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第四章 決別
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中を開けると、もう一度封筒が出てきた。父がこれに手を加えることをしたくなくて、梱包を施したのだろう。差出人は。
「竹藤守」
どういう偶然か、件の先生からの手紙だった。狙いすましたようなタイミングで、少し笑ってしまう。
部屋の中に戻って湯を沸かし、ラジオを聞く。いつも通りその少し後に夢子が目を覚まして、ぼーっとどこかを見ている。だが、今日は自分の格好がいつもより煽情的であると気が付いたようだ。照れたように胸元を手で隠すと、「見えた?」と言った。
「見えてないよ」
見える程大きくないでしょ、君。
確実に怒られるのでそんなことは絶対に言わない。もし気にしているのであれば、俺も一緒に第二次成長の可能性を祈るから。
コーヒーと紅茶を淹れ、カップ二つをちゃぶ台の上に乗せる。座ってからポーションミルクを流して、コーヒーを一口。
やがて体が温まると、俺はラジオを切って手紙を開いた。
『拝啓 新目文也様』
俺に様付けとは、形式上でも違和感がある。
『木枯らしの吹きすさぶ季節になりましたが、如何お過ごしでしょうか?等という言葉遣いをお前はきっと嫌うだろうから、文章も喋り言葉で記すことにする。元気だろうか?体は大事ないだろうか?健康でいてくれれば、俺は充分だ。
要件だけ伝えると、俺は故郷に帰って実家の旅館を継いだのだ。お前と最後に会った日、実は俺も学校を卒業していたのだよ。驚いたか?
両親が少し体の具合を崩してな、だから学校も辞めたというわけだ。ちゃんと伝えてやれなかったのを悪く思っている。それだからこの手紙を出した、という訳だな。
自分で言うのもなんだが、これが中々いいところなんだ。小さな店ではあるが、北国の温泉宿だから景色もいい。雪で白く染まった連山は極上だ。本当に綺麗だぞ。下に住所を記しておくから、いずれ遊びに来るといい。サービスする。
最後に、お前の将来の夢を教えてほしい。あれだけ迷ったお前のゴールを見届けられなかったのが心残りだからな。それくらいは教えてくれてもいいだろう。方法は任せる。
それでは元気でな。PS:妹は大切にしろよ』
まるでそこにいてくれているような気がした。頭の中で、あの低くて温かい声が自然とその文章を読み上げた。
こんな嘘まで吐いて、もし俺が全て知っていると打ち明けたら先生は腰を抜かして驚くだろうか。そんな事を考えながら何度も繰り返し読んでいると、先生の一人称が『俺』となっている事に気が付いた。
……。
「何読んでるの?」
夢子が俺の背中に抱き着いた。いつの間にか出てきていたらしい。濡れた髪が、俺の頬に触れた。
「あれ、どうしたの?」
「え?……あぁ、いや。どうしたんだろうな」
俺は今、先生が先生でなくなったという事実を本当の意味で理解したのだろう。それが悲しくて、だから手紙の上に、一滴だけ涙が落ちた。
夢子は何も言わなかった。何も言わずにただ俺を抱きしめて、そして頭を撫でてくれた。
その日、俺は長い時間をかけて手紙を書いていた。文章を書くのがあまり得意な方ではないからあまりうまくまとめられず、別に訊かれてもいない近況の報告やそれについて思う事、高校の頃言いたくて言えなかった事、家族や友達の事など、ありとあらゆる事を書き連ねた。
書き終えた頃には日が傾いていた。気が付くとその枚数は七枚にも及んでいる。ちょっとした小説よりも長文となってしまった。その便箋を封筒に入れると、パンパンに膨れてキツく折らなければ閉じなかった。先生はこれを見たら笑うだろうか。
それを持って郵便局へ向かう。(夢子も着いてきた。夕飯の買い物も済ませるつもりなのだろう)辿り着くと、ギリギリ営業時間に間に合った。中に入ると発送の手続きを行って、それを手渡した。
最後にもう一度宛先の確認を求められる。
「竹藤、先生でよろしいですか?」
「はい。間違いないです」
そう、間違いない。あの人は、いつまで経ってもずっと俺の先生だ。
あの手紙が届くのはいつになるのだろうか。それを見て喜ぶ先生の顔を見るのが楽しみで、俺は小さく笑った。
「お兄ちゃん、何食べたい?」
「そうだな」
スーパーまでの道のり、俺は遠くの夕焼けを見上げながらそのリクエストを考えた。
――――
『拝啓 竹藤先生』
『この宛名の表現が合っているのかはわかりませんが、敢えてそうさせてもらいます。守様だなんて、そんな呼ばれ方は先生だって嫌でしょう。
手紙が長くなりそうなので、先に訊かれた事に応えることにします。
俺の将来の夢は教師です。先生に憧れて、それを目指すことにしました。
理由は簡単で、俺の人生に最も影響を与えた人間が先生だからです。むしろ教師を目指す理由なんて、恩師の意志を後世に残したい事以外にないと思います。きっと、先生だってそうだったのでしょう。
しかし、俺が先生と同じスタイルで教育を施せるとは思いません。そもそも性格が違うのですから、それをなぞっても薄っぺらいモノになってしまうと思います。
なので、一つだけ。生徒の未来を信じるというその一点だけをまずは真似てみようと思います。一つでも信じられれば、きっと変われると思いますから。』
『……』
『最後に妹ですが、大切にしています。そして、将来彼女の事を幸せにしたいと思っています。いつかそちらに遊びに行く事があれば、その時は夢子も連れて行きますので、よろしくお願い致します』
『先生の生徒 新目文也より』
「竹藤守」
どういう偶然か、件の先生からの手紙だった。狙いすましたようなタイミングで、少し笑ってしまう。
部屋の中に戻って湯を沸かし、ラジオを聞く。いつも通りその少し後に夢子が目を覚まして、ぼーっとどこかを見ている。だが、今日は自分の格好がいつもより煽情的であると気が付いたようだ。照れたように胸元を手で隠すと、「見えた?」と言った。
「見えてないよ」
見える程大きくないでしょ、君。
確実に怒られるのでそんなことは絶対に言わない。もし気にしているのであれば、俺も一緒に第二次成長の可能性を祈るから。
コーヒーと紅茶を淹れ、カップ二つをちゃぶ台の上に乗せる。座ってからポーションミルクを流して、コーヒーを一口。
やがて体が温まると、俺はラジオを切って手紙を開いた。
『拝啓 新目文也様』
俺に様付けとは、形式上でも違和感がある。
『木枯らしの吹きすさぶ季節になりましたが、如何お過ごしでしょうか?等という言葉遣いをお前はきっと嫌うだろうから、文章も喋り言葉で記すことにする。元気だろうか?体は大事ないだろうか?健康でいてくれれば、俺は充分だ。
要件だけ伝えると、俺は故郷に帰って実家の旅館を継いだのだ。お前と最後に会った日、実は俺も学校を卒業していたのだよ。驚いたか?
