【R18】亡国の聖女は、魔王の最愛になりました。

白木ゆか

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プロローグ

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「やめてください……」

細い声が、冷たい石の床に落ちる。
後ずさる足が縺れ、聖女は逃げ場を失った場所で立ち尽くす。

「そんな顔をするな」

低く、愉しむような声が返る。
魔王は歩み寄り、怯える聖女の顎に指をかけて、無理やり顔を上げさせる。
いやいやと首を振っても、その指は離れない。

「生かしてやっている理由は、分かっているだろう」

嗤うような声に、聖女の肩が跳ねる。
抗おうと伸ばした手首は簡単に押さえられ、
逃げようとする動きは、距離を詰められることで封じられる。

涙が滲み、視界が揺れる。

「いや……」

それでも逆らえず、
聖女はただ、魔王の影に覆われていく――

そんな光景を、
人々は思い浮かべた。

魔王は、聖女を殺さなかった。
それが、すべての始まりだった。

神殿国家が滅びた夜、聖女もまた命を落としたものだと、人々は思っていた。
そうでなければおかしい。
魔王に捕らえられた聖女が、生きている理由などない。

だが、報せは違った。
聖女は殺されず、魔王の城へ連れ帰られたという。

「なぜ生かした」
「何のために」

答えはなかった。
だから、人々は言葉を重ねた。

旅の吟遊詩人は、怯える聖女と嗤う魔王を歌にし、
町を巡る劇団は、追い詰められる聖女と覆い被さる影を舞台に上げた。
酒場では、その続きを知っているかのような口調で、話が交わされた。

聖女は怯えているという。
視線を伏せ、声を震わせ、力も使えなくなっているという。
身の回りの世話は、魔王軍の女がしているらしい。

――ならば、そうなのだろう。
そうでなければ、説明がつかなかった。

その場面は、どこでも語られた。
違う町でも、違う声でも、内容だけは同じだった。

だから、助けなければならない。
そうでなければ、聖女は壊れてしまう。

それが正義であり、
それ以外の考え方は、語られることすらなかった。

ただ一つだけ、確かなことがある。
聖女は今も、魔王の城にいる。

そして人々は、
最初に思い浮かべたその光景を、
疑う理由を持たなかった。
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