義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第四章 決別

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 「やはり聞いていなかったのか」



 「理由を教えろ」



 父はもう一度、グラスを仰いだ。その間が煩わしい。



 「あの時な、彼のご両親がお前への訴えを取り下げる気はないと言ったんだ。必ず裁判を起こして鑑別所に送るとな」



 「嘘だろ?」



 「嘘じゃない」



 足が震えた。



 「だって、竹藤は向こうが喧嘩を問わなかったって。それに謹慎二週間だけで、慰謝料は親父と向こうの折半になったって」



 「そう言ったのか」



 「言ったさ!」



 だって、確かに竹藤はそう言ったのに。じゃああれは、俺の為についた……。



 「先生はな、お前の責任を取ると言って辞表を提出することになったんだ。父さんは最初、示談にして頂けないかと話すつもりだったんだがな。しかしあの先生が言ったんだ」



 「何を」



 「文也君を指導できなかったのは私の責任です、と」



 「そんな話があるかよ!あいつは何も関係ないだろ!」



 「父さんもそう思う。けどな」



 「うるせえ!」



 家を出ようと振り返る。



 「待て!」



 腕を掴まれた。



 「離せこの……っ!」



 「先生はな、俺とお前の責任の全てを背負ったんだぞ。それでも最後の願いとして、辞表を受け取るのをお前の卒業を見届けるまで待ってくれと言ったんだ。お前が先に手を出したわけではないの一点張りでな。文也は三人で来られて怯えたのかもしれないと、誰も信じられなくて自分の守り方をそれしか知らなかったのかもしれないと、お前の未来を信じてそう言ってくれたんだぞ!」



 「はなせよ……」



 「外に出て行って何をする気なのかは知らない。だがその行動は、竹藤先生の想いを踏みにじるような事に繋がらないと誓えるのか?」



 言葉が出ない。



 「答えてくれ、文也。ここでお前を行かせたら、俺は二度と父親を名乗れなくなる」



 力では勝っている。体だって俺の方がデカい。それなのに、俺を掴む父の手を振りほどくことが出来なかった。



 ……。



 「わかった。わかったよ」



 「本当だな」



 まっすぐな目だった。



 「本当だ。俺はどこにも行かない」



 そういうと、父は手を離した。俺は鞄を拾ってリビングを出ると自室に向かう。中に入って、服を着たままベッドに倒れこんだ。



 「クソ。どいつもこいつも」



 父が竹藤の話を黙って承諾したとは思えない。あいつも、散々迷ったのだろう。だからこそ、それを俺に伝えたのだ。俺を信じて。



 大人たちの本気の気持ちに触れて、俺は自分がどれだけ小さな存在なのかを実感した。それが悔しくて、強さだけに縋っていた自分が恥ずかしくて、だから俺は目を閉じて少しだけ泣いた。



 ……翌朝。しわくちゃになった制服を脱ぐと、普段は着ないような、少し大きいサイズの紺色のセーターと予備のズボンを履いて学校へ向かった。



 電車を乗り継いで道を歩く。坂を上ると、校門の前で風紀委員と竹藤が挨拶をしていた。



 「お、来たな」



 竹藤は昨日の優しい顔で、出迎えてくれた。そんな先生に俺はぎこちない足取りで近づくと。



 「お……」



 「ん、どうした?新目」



 これは、俺のケジメだ。



 「お、おはよう、ございます」



 挨拶をした。すると。



 「おう!おはようさん!」



 そう言って、先生は俺の肩を叩いた。



 学校での生活は相変わらず、誰と口を利く訳でもなくただ授業を受けて帰る事の繰り返しだ。ただなるべく敵を作らないように心がけて生活をしていると、何か問題になるようなことはほとんど起きなくなった。



 それでも前にイザコザを起こした連中と会うと因縁をつけられたが、俺が大人しく謝ると逆に困惑したように場が白け、そのまま去っていくことも少なくなかった。



 もちろん、校外でもなるべく争いごとが起きないようにしていた。というか、普通に生きていれば街中で喧嘩になることなどほとんどないらしい。



 「俺だってそんなにねえよ」



 それは、とある放課後にトラと喫茶店でコーヒーを飲んでいた時のことだ。



 「まあ、そうだよな」



 カツサンドを頬張り、ナポリタンを啜って、ドリアを食べる。



 「そりゃそうだろ。実際文也と一緒んなって喧嘩したのだってあれ以来一回だけじゃねえか。その時もあっという間に終わったしよ」



 言われてみればそうだ。まあ当然と言えば当然なのだが、俺は復讐するために自分から襲撃していたのであって、受け身に回ればその数は格段に減るに決まっている。



 コーヒーを飲み干すと、フルーツポンチをスプーンですくった。



 「つーか食いすぎだろ、文也の胃袋ってどうなってんだよ」



 「どうなってんだろうな」



 自分でもわからない。



 「どうせ弁当も食ってんだろ?」



 「三つ食った」



 言うと、虎緒は呆れたような顔をしてジンジャーエールを飲んだ。



 その後、店を出ると俺たちはいつも通りゲーセンへ向かった。その道中、番長なのに一人で好き勝手動いていいもんなのか?と疑問をぶつけた。すると。



 「周りが勝手に言ってるだけだしな。一応肩書としてあるだけで、そんなに重要なモンじゃねえよ」



 そんなものか。担がれているのなら、あまり個人プレーに走らないほうがいいのではないかと思っていたから少し安心だ。



 適当な会話をしながら歩く裏路地、俺たちはその角を曲がった瞬間にどこかで見知った連中と肩をぶつけてしまった。



 「あ、お前ら」



 当然、向こうもすぐに気が付いたようだ。



 「やっべ」



 虎緒と目が合う。考えている事は同じはずだ。互いに頷くと。



 「待てコラ!」



 振り返って、猛スピードで来た道を戻った。



 「待つわけねえだろ!」



 虎緒が叫ぶ。同感だ。こんな何もない、しかも誰にも見つからないような路地裏で戦えるわけがない。前回は完全不意打ちだった上に武器があったからよかったものの、正面から素手でこんなガタイの奴らとぶつかったら本当にミンチにされてしまう。



 ……そんなことを考えて走っている自分が不思議で仕方がなかった。謹慎前であれば絶対にそんなことは思わなかった



 などと考えている場合ではない。何とかして表に出なければ。



 程なくして少し広い道路に出た。既に営業を終了している店が立ち並んでいる。人通りも少ない。逃げるなら駅まで行かなければ。



 その瞬間。俺の視界には先生の姿が映った。



 「新目?何をしてるんだ」



 「あんたこそ何してんだよ」



 見間違いではないようだ。その手には病院のマークの入った紙袋を持っている。この先にある、総合病院の物だ。



 訊いたが、答えを待っている暇はない。すぐに後ろから追手が来た。



 「おい文也!早くしろ!」



 虎緒の声に応えるように、俺は再び足を動かす。はずだった。



 「どけジジイ!」



 俺に気を取られていたせいか。竹藤先生が連中の一人に押し飛ばされた。宙に浮いて、地面に伏してしまう。それを見た時、この数ヶ月抑え込まれていた俺の中の何かが。



 「ぶち殺す!!」



 壊れてしまった。
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