義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第四章 決別

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「生徒の罰に教師が付き合うのはよくねえんじゃねえのか?」



 「みんな便所は早く使いたいだろ。先生はキレイにするためにお前に指示した訳であって、嫌がる姿が見たいんじゃないからな」



 そう言って、竹藤は俺に手を差し出した。



 大人しくブラシを渡すと、彼は鼻歌を歌いながら床を磨く。俺は便器を磨きながら下手くそな歌を聞いていた。一体何の曲なのだろうか。音痴過ぎて元の曲がわからない。



 どうしても気になって思わず訊くと、それは日本人なら誰でも知っている昭和時代の歌謡曲名であった。



 「先生の時代に流行ったんだ」



 ということはこいつ四十歳くらいか、少し若く見えるな。まあそれはそれとして。



 「嘘つけよ。絶対そんなんじゃなかったぞ」



 「そんなことはない。もう一回歌うからよく聞いとけ?」



 そう言って再び歌いだした。



 「いや、やっぱ全然違うだろ」



 「ホントか?じゃあ新目も歌ってみてくれ」



 咳ばらいを一つ。メロディを口ずさむ。



 「同じだろ」



 「同じじゃねえよ!」



 ひょっとして、俺って音痴なのか?いや、そんな訳はない。



 二人でフンフン言っていると、聞こえてしまったのか正面の教室で笑いが起こった。それを看過してか、授業担任が「聞こえてますよ」と俺たちに注意を促して、前の扉を閉めた。



 「それでいいのかよ、生徒指導」



 「よくない。でもお前が笑ってるの、初めて見たからオーライだ」



 言われて気が付いた。どうやら俺は笑っていたらしい。



 「……うるせえよ」



 途端に恥ずかしくなって、俺は黙って便器を磨いた。



 その後、竹藤は往ったり来たりを繰り返し、俺のトイレ掃除を手伝ったり手伝わなかったりした。……何か、あいつの話し口調が移ってしまった気がする。俺はこんなモノの言い方をしてたか?



 夕方、飯も食わずに掃除に没頭してようやく全てのトイレを掃除し終えた。



 終わりを報告しに行くと、ちょうど会議室で父と竹藤、それと向こうの両親に担任と校長が話をしている最中であった。



 呼ばれていないということは行かないほうがいいのだろう。そう思って俺は中庭に出ると、どうせ後日やることになるであろう落ち葉やゴミ拾いをした。



 しばらくそうしていると、竹藤が俺を捜しにきた。様子を見るに、少し前には終わっていたみたいだ。



 「効率がいいな。明日は体育館じゃなくて全体のごみ拾いにするか」



 そう言って、俺の肩を叩いた。



 「そんで、どうなった?」



 歩きながら訊く。



 「二週間の学校への奉仕活動だ」



 「あとは」



 「それだけだ。向こうの親御さんは喧嘩については不問にするようだ。まあ、それでは気が済まないとお前のお父さんが言って、結局慰謝料を折半にすることで折り合いがついたがな」



 その程度か。



 「案外軽いもんだな」



 「バカ言え。青春は何物にも代え難い貴重なモンなんだぞ。それを二週間も支払うんだ。代償としては充分だ」



 そういうものだろうか。



 「どんな金持ちでも時間だけは買えないからな。だからお前は、この期間に反省をするんだ」



 「反省ったって」



 別に自分から手を出している訳ではない。



 「素直になれと言ってるんだ。さっきのトイレで笑ってるの、高校生らしくてよかったぞ」



 フン。と鼻を鳴らして、俺はその言葉の返事とした。



 その後学校を後にし、帰る途中の車の中で父がこんなことを言いだした。



 「竹藤先生、お前の事すごく心配してたぞ」



 かもな。



 「あの先生、お前が補導される度に迎えに来てくれてたんだってな。今日、担任の先生に聞いたよ」



 そうか。



 「補導されてるのすら知らなかったよ。……本当にごめんな」



 「謝るなよ」



 父は黙った。



 「謝るくらいなら最初からそんな生き方するんじゃねえよ。それに、別に恨んでなんていねえよ」



 そう言わないと、俺は俺を否定することになる。大体、俺は自分で選んで父についてきたのだ。



 沈黙。



 「……降ろしてくれ。後は自分で帰る」



 それに、どうせ仕事があるだろうからな。



 言うと、すぐに車が止まった、自宅と高校の最寄り駅の間の駅。



 「ちゃんと帰るんだぞ。父さん、ちょっと仕事があるから」



 言わなくてもわかってるっての。



 俺は車が発進したのを横目に、町の中を歩きだした。



 しばらく行くと、道中の古びたゲームセンターに通りかかった。果たして、こんなところにあっただろうか。電車からでは気が付かなかったな。



 中に入ると、そこはたばこの臭いが充満していた。空気もどんよりしている。



 置いてあるのは、レトロとは言えないような中途半端に昔のゲームの筐体ばかりだ。知りもしないようなアクションゲームのアーケード版や音ゲー。格闘ゲームも、どうやら二作前の物らしい。