両親が少し体の具合を崩してな、だから学校も辞めたというわけだ。ちゃんと伝えてやれなかったのを悪く思っている。それだからこの手紙を出した、という訳だな。
自分で言うのもなんだが、これが中々いいところなんだ。小さな店ではあるが、北国の温泉宿だから景色もいい。雪で白く染まった連山は極上だ。本当に綺麗だぞ。下に住所を記しておくから、いずれ遊びに来るといい。サービスする。
最後に、お前の将来の夢を教えてほしい。あれだけ迷ったお前のゴールを見届けられなかったのが心残りだからな。それくらいは教えてくれてもいいだろう。方法は任せる。
それでは元気でな。PS:妹は大切にしろよ』
まるでそこにいてくれているような気がした。頭の中で、あの低くて温かい声が自然とその文章を読み上げた。
こんな嘘まで吐いて、もし俺が全て知っていると打ち明けたら先生は腰を抜かして驚くだろうか。そんな事を考えながら何度も繰り返し読んでいると、先生の一人称が『俺』となっている事に気が付いた。
……。
「何読んでるの?」
夢子が俺の背中に抱き着いた。いつの間にか出てきていたらしい。濡れた髪が、俺の頬に触れた。
「あれ、どうしたの?」
「え?……あぁ、いや。どうしたんだろうな」
俺は今、先生が先生でなくなったという事実を本当の意味で理解したのだろう。それが悲しくて、だから手紙の上に、一滴だけ涙が落ちた。
夢子は何も言わなかった。何も言わずにただ俺を抱きしめて、そして頭を撫でてくれた。
その日、俺は長い時間をかけて手紙を書いていた。文章を書くのがあまり得意な方ではないからあまりうまくまとめられず、別に訊かれてもいない近況の報告やそれについて思う事、高校の頃言いたくて言えなかった事、家族や友達の事など、ありとあらゆる事を書き連ねた。
書き終えた頃には日が傾いていた。気が付くとその枚数は七枚にも及んでいる。ちょっとした小説よりも長文となってしまった。その便箋を封筒に入れると、パンパンに膨れてキツく折らなければ閉じなかった。先生はこれを見たら笑うだろうか。
それを持って郵便局へ向かう。(夢子も着いてきた。夕飯の買い物も済ませるつもりなのだろう)辿り着くと、ギリギリ営業時間に間に合った。中に入ると発送の手続きを行って、それを手渡した。
最後にもう一度宛先の確認を求められる。
「竹藤、先生でよろしいですか?」
「はい。間違いないです」
そう、間違いない。あの人は、いつまで経ってもずっと俺の先生だ。
あの手紙が届くのはいつになるのだろうか。それを見て喜ぶ先生の顔を見るのが楽しみで、俺は小さく笑った。
「お兄ちゃん、何食べたい?」
「そうだな」
スーパーまでの道のり、俺は遠くの夕焼けを見上げながらそのリクエストを考えた。
――――
『拝啓 竹藤先生』
『この宛名の表現が合っているのかはわかりませんが、敢えてそうさせてもらいます。守様だなんて、そんな呼ばれ方は先生だって嫌でしょう。
手紙が長くなりそうなので、先に訊かれた事に応えることにします。
俺の将来の夢は教師です。先生に憧れて、それを目指すことにしました。
理由は簡単で、俺の人生に最も影響を与えた人間が先生だからです。むしろ教師を目指す理由なんて、恩師の意志を後世に残したい事以外にないと思います。きっと、先生だってそうだったのでしょう。
しかし、俺が先生と同じスタイルで教育を施せるとは思いません。そもそも性格が違うのですから、それをなぞっても薄っぺらいモノになってしまうと思います。
なので、一つだけ。生徒の未来を信じるというその一点だけをまずは真似てみようと思います。一つでも信じられれば、きっと変われると思いますから。』
『……』
『最後に妹ですが、大切にしています。そして、将来彼女の事を幸せにしたいと思っています。いつかそちらに遊びに行く事があれば、その時は夢子も連れて行きますので、よろしくお願い致します』
『先生の生徒 新目文也より』
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