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それから一週間後。社内研修も、オブジェの作成も無事に終わり、閉店後のデパートの食堂でささやかながら関係者だけの中内上げが開かれていた。といっても食堂の営業時間はとうに過ぎていて、あらかじめお惣菜コーナーで購入してきたものや、宅配ピザなど取って食堂に一画に並べていた。営業時間外でも申請をすればこういった形で食堂を利用することは可能だ。
「優花さん、早く早く!」
いつしか颯太も優花に対しては敬語を使わなくなっていた。なんだか弟がいるような気分で優花はそれと不愉快に思うこともなかった。
「ちょ、颯太くん。私関係者じゃないから参加出来ないよ」
たまたま遅番でシフトが入っていた優花は閉店後の閉めの作業をしていた。オブジェが完成するのと同時に春物の商品の入れ替え作業があり、優花は一人で作業していたため帰りが遅くなってしまったのだった。
「残業してたのが運の尽きね。一人増えたところで変わらないから参加していったら?」
「美加さんまで……」
メンバーの顔ぶれを見ていると広報部の人や工事関係者、そして各フロアのマネージャーやサブマネの姿が見える。そうそうたる顔ぶれに優花が遠慮するのも無理はない。
「たくさんあるので良かったら食べて行ってください」
「そうよ。お腹減ってるでしょ?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
紳士服フロアのサブマネにまでそう言われ、優花はその輪の中に混ざることにした。確かにお腹は減っているし、少しだけ頂ければ帰ったあとご飯を食べる必要も無いかとピザに手を伸ばした。
「優花さん。はい飲み物」
「あ、ありがとう」
「二人だけで、乾杯」
お酒ではなく、ウーロン茶を渡され紙コップで乾杯をした。疲れた身体に染みこむウーロン茶とピザの暖かさが身に染みる。
「優花さんはフロアのオブジェ見てくれた?」
「うん! 綺麗な桜だったよね。うちのフロアはお茶屋さんのイメージかな」
「その通り! 生活雑貨だからああいうデザインにした方が売り上げも伸びるかな、なんて勝手なイメージだけど」
隣で目を細めながら颯太が笑った。こういう風に笑う時は心から嬉しさや楽しさが滲み出ているときだと分かったのは何時の頃からだっただろうか。
優花は何度か閉店後にオブジェの作成作業をしている颯太の姿を見たことがあった。いつもお昼ご飯に目を輝かせるような颯太ではなく。デザインに向き合っている時の颯太の目は真剣そのものだった。あの瞳の奥に情熱や何か燻った思いを隠しているようなただひたむきに目の前の物と向き合う視線だった。
その時は声をかけることも出来ずに帰ったことだけはよく覚えている。
「そんなことないよ。明日から売り上げ伸びたら、きっと颯太くんのおかげだと思う。っていうか伸びると思う!」
他のフロアも作業中の物を見たことがあったが、そのフロアにあったデザインがきちんと描かれていた。自分の個性を主張するのではなく、その場所に寄り添った優しいデザインに目を奪われてしまった。
「……優花さんにそう言って貰えるだけでもう十分かも」
ふいに、隣にいた颯太が優花の肩にもたれかかった。頬に触れる、自分以外のくせ毛がくすぐったくもあり、どこか愛おしさを感じた。
「颯太くん。最後の方、ほとんど徹夜だったんじゃない?」
開店中に出来る作業は限られているため、ほとんどは閉店後の作業になる。ここ三日日ぐらい、閉店後から終電前の数時間での作業では間に合わず、遅番で帰った優花が翌日早番で出てきた時にまだ作業をしていた時はビックリしてしまった。さすがにランチの事は気にしなくて良いから休んでくれと言ったほどだ。
「うん……だからすごく眠い……」
「ふふ、お疲れさま」
まるで甘えるように肩口に顔をうずめられ、腰に手を回される。振りほどくことだって出来るはずなのにそれが出来なくて、ただ颯太にされるがままだった。
「それじゃあ明日に備えてここで切り上げましょう。打ち上げパーティの案内はまた別途ご連絡します」
広報の社員がそう声を上げるとみな机の上の片づけを始めた。結局ピザ一切れとウーロン茶しかご相伴にあずかれなかったが、それよりも今はこの重みをどうしようかと考える。
「颯太くん。もうお開きだって。帰ろう?」
「ん……」
どうにも眠そうな颯太の身体はシャキっとしない。こんな状態で家にちゃんと帰れるだろうか、せめて家に帰るまで何か目の覚めるような話題はないかと考える。ふと、優花の中に一つしっくり来ていないことが見つかった。
「颯太くん、そういえば私、まだお昼一緒に食べてくれたお礼してなかったよね?」
「ん~、お礼……?」
少しだけ意識が戻ってきた颯太は優花から離れて自立する。
「何日もランチタイム付き合ってくれたから、お礼したいなって思うんだけど、何がいい?」
颯太の強引なお誘いと美加の後押しで始まったこの不思議な関係も颯太の仕事が終われば必然的に終わってしまう。颯太がいなくても、相田と食堂でばったり会っても大丈夫だと思えたのは、あのときの颯太の一言があったからだと感謝の気持ちでいっぱいだった。だから今度は自分が何かを返せたらとそう思ったのだが。
