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勇者不在のレコンキスタ編
第37話 バカなんですか?
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「シロウさん、その腕。それに、彼は誰ですか?」
言って、全員が彼の元に集まった。周囲の空気には、僅かに熱が残っている。
「ここに来る前に、酒場で行方不明の少年の話を聞いただろ?その張本人が、こいつだ」
言って、ホーリーセイバーを持ったチャカ君を指さした。
「……なるほど」
確かに、気になってはいたんだ。それらしい人は地上にはいなかったし、若いと聞いていたから子供を作らされていたんじゃないかって思っていたけど、まさか彼もワームに飲み込まれていたとは。
ひょっとして、バーレニィはグラナカカを使って、労働力にする遺伝子を選別していたんじゃないだろうか。
ワームを越えて来た冒険者は、間違いなく強い戦士だ。つまり、優秀な遺伝子を持っている可能性が高くなるわけで、頑丈だったり頭のいい人間が産まれてくるわけで。だから……。
いや、これ以上考えるのは止めよう。気分が悪くなってくる。
「自分、森の中でワームに飲まれたんですけど、それから何も食べてなくて動けなかったんです。そこに、シロウさんが現れたんですよ」
「そんでな、どうやら適合者ってのは、そいつの肉を食べると遺伝するみたいなんだよな。そんな事、ちっとも知らなかったぜ」
「ちょちょ、待ってください。それって、つまり……」
この人、自分の腕を食べさせたのか?
「他に何もなかったからよ。ちょっと気持ち悪いけど、死ぬよりはいいだろ」
「いや、そういう問題じゃないですよね?」
だって、その手はこの世界を救うためのモノなのに。たった一人の見ず知らずの少年の為に、魔王と戦う為の力を犠牲にしたって言うのか?
戦いの結果は、たまたまに過ぎないんだ。もし、チャカ君が適合者にならなければ、一体どうするつもりだったというんだ?
どうして?……そう考えた時、俺は、シロウさんが自分の事を『無能』と言った事を思い出した。
「……そうか」
「何がだ?」
「いいえ、何でもありません」
この人は、耐えられないんだ。目の前で起こる、悲劇や不幸が。
見ているのは、今ここにある景色だけ。そして、その現実を最善の策で速やかに処理するだけ。そこに、彼の感情なんてない。だから、死ななければ何だっていいだなんて、そんなイカれた方法を実践するんだ。それが、彼にとっての世界なんだ。
勇者なのに、未来よりも今を生きる。確かに、それを無能と言うのなら、そうなのかもしれない。
ならば、あの追放に至るまでに、本当は一体何があったんだろう。追放は、一体誰の為のモノだったんだろう。俺は、それが無性に知りたくなってしまった。
もちろん、その話をするのは今じゃない。
「……でも、そのおかげでトリッキーな連携を取れて、勝つことが出来たわけですからね。チャカ君、ありがとう」
「こちらこそ。命、救ってもらってますから」
言って、彼は明るい茶色の髪を、血で濡れた手で後ろに流した。オレンジ色の目に、どこか決意めいたモノを感じる。
……当然か、人間の肉を食べてまで生き延びたんだから。
「アオヤ、どうしたよ」
「だ、だってぇ……」
言って、彼は俯いて涙を拭った。それを見たシロウさんは、気を失っているモモコちゃんを背中に背負ってから無い方の腕で支えて、優しく彼の頭を撫でた。
× × ×
地上に戻るまでの間、一体もシャインとは出会わなかった。というのも、どうやら奴らは緊急の脱出路を確保していたらしく、そこから撤退していったようだ。最後の一人が消えていくのを、先に戻っていた仲間たちが見ていたのだ。
「そこを追えば、地獄に行けるんじゃねえかな」
「無理ですよ。中は濃酸の液体で満ちていて、とても人間の体では入れません」
そして、既にその道は無くなっているんだと思う。ずっと開いておくなら、地獄の場所はとっくに暴かれているはずだ。
「確かに。まぁ、仕方ねえか」
というか、この人はその傷で追うつもりだったのか?腕、無いんですよ?
