初恋はおさななじみと

香夜みなと

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06.

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光が結婚するという話はご近所にあっという間に広がった。一軒家に住んでいると周りは昔からの顔なじみが多く、明里たちは近所の人たちに成長を見守られていたと言っても過言ではない。光の他にも近所の誰々さんが結婚するなどの話は次の日には町内に広まっている。

「光くんが結婚ねぇ。もうそろそろ適齢期だものね」

 夕食の支度をしながら母親がはぁとため息をついた。会社が集まるエリアには少し遠いこの街では就職のタイミングで家を出る人が多い。大学はまだ通える範囲だが、仕事となると働く場所によっては通勤時間がもったいなくなり、一人暮らしをするパターンになってしまうのだ。

「聞いた話だと結構出張も多いらしくてね。支えてくれる人がいるって良いわよね」

まるでドラマを見ているような母親の言い方に明里は相づちを打った。確かに就職して、一人暮らしをして結婚相手を見つける。理想のパターンかもしれない。

「あ、そうだ。青木さん、その彼女さんの親御さんとの顔合わせで半月ぐらい関西方面に行ってるんだって」

「そうなんだ。旅行もかねてって感じ? いいなぁ」

「それで、灯くん一人だから、あとでご飯持ってってね」

 関西ってどのあたりなんだろう、京都も大阪もいいなぁなどと考えていると、母親からおもいがけない一言が出てきた。

「青木さんに頼まれたのよ。灯くん、ゼミの研究が結構忙しいらしくて、放っておくと何も食べないからって」

「え……でももう、大学生だし……」

 灯の近況を母親から聞かされて、あの日疲れた顔をしていたのもそのせいだったのかなと脳裏をよぎる。それと同時にいくらなんでも大学生にでもなれば食事ぐらい自分でなんとかするのではないだろうかとも思う。

「母さんが行くより明里が行った方が灯くんだって嬉しいでしょ。ほら、さっさと行ってきなさい」

「え、ちょ、さっき、あとでって」

 いつの間にか母親はできあがった料理をてきぱきとタッパーに詰めていた。ポテトサラダにほうれん草の白ごま和え。ハンバーグやロールキャベツはレンジでチンをすれば食べられるようになっている。紙袋に詰められたそれを渡されると明里はとうとう逃げ場をなくした。

「っ、行ってきます」

「一緒に食べてきてもいいわよ」

「すぐ帰ってくるってば!」

 青木の両親だけでなく明里の母親も灯との関係に何かがあったことには気づいているはずだ。けれど今まで何も言わなかったのは優しさなのか。なんとなく母親がチャンスをくれたような気がして、明里は紙袋を持って隣の家に向かうのだった。

青木家の扉の前に立つと緊張しているのが自分でもわかった。親のおつかいで灯のお母さんにものを届けたことだってあったし、そのときも普通に振る舞えたはずだ。でも今この家には灯しかいない。それが緊張を増大させていた。

ピンポーン――。

 家のチャイムを鳴らしてみたが出てくる気配はない。リビングの電気はついている。もしかして消し忘れかと思っていると、ふいに扉が開いた。

「はい……って、明里?」

 ボサボサの頭で出てきた灯の表情はあの日と同じで疲れきっていた。母親から聞いたゼミで忙しいというのは間違いではないらしい。

「こ、こんばんは。ご両親今いないって聞いて……。お母さんから頼まれて色々持ってきたの」

「そうなんだ、じゃあ上がって」

 紙袋を見せると、灯はそれだけ言ってさっさと家の中に戻ってしまった。てっきり紙袋を渡して去るつもりだった明里はどうしようかと立ち尽くしてしまう。

「そこにいたら寒いでしょ。早く入って」

「お、お邪魔します……」

 明里がついていかなかったからか、戻ってきた灯に二度もそう言われてしまっては紙袋だけを置いて帰る訳にはいかない。少し迷って明里は青木家に上がった。

 リビングに入ると明里の記憶の中に残る懐かしい景色……はどこかへ消え去っていた。

「持ってきてもらって悪いんだけど、食べれる状態にしてもらってもいい? ご飯は冷凍庫にあるから」

「あ、うん、用意するね」

 その光景を見てしまっては明里も灯の指示に従うしかなかった。リビングに広がっていたのはたくさんの参考書とレポート用紙だった。ゼミで忙しいと聞いていたのは本当だったのだ。

「今、忙しいの?」

 それとなく尋ねてみれば灯はリビングを見てあぁ、とうなずいた。

「親いないから、リビングなら片付けなくて良いかと思って。部屋だと寝るところなくなるし」

「そうなんだ……。すごく頑張ってるんだね」

 キッチンに立って母親から持たされた料理を皿に盛っていく。まだ暖かいものもできれば熱々のものを食べて欲しいと電子レンジで温めた。ダイニングテーブルに並べると、少し猫背気味の灯がのそのそと歩いてきてテーブルに腰掛けた。

「おばさんの料理久しぶりかも。いただきます」

 きちんと手を合わせてご飯を食べている姿をみるとどこかほっとしている自分に気づいた。最近たまたま会うことが多いけれどいつも疲れた顔をしていたから、こうして生命活動を行ってくれていることにどこかほっとしたのかもしれない。

 一緒にご飯を食べることなんて当たり前だったのに、この二年半で大分変わってしまったことが少し寂しくもあった。

「ごちそうさま。まだおかず残ってるの?」

「うん、あと二食分ぐらいは」

「そっか。おばさんにお礼言っておいて」

 あっという間に食事を平らげた灯は食器を台所に持ってきた。当たり前のように明里はその食器を洗う。今までがそうだったように流れるような作業だった。明里は残りのタッパーを冷蔵庫に入れて、この具材はどのくらい暖めるのかとメモを書いて冷蔵庫に貼った。

「灯、残りの分で暖めるものはメモ貼っておいたから」

「……」

「灯?」

 リビングの方に戻ってパソコンに向かって作業をしていた灯の姿は見えなかった。おかしいなと思いリビングに行ってみると、ソファに横になって眠っている灯の姿があった。薄らとクマが浮かんでいるのが見えた。

「あんまり頑張り過ぎちゃダメだよ」

 優しい灯は昔から頑張り過ぎるところがあった。いわば優しすぎるが故に何でも引き受けてしまうタイプの人間だ。だから学級委員をやらされたり、文化祭の実行委員をやらされたり、みんなが避けるような大変な仕事ばかりを押しつけられてきた。

 大学に行ってもそんなことになってるんじゃないかなと思うと明里は灯のことが心配になってしまう。

 忙しいところに風邪を引いてしまってはいけないと明里は毛布を取りに行こうと灯の部屋へ向かった。

「懐かしいな……」

 いつも遊びに来ていた灯の部屋。今は外側からしか見れなくなってしまったけれど、まさかこんなタイミングで訪れることになるとはと少しだけ胸が痛くなる。たくさん遊んでこの部屋に泊まったことだってあって。それに……。

「って、毛布もって行かなくちゃ……」

 まあの日の光景が頭に浮かんできそうになり、明里は慌てて灯のベッドから毛布を剥ぎ取ってリビングに向かった。

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