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第五章 義理の妹と結婚するまで
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家に戻ると、夢子は炬燵で眠っていた。俺はコートを脱いで鞄を置くと、スマホのカメラに一枚だけその顔を収めて、彼女を眺めた。その表情はやや幼い。
「……あれ、お兄ちゃん」
しばらくして夢子が目を覚ました。相変わらず、寝起きはぼーっと空間を見ている。
「夢子、聞いてほしい」
目を擦りながら、小首を傾げる。
「好きです。恋人になってください」
瞬きを三回、夢子はまたちゃぶ台に伏せてしまった。俺はそれを見てから湯を沸かすと、旅行中に来ていた服を洗濯機の中に移してコーヒーを淹れた。
どうやら失敗したようだ。
ミルクを一つ入れる。昔見た映画でミルクを入れないコーヒーは野蛮な飲み物だと言っていたのを思い出した。……いや、あれは紅茶だったかもしれない。記憶が曖昧だ。
スマホを手に取ってSNSを開くと、グループチャットに様々なメッセージが投稿されていた。百人分の言葉と写真の勢いは圧巻の一言だ。集合写真を見ようと指を動かすが、後から後から更新されてスクロールの速度に追いつけない。
諦めてスマホを手放した。きっと確認する方法はあるのだろうから、後でトラにでも訊いてみよう。
コーヒーを飲み、文庫本を読む。そんな時間が続いて、夢子は再び目を覚ました。
「おはよう」
「……あれ、お兄ちゃん」
それ、さっきも聞いたぞ。
やはり寝ぼけ眼で空中を見ている。
「なんか、いい夢を見たよ」
「そりゃよかったな」
文庫本を捲る。物語は既に佳境で、主人公がフィナーレを飾ろうと奮起するまさにその瞬間だった。
「ねえ」
「うん?」
コーヒーを飲む。
「変な質問なんだけどね、お兄ちゃん二回帰ってこなかった?」
確かに変な質問だな。
「一回しか帰ってきてないよ」
というか、それってどういう状況なんだ。
夢子は自分の口元に人差し指を当てて何かを考えているようだった。
「大丈夫か?」
「うん、多分大丈夫」
そういうと、彼女は立ち上がって洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨いた。
「こんな時間に寝てたら夜眠れなくなるんじゃないか?」
外はもう真っ暗だ。
「子供じゃないんだから大丈夫だよ」
お節介だっただろうか。変に気を使っても迷惑だろうから、俺は黙って物語に集中した。
……読み終えて本棚に戻す。これで通算五十冊目だ。ここにあるのは全て大学生になってから買ったものだから、俺の読書癖も中々板についてきたと言ってもいいだろう。
「どれが一番面白かったの?」
背表紙を眺めながら夢子が訊く。
「これかな」
ハードカバーの一冊を手に取る。それは、所謂短編集と言うやつだ。少し捻った結末のミステリー小説がいくつか掲載されている。ちなみに中古屋で三百円くらいで投げ売りされていたものだ。
この金のかからないところが、俺が読書を好きになった理由の一つでもある。
「ふーん、なんかいつも読んてるのと違うね」
いつもの、とはインターネットで検索すれば必ず出てくるような偉大な哲学書やビジネス本の事を言っているのだろう。
「でも面白いのはこっちだよ」
あれは読んでおいたほうが良い、と世間がいうから読んでいるだけだ。パロディも元ネタが分かった方が得すると思っているから、まずはそういう有名な本を読んでいる。
勉強でなくエンタメとして読むなら、俺はこれがいい。
手渡すと、夢子はその本を開いた。しばらくは立ったまま読んでいたが、気に入るところがあったのか炬燵に入ってそのまま動かなくなった。
やる事もなく、久しぶりのロードワークに出て帰ってきても夢子はまだそれを読んでいた。ページは残り半分ほど。
シャワーを浴びてラジオをつける。夢子が買ってきた料理雑誌を眺めながら、俺は流行りの音楽を聞いていた。
それから更に二時間後。
「面白かった」
読み終わったようだ。
「ならよかった」
夢子は本を棚に戻して欠伸をすると、何故か俺の胡座の上に座った。
彼女がそのまま寄りかかったから、俺は受け止めて体を支えた。
「ねえ」
前を向いたまま言う。
「さっきの夢の話、お兄ちゃんが私の事好きって……」
段々声が小さくなって、最後の方は微かに「言ってくれたんだけど」と聞こえたような気がする。
「急にどうした」
「その、えっとね……えへへ」
なんだこいつ。
「じ、実際に聞きたいなーって……」
最後の方の「思って」も耳を澄まさなければ聞き逃していただろう。
「何度も言うのは恥ずかしいんだけど」
というか、あれから何時間経ったと思ってるんですかね。
……。
「えっ?」
わざとらしい奴だなと思っていたが、どうやらその反応を見ると騙そうという気はないらしい。俺の妹は、本気で俺が告白するとは一切思っていなかったようだ。
「夢じゃないよ。確かに告白した」
飛び跳ねて立ち上がりこちらを向くと、夢子は手をわしゃわしゃ動かして口をパクパクしていた。
「ばっ、ばっ」
「ば?」
「ばか!あんなタイミングで言われてもわかるわけないでしょ!ばか!」
二回も言う必要があったか?