「バカなんですか?」
「そ、そんなこと言うなよ、ちょっとしたジョークだろ」
「いや、やりかねませんよ。そもそも、マジの死の間際に、僕たちの心配してたっすからね。ああいうときは、もう少し人間らしいこと言ってくださいよ。余計心配するんで」
「自分も助けられた時、目を開けたらいきなり腕ぶった斬ってましたからね。それで食えって、何が起きてんのか分からんかったですよ」
「……おじさんをイジメて楽しいか、お前ら」
楽しいとかそういうのじゃないんだけど、どうしても言わずにはいられないんですよ。そうしていないと、あなたの大嫌いな尊敬や称賛なんかの、ありきたりな言葉しか出てこないんですから。
「しかし、急に持ち上げられなくなるなんて、びっくりだね」
「はい。今じゃ、重すぎて構えられませんからね。これ」
「どうしてだろう。血と肉を消化したからってことなのかな」
「それだと、マジでコスパ悪すぎっすよね。腕一本で、たった一日って」
「まぁ、自分に適合者の才能はないってことですよ」
言うと、チャカ君は肩をすくめて笑った。彼は、ホーリーセイバーを持ち上げる事が出来なってしまったのだ。
俺たちは、思っている以上に適合者や宝具の事を知らなかった。
宝具が適合者に対して喋ることも、衝突し合えば暴走を止められることも、一時とはいえ、適合者の才能をわけ与えられることも。何も知らなかったんだから。
きっと、もっと謎はあるんだろう。強くなる為には、絶対に解明しなければいけない謎だ。探る方法を、どこかで知れればいいんだけど。
「……ところで、モモコちゃんは戻ってきますかね」
「どうだろうな。元々、あいつの目的は両親の敵討ちだったんだ。辞めたとしても、何も文句はねえよ」
「何言ってんですか?シロウさん。私、ここにいますよ」
ちょうど話題に出した時、モモコちゃんが現れた。今日は、あの日から二日目。場所は酒場。トゥスクに戻ってきてから、彼女は両親と時間を共にしていたのだ。
「おかえり、お父さんとお母さんは?」
「メルベンの復興に手を貸すみたいです。解放された人たちは、みんなあそこで生活するって言ってましたよ」
「そっか。モモコちゃんは、そこで暮らさないの?」
「帰る家が出来ただけです。私、世界救わなきゃいけませんし、連れてってくださいよ」
言うと、彼女はシロウさんの隣りに座った。
「大体、私がここで一番強いじゃないですか。そんな戦力無くして、戦っていけませんよね?」
「あ!お前、それはなんとなく言わないルールあっただろ!」
アオヤ君が立ち上がって言った。
「知らない。ね、シロウさん。私、強いですよね?」
こんな煽るようなセリフを、彼女の口から聞いたのは初めてだ。きっと、今までずっと張り詰めていた復讐の想いが溶けて、本来の彼女の性格に戻ったんだと思う。
「いいや!今じゃ絶対僕の方が強いね!大体、モモコは攻撃系のスキルしか使えないじゃんか!」
「フラケアは使えますぅ~。だけじゃありません~」
「うっざ!大体、あんな黒いの反則だってば!どう見てもスキルじゃないじゃん!」
「スキルなんですぅ~。アオヤも使えばいいんです~」
仲いいなぁ。
「……自分も、こんな仲間が出来ますかね」
チャカ君が呟く。
「出来るさ。それに、お前はあのデビルブチョーをブチ殺す勇気と強さを持ってるんだからよ。もう、何も恐いモンなんてねえだろ?なんなら、見つかるまでウチに居てもいいんだぞ」
「そうだよ。俺たちだって、一緒に死線を越えた仲間じゃないか」
しかし、彼は首を横に振って。
「いいえ。自分は、自分で集めます。やりたい事があって、冒険者になったんです。それに、宝具も使えないのに魔王討伐なんて、まっぴらごめんですよ」
男なら、それが精一杯の強がりだってことは誰にでも分かったハズだ。だから、俺たちは引き留めなかった。でも、誰だってそうするはずだ。そうだろ?
