日本酒は?」
「嗜む程度には飲めますよ」
「そっか。まぁうちの酒蔵は兄貴が継ぐから俺は気楽なもんだけどな」
はは、と笑った表情は遠くにいる家族を思い出しているかのような優しい笑顔だった。
「お兄さんいるんですね」
「ああ。酒蔵にいるから肌つるつるなんだよ」
「えっ、それはうらやましいですね」
「だろ? あ、そうだ。うちの米ぬかで作った漬物あるから今度来たら食べさせてやるよ」
楽しそうに話し始めた葉山さんを見て、心の中が温かくなる。やっぱり芽生えていたこの気持ちはきっと言葉にすれば恋というものなのだろうと思う。ただ、それは私の一方的な感情でしかない。
「葉山さんが料理上手なのもなんか納得ですね」
「まぁ実家から色々送ってくるしな。一人暮らしも長いし」
ぎゅっと繋いだ手が強く握られる。それが気になり足を止めた。ブーツのヒール音が少しだけこだまする。
「今からうちに来いよ」
真剣な眼差しで見つめられて、私はその言葉にノーと返す権利も理由も持ち合わせていなかった。
副業をバラされたくないから葉山さんのいうことを聞くんじゃない。
私は葉山さんの事が、好き、なんだ。
「葉山さん、実家酒蔵なの? だったら日本酒の方がいいかしら」
「いえ、逆に実家に帰るとそればっかなんて、こっちでは洋酒の方がいいですよ」
カウンター内で注文の入った料理を作っているとマスターと葉山さんの会話が聞こえて来る。そう、葉山さんの実家は酒蔵らしい。どうりでアルコールには強いわけだ。マスターも葉山さんのお酒の強さは気に入っている。あまり来て欲しくないと思う反面、客と店としては相思相愛である分口を挟めない。
「彩乃ちゃん、葉山さんが帰るときに一緒に帰っていいわよ」
「え、いや。大丈夫ですよ。時間までいますって」
カウンターの奥でコースターやストローを補充しているとマスターが声をかけてきた。葉山さんは同じ会社の人であることは伝えているけれど、それ以上の関係があることは伝えていない。
「いやでもねぇ。前からそうなんだけど、彩乃ちゃんの上がりの時間いつも気にしてるみたいだし、同じ会社の人だし」
「えっ、いや、でも……」
「葉山さん、彩乃ちゃんに気があるんじゃない? だから、ほら、ね?」
「それはないかと……」
よく見ると葉山さんはマスターを呼んでお会計をしようとしていた。時計を見るともうすぐ二十三時半。いつもより少し早いぐらいだし、前みたいに店の前で待たれれても困るかとマスターのお言葉に甘えて帰り支度をした。
「はい、じゃあ今日の分ね」
「ありがとうございます!」
「いい加減そろそろヒロくんも縛り上げなくちゃね」
「はは……お手柔らかに」
ヒロくんは未だに来たり来なかったりしているらしい。その分バンド活動は順調らしく、今度ワンマンライブをやるのだと聞いた。夢中になれるものがあるってやっぱり素敵だなと思いながら鞄を持って店内に出る。
「帰るぞ」
「……はい」
葉山さんが私の手を引く。狭い店内ではそんな些細な行動に誰も気付くことはなくて、薄暗い店内を抜けて夜の繁華街へと出て行くのだった。
スナックやファッションヘルスの看板がギラギラと輝いている飲み屋街を、手を繋ぎながら歩く。思ってたよりも静かな通りに、吐いた息が白く溶けていった。
「葉山さん、ご実家酒蔵なんですね」
「一応な」
そういえば、と葉山さんのことを出来る営業マンでロボットアニメが好きということしか知らないことに気付いた。会社でもプライベートな話は一切しない。
「ご実家ってどこなんですか?」
「金沢。水と米がいいからな。美味いぞ。お前日本酒は?」
「嗜む程度には飲めますよ」
「そっか。まぁうちの酒蔵は兄貴が継ぐから俺は気楽なもんだけどな」
はは、と笑った表情は遠くにいる家族を思い出しているかのような優しい笑顔だった。
「お兄さんいるんですね」
「ああ。酒蔵にいるから肌つるつるなんだよ」
「えっ、それはうらやましいですね」
「だろ? あ、そうだ。うちの米ぬかで作った漬物あるから今度来たら食べさせてやるよ」
楽しそうに話し始めた葉山さんを見て、心の中が温かくなる。やっぱり芽生えていたこの気持ちはきっと言葉にすれば恋というものなのだろうと思う。ただ、それは私の一方的な感情でしかない。
「葉山さんが料理上手なのもなんか納得ですね」
「まぁ実家から色々送ってくるしな。一人暮らしも長いし」
ぎゅっと繋いだ手が強く握られる。それが気になり足を止めた。ブーツのヒール音が少しだけこだまする。
「今からうちに来いよ」
真剣な眼差しで見つめられて、私はその言葉にノーと返す権利も理由も持ち合わせていなかった。
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私は葉山さんの事が、好き、なんだ。
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