義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第四章 決別

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 息も絶え絶え、二人で橋の向こう側まで走って、その高架下に転がった。



 「ふぅ。やばかったな」



 「ほんと、あれはマジにやばかったぜ」



 互いに少しの間肩で息をしていたが、やがて落ち着きを取り戻すと彼はタバコを口に咥えた。何本か入ったその箱を差し出してきたが、俺はそれを手で制した。



 「助かったぜ。俺は日向虎緒。あんたは?」



 火をつけながら訊く。光のない空中に紫の煙が舞った。



 「新目文也」



 「文也か。お前強いな」



 今まで喧嘩の場には敵しかいなかったから、こうして認められるのは初めての事だった。



 「あんたもな」



 「虎緒だ、あんたじゃねえ」



 名前にこだわりがあるうようだ。意識したことはなかったが、人は名前で呼ばれる方が嬉しいのだろうか。



 「虎緒な。わかった」



 彼はそれを聞いて小さく笑うと、深く煙を吸い込んで再び吹き出した。



 「しかしあれだな。あんなボロのゲーセンに来る奴なんて俺くらいだと思ってたぜ。その制服、この辺の学生じゃねえよな?」



 俺は今の自分の状況を説明した。



 「謹慎中に喧嘩かよ。マジで危機一髪だったんだな」



 「運がねえよ」



 「俺はツイてたけどな」



 言われて、俺たちは笑い合った。



 その後はしばらく、虎緒の話を聞いていた。聞けばこの辺りで最も有名な不良学校の頭を張っているようだ。それならばあのイカれた感覚も納得できる。普通六人相手に一人で突っ込んだりは出来ないからな。



 「お前も相当イカれてるけどな。普通初対面の相手椅子でぶっ叩くか?あいつ泡吹いてたぜ」



 よく見ている。俺は次にどうするかしか考えていなかった。



 「まぁしばらくはこの辺で遊べねえな。クッソ、五十円でやれんのあそこだけなのによ」



 虎緒が靴の裏でタバコをもみ消してケータイ灰皿に吸い殻を入れた。法律は破るのにマナーは守るんだな。



 「ゲーセンなんてたくさんあるだろ」



 「そうは言うけどよ……。あ、じゃあ文也も明日別のゲーセン探すの手伝えよ」



 「いいぜ」



 そうして、俺たちは互いの連絡先を交換して、帰路へ着いた。



 翌日、俺は校舎周り及び、登下校に使う長い坂道までのごみ拾いを一日かけて行った。



 「新目、お前なんかいい事でもあったか?」



 「別にねえよ」



 なんだよ急に。



 「そうか?なんか嬉しそうに見えたんだが」



 授業のない空き時間、竹藤はまたしても俺の手伝いをしていた。



 「仮にそうだったとして、なんで教えなきゃいけねえんだよ」



 「ばっかもん。それはお前が喜んだら先生も嬉しいからに決まっとるだろうが」



 説教されてしまった。



 「……そうか」



 「何かあったら先生にお裾分けしてくれよな」



 感のいい奴だ。



 それから、俺たちは坂の一番下までゴミを集めてから学校へ戻った。



 放課後、俺と虎緒は隣町まで行って五十円で遊べるゲームセンターを探し回った。が、結局そんなに都合良く見つかるはずもなく、仕方がないから普通のゲームセンターで最新バージョンの格ゲーをプレイした。