帰ったら一番に伝えてやれと言われてしまったから、俺は第一声をそれ以外考えてなかった。思い返すと確かに愚かだったが。
「人生で初めての告白だったんだ。許してくれ」
そう言うと、夢子は顔を赤くして床の上に正座して下を向いた。
「……あれ、お兄ちゃん」
しばらくして夢子が目を覚ました。相変わらず、寝起きはぼーっと空間を見ている。
「夢子、聞いてほしい」
目を擦りながら、小首を傾げる。
「好きです。恋人になってください」
瞬きを三回、夢子はまたちゃぶ台に伏せてしまった。俺はそれを見てから湯を沸かすと、旅行中に来ていた服を洗濯機の中に移してコーヒーを淹れた。
どうやら失敗したようだ。
ミルクを一つ入れる。昔見た映画でミルクを入れないコーヒーは野蛮な飲み物だと言っていたのを思い出した。……いや、あれは紅茶だったかもしれない。記憶が曖昧だ。
スマホを手に取ってSNSを開くと、グループチャットに様々なメッセージが投稿されていた。百人分の言葉と写真の勢いは圧巻の一言だ。集合写真を見ようと指を動かすが、後から後から更新されてスクロールの速度に追いつけない。
諦めてスマホを手放した。きっと確認する方法はあるのだろうから、後でトラにでも訊いてみよう。
コーヒーを飲み、文庫本を読む。そんな時間が続いて、夢子は再び目を覚ました。
「おはよう」
「……あれ、お兄ちゃん」
それ、さっきも聞いたぞ。
やはり寝ぼけ眼で空中を見ている。
「なんか、いい夢を見たよ」
「そりゃよかったな」
文庫本を捲る。物語は既に佳境で、主人公がフィナーレを飾ろうと奮起するまさにその瞬間だった。
「ねえ」
「うん?」
コーヒーを飲む。
「変な質問なんだけどね、お兄ちゃん二回帰ってこなかった?」
確かに変な質問だな。
「一回しか帰ってきてないよ」
というか、それってどういう状況なんだ。
夢子は自分の口元に人差し指を当てて何かを考えているようだった。
「大丈夫か?」
「うん、多分大丈夫」
そういうと、彼女は立ち上がって洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨いた。
「こんな時間に寝てたら夜眠れなくなるんじゃないか?」
外はもう真っ暗だ。
「子供じゃないんだから大丈夫だよ」
お節介だっただろうか。変に気を使っても迷惑だろうから、俺は黙って物語に集中した。
……読み終えて本棚に戻す。これで通算五十冊目だ。ここにあるのは全て大学生になってから買ったものだから、俺の読書癖も中々板についてきたと言ってもいいだろう。
「どれが一番面白かったの?」
背表紙を眺めながら夢子が訊く。
「これかな」
ハードカバーの一冊を手に取る。それは、所謂短編集と言うやつだ。少し捻った結末のミステリー小説がいくつか掲載されている。ちなみに中古屋で三百円くらいで投げ売りされていたものだ。
この金のかからないところが、俺が読書を好きになった理由の一つでもある。
「ふーん、なんかいつも読んてるのと違うね」
いつもの、とはインターネットで検索すれば必ず出てくるような偉大な哲学書やビジネス本の事を言っているのだろう。
「でも面白いのはこっちだよ」
あれは読んでおいたほうが良い、と世間がいうから読んでいるだけだ。パロディも元ネタが分かった方が得すると思っているから、まずはそういう有名な本を読んでいる。
勉強でなくエンタメとして読むなら、俺はこれがいい。
手渡すと、夢子はその本を開いた。しばらくは立ったまま読んでいたが、気に入るところがあったのか炬燵に入ってそのまま動かなくなった。
やる事もなく、久しぶりのロードワークに出て帰ってきても夢子はまだそれを読んでいた。ページは残り半分ほど。
シャワーを浴びてラジオをつける。夢子が買ってきた料理雑誌を眺めながら、俺は流行りの音楽を聞いていた。
それから更に二時間後。
「面白かった」
読み終わったようだ。
「ならよかった」
夢子は本を棚に戻して欠伸をすると、何故か俺の胡座の上に座った。
彼女がそのまま寄りかかったから、俺は受け止めて体を支えた。
「ねえ」
前を向いたまま言う。
「さっきの夢の話、お兄ちゃんが私の事好きって……」
段々声が小さくなって、最後の方は微かに「言ってくれたんだけど」と聞こえたような気がする。
「急にどうした」
「その、えっとね……えへへ」
なんだこいつ。
「じ、実際に聞きたいなーって……」
最後の方の「思って」も耳を澄まさなければ聞き逃していただろう。
「何度も言うのは恥ずかしいんだけど」
というか、あれから何時間経ったと思ってるんですかね。
……。
「えっ?」
わざとらしい奴だなと思っていたが、どうやらその反応を見ると騙そうという気はないらしい。俺の妹は、本気で俺が告白するとは一切思っていなかったようだ。
「夢じゃないよ。確かに告白した」
飛び跳ねて立ち上がりこちらを向くと、夢子は手をわしゃわしゃ動かして口をパクパクしていた。
「ばっ、ばっ」
「ば?」
「ばか!あんなタイミングで言われてもわかるわけないでしょ!ばか!」
二回も言う必要があったか?
帰ったら一番に伝えてやれと言われてしまったから、俺は第一声をそれ以外考えてなかった。思い返すと確かに愚かだったが。
「人生で初めての告白だったんだ。許してくれ」
そう言うと、夢子は顔を赤くして床の上に正座して下を向いた。
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