「はっはっは!なら、頑張ってな。また、どっかで会おうぜ」
「はい。シロウさん、キータさん。本当に、ありがとうございました」
そして、俺たちは固い握手を交わしたのだった。
それからは、アオヤ君とモモコちゃんの言い合いを聞きながら、シロウさんの奢りで夕食を楽しんだ。
そんな平和な時間を噛み締めていると、いつの間にか彼女の耳に光る黄色のアクセサリーが付いてるのに気がついて。
それを見てどうしてか、俺はようやく一つ、物語が終わったような気がしたんだ。
言って、全員が彼の元に集まった。周囲の空気には、僅かに熱が残っている。
「ここに来る前に、酒場で行方不明の少年の話を聞いただろ?その張本人が、こいつだ」
言って、ホーリーセイバーを持ったチャカ君を指さした。
「……なるほど」
確かに、気になってはいたんだ。それらしい人は地上にはいなかったし、若いと聞いていたから子供を作らされていたんじゃないかって思っていたけど、まさか彼もワームに飲み込まれていたとは。
ひょっとして、バーレニィはグラナカカを使って、労働力にする遺伝子を選別していたんじゃないだろうか。
ワームを越えて来た冒険者は、間違いなく強い戦士だ。つまり、優秀な遺伝子を持っている可能性が高くなるわけで、頑丈だったり頭のいい人間が産まれてくるわけで。だから……。
いや、これ以上考えるのは止めよう。気分が悪くなってくる。
「自分、森の中でワームに飲まれたんですけど、それから何も食べてなくて動けなかったんです。そこに、シロウさんが現れたんですよ」
「そんでな、どうやら適合者ってのは、そいつの肉を食べると遺伝するみたいなんだよな。そんな事、ちっとも知らなかったぜ」
「ちょちょ、待ってください。それって、つまり……」
この人、自分の腕を食べさせたのか?
「他に何もなかったからよ。ちょっと気持ち悪いけど、死ぬよりはいいだろ」
「いや、そういう問題じゃないですよね?」
だって、その手はこの世界を救うためのモノなのに。たった一人の見ず知らずの少年の為に、魔王と戦う為の力を犠牲にしたって言うのか?
戦いの結果は、たまたまに過ぎないんだ。もし、チャカ君が適合者にならなければ、一体どうするつもりだったというんだ?
どうして?……そう考えた時、俺は、シロウさんが自分の事を『無能』と言った事を思い出した。
「……そうか」
「何がだ?」
「いいえ、何でもありません」
この人は、耐えられないんだ。目の前で起こる、悲劇や不幸が。
見ているのは、今ここにある景色だけ。そして、その現実を最善の策で速やかに処理するだけ。そこに、彼の感情なんてない。だから、死ななければ何だっていいだなんて、そんなイカれた方法を実践するんだ。それが、彼にとっての世界なんだ。
勇者なのに、未来よりも今を生きる。確かに、それを無能と言うのなら、そうなのかもしれない。
ならば、あの追放に至るまでに、本当は一体何があったんだろう。追放は、一体誰の為のモノだったんだろう。俺は、それが無性に知りたくなってしまった。
もちろん、その話をするのは今じゃない。
「……でも、そのおかげでトリッキーな連携を取れて、勝つことが出来たわけですからね。チャカ君、ありがとう」
「こちらこそ。命、救ってもらってますから」
言って、彼は明るい茶色の髪を、血で濡れた手で後ろに流した。オレンジ色の目に、どこか決意めいたモノを感じる。
……当然か、人間の肉を食べてまで生き延びたんだから。
「アオヤ、どうしたよ」
「だ、だってぇ……」
言って、彼は俯いて涙を拭った。それを見たシロウさんは、気を失っているモモコちゃんを背中に背負ってから無い方の腕で支えて、優しく彼の頭を撫でた。
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地上に戻るまでの間、一体もシャインとは出会わなかった。というのも、どうやら奴らは緊急の脱出路を確保していたらしく、そこから撤退していったようだ。最後の一人が消えていくのを、先に戻っていた仲間たちが見ていたのだ。
「そこを追えば、地獄に行けるんじゃねえかな」
「無理ですよ。中は濃酸の液体で満ちていて、とても人間の体では入れません」
そして、既にその道は無くなっているんだと思う。ずっと開いておくなら、地獄の場所はとっくに暴かれているはずだ。
「確かに。まぁ、仕方ねえか」
というか、この人はその傷で追うつもりだったのか?腕、無いんですよ?