「じゃあ……うちまで送って?」
「優花さん、早く早く!」
いつしか颯太も優花に対しては敬語を使わなくなっていた。なんだか弟がいるような気分で優花はそれと不愉快に思うこともなかった。
「ちょ、颯太くん。私関係者じゃないから参加出来ないよ」
たまたま遅番でシフトが入っていた優花は閉店後の閉めの作業をしていた。オブジェが完成するのと同時に春物の商品の入れ替え作業があり、優花は一人で作業していたため帰りが遅くなってしまったのだった。
「残業してたのが運の尽きね。一人増えたところで変わらないから参加していったら?」
「美加さんまで……」
メンバーの顔ぶれを見ていると広報部の人や工事関係者、そして各フロアのマネージャーやサブマネの姿が見える。そうそうたる顔ぶれに優花が遠慮するのも無理はない。
「たくさんあるので良かったら食べて行ってください」
「そうよ。お腹減ってるでしょ?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
紳士服フロアのサブマネにまでそう言われ、優花はその輪の中に混ざることにした。確かにお腹は減っているし、少しだけ頂ければ帰ったあとご飯を食べる必要も無いかとピザに手を伸ばした。
「優花さん。はい飲み物」
「あ、ありがとう」
「二人だけで、乾杯」
お酒ではなく、ウーロン茶を渡され紙コップで乾杯をした。疲れた身体に染みこむウーロン茶とピザの暖かさが身に染みる。
「優花さんはフロアのオブジェ見てくれた?」
「うん! 綺麗な桜だったよね。うちのフロアはお茶屋さんのイメージかな」
「その通り! 生活雑貨だからああいうデザインにした方が売り上げも伸びるかな、なんて勝手なイメージだけど」
隣で目を細めながら颯太が笑った。こういう風に笑う時は心から嬉しさや楽しさが滲み出ているときだと分かったのは何時の頃からだっただろうか。
優花は何度か閉店後にオブジェの作成作業をしている颯太の姿を見たことがあった。いつもお昼ご飯に目を輝かせるような颯太ではなく。デザインに向き合っている時の颯太の目は真剣そのものだった。あの瞳の奥に情熱や何か燻った思いを隠しているようなただひたむきに目の前の物と向き合う視線だった。
その時は声をかけることも出来ずに帰ったことだけはよく覚えている。
「そんなことないよ。明日から売り上げ伸びたら、きっと颯太くんのおかげだと思う。っていうか伸びると思う!」
他のフロアも作業中の物を見たことがあったが、そのフロアにあったデザインがきちんと描かれていた。自分の個性を主張するのではなく、その場所に寄り添った優しいデザインに目を奪われてしまった。
「……優花さんにそう言って貰えるだけでもう十分かも」
ふいに、隣にいた颯太が優花の肩にもたれかかった。頬に触れる、自分以外のくせ毛がくすぐったくもあり、どこか愛おしさを感じた。
「颯太くん。最後の方、ほとんど徹夜だったんじゃない?」
開店中に出来る作業は限られているため、ほとんどは閉店後の作業になる。ここ三日日ぐらい、閉店後から終電前の数時間での作業では間に合わず、遅番で帰った優花が翌日早番で出てきた時にまだ作業をしていた時はビックリしてしまった。さすがにランチの事は気にしなくて良いから休んでくれと言ったほどだ。
「うん……だからすごく眠い……」
「ふふ、お疲れさま」
まるで甘えるように肩口に顔をうずめられ、腰に手を回される。振りほどくことだって出来るはずなのにそれが出来なくて、ただ颯太にされるがままだった。
「それじゃあ明日に備えてここで切り上げましょう。打ち上げパーティの案内はまた別途ご連絡します」
広報の社員がそう声を上げるとみな机の上の片づけを始めた。結局ピザ一切れとウーロン茶しかご相伴にあずかれなかったが、それよりも今はこの重みをどうしようかと考える。
「颯太くん。もうお開きだって。帰ろう?」
「ん……」
どうにも眠そうな颯太の身体はシャキっとしない。こんな状態で家にちゃんと帰れるだろうか、せめて家に帰るまで何か目の覚めるような話題はないかと考える。ふと、優花の中に一つしっくり来ていないことが見つかった。
「颯太くん、そういえば私、まだお昼一緒に食べてくれたお礼してなかったよね?」
「ん~、お礼……?」
少しだけ意識が戻ってきた颯太は優花から離れて自立する。
「何日もランチタイム付き合ってくれたから、お礼したいなって思うんだけど、何がいい?」
颯太の強引なお誘いと美加の後押しで始まったこの不思議な関係も颯太の仕事が終われば必然的に終わってしまう。颯太がいなくても、相田と食堂でばったり会っても大丈夫だと思えたのは、あのときの颯太の一言があったからだと感謝の気持ちでいっぱいだった。だから今度は自分が何かを返せたらとそう思ったのだが。
「じゃあ……うちまで送って?」
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