義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第三章 二つの傷

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 初めて夢子に会いに行ったときから、文也が自分のモノにならないってことはわかっていた。……いや、それ自体はもっと前から。





 ある日、それまでずっと同じ場所にいると思っていた文也との傷の舐め合いに温度差を感じた。無機質だった言葉が、少しだけ温かくなったのを覚えてる。今思えばあのあたりで文也が夢子を意識したのだろう。確か、今年の春休み頃だったはずだ。





 最初は奪い取るつもりでいた。兄妹という壁がある以上世間体や一般論を振りかざせば、文也の思考は勝手に色々な事を考えてくれる。そうなればいつも通り、他の男と同じように弱ったところを叩いて終わり。そのはずだった。





 ……夢子の精一杯に頑張る姿を見るまでは。





 あの子は本当に文也が好きなのだ。だからそれ以外に何もいらなくて、最初からそれしか見ていない。純粋でまっすぐ。待ったり追ったり支えたり、でも不器用で形にならなくて。自分とはまるで大違いだ。





 ああいう風になりたかった。





 何か一つ、信じられるものが欲しかった。その為だけに頑張ってみたかった。自分とあの子は、一体どうしてここまで違ってしまったのだろうか。





 ……わかってる。そんなこと、努力以外に何もない。





 父親の有無は、女の恋愛の価値観に大きく影響すると思う。自分もそうだし、夢子も間違いなくその一人だ。





 田舎暮らしが嫌で、自分は母親を残してこの街へ来た。生活費は父親の生命保険から捻出してもらっていた。ただ売春してまで生きるのは嫌だったから、代わりに恋人を作ってその人たちに寄生して生きることを選んだのだ。





 自分からしてみれば、生きる為に利用していた関係だ。ただ不思議と近づいてくる男の顔が良かったから、いつの間にか自分の中のスタンダードがイケメンということになっていた。価値観というのは後天的に変わるものだ。最初からイケメンが好きだったわけではない。





 そんなある日、文也に出会った。





 文也は不思議な奴だった。自分が何を言っても動じずに冷たくて、その癖に絶対に裏切らずそばにいてくれた。困っていれば助けてくれたし、だからと言って見返りを求めるような真似は一切しなかった。





 だから、いつしかそれが当たり前なのだと思っていた。自分が野良猫のようにふらついて、どこで何をしようとも必ず待っていてくれる存在。追いかけなくても、いつの間にか恋人になるのだろうと、そう思っていた。





 そうやって驕った結果が、自分と夢子の決定的な違いだ。





 後悔はしている。ただ、夢子に嫉妬する気には一切ならなかった。目的の為にひたむきに努力することの美しさを知れば、そんなことの愚かさは充分すぎる程理解できる。ならば、恨むべきは何もしなかった自分だ。





 今だから言える。自分は文也の事が好きだった。その気持ちは、きっと夢子にも負けていなかった。





 早く忘れる練習をしておいて、本当に良かったと思う。もしこれが初恋なら、自分は立ち直れるわけがないから。





 だからもう少し。この思いが風化するまでの間だけでも、傍にいさせてほしい。





 夢子はきっと羨むだろう。あの子は意外と自分に自信がない子だから。





 でも、それでいい。そうやって二人が意識し合っていつか幸せになるのなら、今の自分にとってこんなに嬉しいことはない。





 文也が優しさを教えてくれたように、自分は恋愛を教えてあげよう。肌に触れることは怖いことではないのだと。女は文也が思う以上に強く、そして脆くないということを。





 支えられていた分を返すには、もうそれしかない。互いの傷がない以上、埋める必要がないのだから後は積んでいくしかないのだ。経験はきっと、あんたの為になるから。





 ……。





 そしてどうか、二人の昔話の中に、中根紗彩がいますように。
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