 「お前、マジでうめえな」



 昨日のチンピラたちが嫉妬するのもわかる。素人目に見ても、虎緒の実力の高さは伺えた。



 「文也にも教えてやるよ」



 こうして、ここから二週間をかけて俺は彼にゲームを仕込まれたのであった。



 ……早いもので既に謹慎期間は最終日となり、掃除ポイントは全てなくなっていた。それだから、俺は今日応接室にて竹藤の書類整理の手伝いをしている。



 修学旅行や文化祭のプログラムのホチキス止め、自治会とPTAへの連絡の書類作りなど。こういうのはてっきり、業者に任せているのかと思っていた。



 「そんな金、学校にはないんだぞ」



 言いながら、彼はパソコンで文字を打っていた。口に出ていたのだろうか。俺としたことが独り言だなんて。



 「よく頑張ったな。明日からは通常登校だ。お父さんも喜んでるだろう」



 わからない。相変わらず仕事だし、俺は虎緒と出会って更に家に寄り付かなくなったからな。



 「……どうした。何かあったか?」



 何故、そんなことを訊くのだろうか。



 「別に俺の事なんて気にすんなよ」



 「ばっかもん。お前の事を気にしないで誰の事を気にしろというのだ」



 「どういう意味だよ」



 学校には千人近い生徒がいる。



 「生徒指導は担任じゃないんだよ。おまけに最近の子は指導を掛けられるような事をしないからな」



 それは学校的にはいいことなのでは?



 「この前の三年がいるだろ」



 「普段は隠れてるんだろ。見つけられなければ指導も出来ない。賢いのはいい事だけどな」



 「俺が見つかるような間抜けだと言われているような気がするんだけど」



 「そうとも言えるな」



 言って、竹藤は声を上げて笑った。これは明らかに一杯食わされたな。



 「まあそういう訳だ。本来であれば生徒を差別して付き合うのはいけないんだろうがな、やはりお前みたいな奴がいると、余計に手間を掛けさせられる分どうしてもかわいいと思ってしまうんだよ」



 気が付くと、竹藤は俺を見ていた。顔の皺は、苦労の証なのだろうか。その優しい表情が、今の俺の心にとても響いた。



 「そういうもんかよ」



 「そういうもんだ。ただ喧嘩はダメだぞ。いくら迎撃しているからと言って、この前のだって完全にやり過ぎだからな。全く、向こうの親御さんが縦に首を振らなければ一体どうなっていた事か」



 今のはどういう意味だ。



 「あんた、何か頼んだのかよ」



 訊くと、彼は動きを止めた。



 「さて、どうだったかな。少し言葉を間違えたな」



 俺が訝しんでいると。



 「タバコを吸ってくる」



 そう言って出て行ってしまった。その態度に、俺は違和感を覚えた。竹藤は、あんなに歯切れの悪い事をする奴じゃないのはよく知っている。



 その後、戻ってきた竹藤は時計を指さして、「もう時間だから今日はいいぞ。明日からは教室に登校するんだぞ」と言った。俺は鞄に道具を戻すと、学校を後にした。



 帰りには虎緒といつも通り駄弁り、適当な時間に解散することとなった。



 「ちょっと行くとこがあるんだ。前からずっと狙っててさ」



 ヘルメットを被りながら彼が言う。原付、俺も欲しいな。



 「景品か何かか?」



 「もっといいもん。ただ、全然引っ掛かってくれなくてよ」



 それが物でない事はなんとなくわかった。



 「そうか。手に入るといいな、それ」



 言わないということは、俺にもあまり知られたくないのだろう。野暮な真似はしない。それに、虎緒なら自分の物になれば教えてくるだろうしな。



 「おう、そんじゃあ行ってくるわ!」



 そう言って、スロットルを捻って走り出した。



 俺はというと、その後もう少しだけ格ゲーの練習をしてから家に戻った。(全くうまくいかない。バイトでも始めないと本格的に金がやばい)



 何を食うか考えながら家に入ると、珍しいことに父がいた。



 「おかえり」



 最後に話したのは、車に乗ったときだったか。



 「今日、お前と喧嘩した彼のところへ見舞いに行ってきたよ。容態は安定していて、怪我も割と早く治るみたいだ」



 「そうか」



 自室へ向かおうとうすると。



 「……文也、少しいいか?」



 そう言って呼び止められた。



 「なに」



 父はウィスキーをロックで飲んでいる。酔っている様子は全くない。



 「竹藤先生、学校をやめる事になったんだ」



 「どういうことだ!?」



 父にそう言った時、俺は鞄を床に落としてしまった。
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