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『ごめん……』
そのたった一言が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
熱くほてった体、どくどくと脈を打つ心臓。初めてのことだらけだったけれど、それでも二人一緒なら大丈夫だと思っていた。
『本当に、ごめん』
そう言った彼が何を考えているのかわからなくて、それ以上何も言えなかった。
「いたっ……」
頭に鈍痛を感じて瞼を開けると、頭上のベッドボードに乗せていたスマホが盛大に明里の頭に当たった。手にとって「今日の予定:バイト」と表示されているのを確認すると、のろのろとベッドから起き上がった。
あのときのことを夢にまで見てしまうなんてなんて寝起きの悪い日なのだろう。
そう思いながら一階に降りると、母親が洗濯物のかごを抱えてベランダに出ようとしていた。
「おはよ、明里。まだ起きてませんって顔してる」
「起きてるよ……夢見は悪かったけど」
ぼんやりとした意識のまま母親に話しかけると洗面所で顔を洗った。うがいをしてコンタクトレンズを入れる。視界がはっきりしてくると、頭の中もはっきりとしてくる。
自分の顔にクマが浮かんでいるのが見えて、そんなに寝不足だったかと明里は首をかしげた。もしかしたらあんな夢を見たせいで疲れた顔に見えるのかも、と一人納得するとリビングに戻った。
「朝ご飯どうする?」
「ん、自分で作るから大丈夫」
ベランダから入ってくる風がレースのカーテンを揺らした。暖かい日差しでも風が冷たくなってくると冬が近づいているのだと感じた。雲一つない高く青い空を見上げながら、今日は良い一日になりますようにとそう思いながら朝食作りにとりかかるのだった。
大学生になってから少しは自立した生活をしようと、バイトの日や、講義が二限からの時は自分で朝ご飯を作るようにしている。とはいえ、朝は支度をしなければいけないしそんなに時間はかけられない。食パンの中身を切り抜いてフライパンに乗せる。穴にバターを落として卵をいれる。そして、ハムと切り抜いた食パンで蓋をする。弱火で五分ほど焼いたらひっくり返して完成。まさに超時短の朝ご飯だ。簡単なのに早くておいしい。こうして大学三年になる今まで生活してきた。
「明里、そろそろ支度しなさいよ」
「はーい!」
食後のヨーグルトを食べていると母親の声が聞こえた。いつもバタバタしながら出て行く明里のことを思ってか母親はたまにこうして気にかけてくれるのだ。歯を磨き、髪の毛を整え、服を着替えてメイクをする。だんだんいつもの自分に仕上がっていくのを見ると少しだけ気分が上がっていく気がした。
「よし、今日も大丈夫」
明里は姿見の前でくるりと回って変なところがないか確認した。可愛いと思ったことはないけれど、鏡の中の自分ににっと笑いかけた。
「それじゃ行ってきま~す」
「晩ご飯は?」
「食べる予定!」
リビングから母親に声をかけて玄関に向かうとキャメル色のショートブーツを履いた。今年買ったばかりの新しい靴だ。寒くなってきたこの季節によく合う色だった。
玄関のドアを開けて門を出ると、ちょうど隣の家の玄関のドアが開く音がした。
「あ……」
明里は気にしないようにとなるべく意識を向けないようにしたのに、向こうの方が歩く歩幅が大きくて、門を出たところで鉢合わせてしまった。
「お、おはよ。灯」
「……おはよ」
「今日は学校?」
「うん、まぁ」
「そっか。私はこれからバイトなんだ。良かったら今度遊びに来てね」
「時間ができたらね」
眠そうにあくびをした灯は明里を一瞥すると自転車にまたがった。太陽の光に透けて見えるその柔らかそうなくせっ毛はどこか犬みたいだなぁと思っていると、あっというまに明里の見えないところまで走り去ってしまった。
よりによってあんな夢を見た朝に限って灯に会ってしまうなんてツイてないなぁと思いながら駅に向かって歩き出すのだった。