「バカなんですか?」
「そ、そんなこと言うなよ、ちょっとしたジョークだろ」
「いや、やりかねませんよ。そもそも、マジの死の間際に、僕たちの心配してたっすからね。ああいうときは、もう少し人間らしいこと言ってくださいよ。余計心配するんで」
「自分も助けられた時、目を開けたらいきなり腕ぶった斬ってましたからね。それで食えって、何が起きてんのか分からんかったですよ」
「……おじさんをイジメて楽しいか、お前ら」
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「はい。今じゃ、重すぎて構えられませんからね。これ」
「どうしてだろう。血と肉を消化したからってことなのかな」
「それだと、マジでコスパ悪すぎっすよね。腕一本で、たった一日って」
「まぁ、自分に適合者の才能はないってことですよ」
言うと、チャカ君は肩をすくめて笑った。彼は、ホーリーセイバーを持ち上げる事が出来なってしまったのだ。
俺たちは、思っている以上に適合者や宝具の事を知らなかった。
宝具が適合者に対して喋ることも、衝突し合えば暴走を止められることも、一時とはいえ、適合者の才能をわけ与えられることも。何も知らなかったんだから。
きっと、もっと謎はあるんだろう。強くなる為には、絶対に解明しなければいけない謎だ。探る方法を、どこかで知れればいいんだけど。
「……ところで、モモコちゃんは戻ってきますかね」
「どうだろうな。元々、あいつの目的は両親の敵討ちだったんだ。辞めたとしても、何も文句はねえよ」
「何言ってんですか?シロウさん。私、ここにいますよ」
ちょうど話題に出した時、モモコちゃんが現れた。今日は、あの日から二日目。場所は酒場。トゥスクに戻ってきてから、彼女は両親と時間を共にしていたのだ。
「おかえり、お父さんとお母さんは?」
「メルベンの復興に手を貸すみたいです。解放された人たちは、みんなあそこで生活するって言ってましたよ」
「そっか。モモコちゃんは、そこで暮らさないの?」
「帰る家が出来ただけです。私、世界救わなきゃいけませんし、連れてってくださいよ」
言うと、彼女はシロウさんの隣りに座った。
「大体、私がここで一番強いじゃないですか。そんな戦力無くして、戦っていけませんよね?」
「あ!お前、それはなんとなく言わないルールあっただろ!」
アオヤ君が立ち上がって言った。
「知らない。ね、シロウさん。私、強いですよね?」
こんな煽るようなセリフを、彼女の口から聞いたのは初めてだ。きっと、今までずっと張り詰めていた復讐の想いが溶けて、本来の彼女の性格に戻ったんだと思う。
「いいや!今じゃ絶対僕の方が強いね!大体、モモコは攻撃系のスキルしか使えないじゃんか!」
「フラケアは使えますぅ~。だけじゃありません~」
「うっざ!大体、あんな黒いの反則だってば!どう見てもスキルじゃないじゃん!」
「スキルなんですぅ~。アオヤも使えばいいんです~」
仲いいなぁ。
「……自分も、こんな仲間が出来ますかね」
チャカ君が呟く。
「出来るさ。それに、お前はあのデビルブチョーをブチ殺す勇気と強さを持ってるんだからよ。もう、何も恐いモンなんてねえだろ?なんなら、見つかるまでウチに居てもいいんだぞ」
「そうだよ。俺たちだって、一緒に死線を越えた仲間じゃないか」
しかし、彼は首を横に振って。
「いいえ。自分は、自分で集めます。やりたい事があって、冒険者になったんです。それに、宝具も使えないのに魔王討伐なんて、まっぴらごめんですよ」
男なら、それが精一杯の強がりだってことは誰にでも分かったハズだ。だから、俺たちは引き留めなかった。でも、誰だってそうするはずだ。そうだろ?
「はっはっは!なら、頑張ってな。また、どっかで会おうぜ」
「はい。シロウさん、キータさん。本当に、ありがとうございました」
そして、俺たちは固い握手を交わしたのだった。
それからは、アオヤ君とモモコちゃんの言い合いを聞きながら、シロウさんの奢りで夕食を楽しんだ。
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