 辛うじて知っていたそのゲームを見に行くと、そこには頭をド派手な金髪に染めて、改造した学ランを着た今時珍しい服装の男が座っていた。所謂短ランと、ズボンはテーパードをかけて細身に仕上げてある。ボンタンではないらしい。



 彼が咥えたたばこの灰が、筐体にポトリと落ちた。「K.O」の掛け声と共に、その男はガッツポーズを決めてタバコの火を消した。



 その時、向こう側の男が筐体に蹴りを入れた。激しく揺れ動くと金髪の男は押し出されて後ろに倒れる。そして、ゲーム画面がブラックアウトした。コンセントが抜けたようだ。



 何かを叫びながら向こう側の男がこちらへ来た。明らかに年上だが、大学生だろうか?六人組だで、どいつもかなり体格がいい。



 「おいクソガキ、ハメ技は禁止ってママに習わなかったか?」



 なんだその脅し文句は。



 「いてぇ。クッソ、ゲームで負けて逆ギレって、お前どんだけ大人げねえんだよ」



 全く持って同感だ。



 男は立ち上がると頭を掻きながらつぶやいた。その容姿の良さと相まって、さながらドラマのワンシーンのようだった。



 「なんだと?だせえカッコしやがって、舐めてんのかぁ?」



 へらへらと仲間内で笑い合う男たち。対して一人の彼は、拳を握りしめて睨みつけている。まるで猛獣のような雰囲気。獰猛で、危険だ。



 「やんのか?てめ」



 連中が言い終わる前に、彼は拳を突き出して喋っていた男を殴り倒した。



 「てめえコラ!」



 すかさず後ろの奴らが暴れだす。二人に抑えられると別の奴に顔面を殴られ、腹に蹴りを入れられた。



 「ぐは……っ!」



 声を漏らした。その時、俺はそいつと目が合った。



 ……。



 放っておけなかった。だから、どこか俺と似た空気を持つそいつを助けることにした。



 「しゃがめ!」



 言うと金髪は勢いよく体を地面に伏せた。それにあっけに取られている二人を、俺は置いてあった椅子で横殴りにした。一人は吹き飛び、もう一人はよろめいて仲間にもたれかかった。



 見てから椅子を投げ捨て、金髪のに手を貸そうとすると。



 「後ろぉ!」



 最初に彼が殴り飛ばした男が立ち上がっていたようだ。俺の後頭部を殴りつけた。一瞬早く気が付いたおかげでクリーンヒットは避けられたが。



 「うおっ!」



 体重差がもろに出た。かすっただけで俺は吹っ飛び、そのままゲーム筐体に突っ込んだ。叩きつけられて、画面がクラッシュしてしまう。




 「おるぁッ!」



 金髪がしゃがんだ状態で男の股間にアッパーをぶちかます。それが綺麗に決まると、男は断末魔を上げて倒れてそのまま動かなくなった。



 彼に手を引かれて立ち上がる。背中を合わせて構えると、外でパトカーのサイレンの音が鳴り響いた。



 「おいおい、やべえぞ」



 考えてみれば謹慎中だ。今捕まれば確実に退学くらいにはなる。



 「こっちだ!」



 言われて、声の方を向く。彼は俺が入ってきたのとは別の方向へ走り出している。裏口があるのだろうか。信じるしかない。



 「動くな!」



 警察が突入してきた。警棒を構えている。完全に臨戦態勢だった。



 俺は彼の後ろを全力疾走で追いかけた。すると予想通り店員専用通路があり、どういう訳かそこの鍵が開いていた。



 「よし、ずらかろうぜ」



 本当に使っているのを初めて聞いたぞ。その言葉。



 俺たちは裏の駐車場に出た。破れた金網の隙間から抜け出すと、雑草の生い茂る丘を抜けて対岸の川まで走った。
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