そのたった一言が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
熱くほてった体、どくどくと脈を打つ心臓。初めてのことだらけだったけれど、それでも二人一緒なら大丈夫だと思っていた。
『本当に、ごめん』
そう言った彼が何を考えているのかわからなくて、それ以上何も言えなかった。
「いたっ……」
頭に鈍痛を感じて瞼を開けると、頭上のベッドボードに乗せていたスマホが盛大に明里の頭に当たった。手にとって「今日の予定:バイト」と表示されているのを確認すると、のろのろとベッドから起き上がった。
あのときのことを夢にまで見てしまうなんてなんて寝起きの悪い日なのだろう。
そう思いながら一階に降りると、母親が洗濯物のかごを抱えてベランダに出ようとしていた。
「おはよ、明里。まだ起きてませんって顔してる」
「起きてるよ……夢見は悪かったけど」
ぼんやりとした意識のまま母親に話しかけると洗面所で顔を洗った。うがいをしてコンタクトレンズを入れる。視界がはっきりしてくると、頭の中もはっきりとしてくる。
自分の顔にクマが浮かんでいるのが見えて、そんなに寝不足だったかと明里は首をかしげた。もしかしたらあんな夢を見たせいで疲れた顔に見えるのかも、と一人納得するとリビングに戻った。
「朝ご飯どうする?」
「ん、自分で作るから大丈夫」
ベランダから入ってくる風がレースのカーテンを揺らした。暖かい日差しでも風が冷たくなってくると冬が近づいているのだと感じた。雲一つない高く青い空を見上げながら、今日は良い一日になりますようにとそう思いながら朝食作りにとりかかるのだった。
大学生になってから少しは自立した生活をしようと、バイトの日や、講義が二限からの時は自分で朝ご飯を作るようにしている。とはいえ、朝は支度をしなければいけないしそんなに時間はかけられない。食パンの中身を切り抜いてフライパンに乗せる。穴にバターを落として卵をいれる。そして、ハムと切り抜いた食パンで蓋をする。弱火で五分ほど焼いたらひっくり返して完成。まさに超時短の朝ご飯だ。簡単なのに早くておいしい。こうして大学三年になる今まで生活してきた。
「明里、そろそろ支度しなさいよ」
「はーい!」
食後のヨーグルトを食べていると母親の声が聞こえた。いつもバタバタしながら出て行く明里のことを思ってか母親はたまにこうして気にかけてくれるのだ。歯を磨き、髪の毛を整え、服を着替えてメイクをする。だんだんいつもの自分に仕上がっていくのを見ると少しだけ気分が上がっていく気がした。
「よし、今日も大丈夫」
明里は姿見の前でくるりと回って変なところがないか確認した。可愛いと思ったことはないけれど、鏡の中の自分ににっと笑いかけた。
「それじゃ行ってきま~す」
「晩ご飯は?」
「食べる予定!」
リビングから母親に声をかけて玄関に向かうとキャメル色のショートブーツを履いた。今年買ったばかりの新しい靴だ。寒くなってきたこの季節によく合う色だった。
玄関のドアを開けて門を出ると、ちょうど隣の家の玄関のドアが開く音がした。
「あ……」
明里は気にしないようにとなるべく意識を向けないようにしたのに、向こうの方が歩く歩幅が大きくて、門を出たところで鉢合わせてしまった。
「お、おはよ。灯」
「……おはよ」
「今日は学校?」
「うん、まぁ」
「そっか。私はこれからバイトなんだ。良かったら今度遊びに来てね」
「時間ができたらね」
眠そうにあくびをした灯は明里を一瞥すると自転車にまたがった。太陽の光に透けて見えるその柔らかそうなくせっ毛はどこか犬みたいだなぁと思っていると、あっというまに明里の見えないところまで走り去ってしまった。
よりによってあんな夢を見た朝に限って灯に会ってしまうなんてツイてないなぁと思いながら駅に向かって歩き出すのだった。
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