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第1話 捕虜になった聖女
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夜は、妙に音が少なかった。
神殿国家が崩れたあと、ミレイアは瓦礫のそばに座り込んでいた。石の粉が膝に積もっても、払おうとは思わなかった。身体を動かすと、誰かに見つかる気がした。
祈りの言葉は浮かばない。
ずっと前から、そうだった。
聖女としてここに置かれていたが、救えたものは少ない。救えなかったものの方が多い。そのたびに、理由を問われ、叱られ、罰を与えられた。痛みは、いつの間にか数えなくなった。
足音が近づいたとき、ミレイアは反射的に身を縮めた。頭を抱え、背を丸める。そうしていれば、余計なことはされない。それを、身体が覚えている。
「……生きているな」
低い声が落ちた。人間のものではない。そう分かっただけで、胸が冷える。だが、続く言葉はなかった。
しばらくして、影が動く気配がする。逃げるような足音でも、囲むような気配でもない。ただ、待たれている。
「立てるか」
問いだった。
ミレイアはゆっくり顔を上げた。視界の端に、黒い外套が見える。武器は下ろされている。理由は分からない。
「……はい」
声は小さく、喉に引っかかった。それでも、立ち上がるときに腕を掴まれなかったことに、少しだけ戸惑う。
歩き出すと、足元が覚束ない。誰も急かさない。転んでも、引き起こされることはなかった。ただ、進む方向だけが示される。
焚き火の明かりが点々と見えてくる。知らない声、知らない匂い。怖さはあるが、怒鳴り声は飛ばない。視線は感じるが、石を投げられることもない。
天幕の前で足が止まった。
「連れてきたのね」
女の声だった。柔らかく、しかし近づきすぎない距離で。
紫の髪の魔族が、ミレイアを一瞥する。その目は、数を数えるようでも、値を測るようでもなかった。
「私はリリス。今日は休ませるわ」
理由の説明はない。聖女、とも呼ばれない。
中に入ると、寝台と水が置かれていた。それだけだが、汚れてはいない。ミレイアは立ったまま動かなかった。
「座っていいのよ」
そう言われても、すぐには腰を下ろせない。視線が床を彷徨う。
リリスはそれ以上何も言わず、外に出ていった。入口の布は閉じられないままだ。
しばらくしてから、ミレイアは寝台に腰を下ろした。身体が強張って、うまく息ができない。腕に残る痣が、灯りに照らされる。
隠そうとして、途中でやめた。隠したところで、何かが変わるわけではない。
ここは敵の陣だ。
それは間違いない。
それでも、今夜は殴られない。
理由は分からない。
分からないことが、眠りを遠ざけていた。
夜は、静かだった。
神殿国家が崩れたあと、ミレイアは瓦礫のそばに座り込んでいた。石の粉が膝に積もっても、払おうとは思わなかった。身体を動かすと、誰かに見つかる気がした。
祈りの言葉は浮かばない。
ずっと前から、そうだった。
聖女としてここに置かれていたが、救えたものは少ない。救えなかったものの方が多い。そのたびに、理由を問われ、叱られ、罰を与えられた。痛みは、いつの間にか数えなくなった。
足音が近づいたとき、ミレイアは反射的に身を縮めた。頭を抱え、背を丸める。そうしていれば、余計なことはされない。それを、身体が覚えている。
「……生きているな」
低い声が落ちた。人間のものではない。そう分かっただけで、胸が冷える。だが、続く言葉はなかった。
しばらくして、影が動く気配がする。逃げるような足音でも、囲むような気配でもない。ただ、待たれている。
「立てるか」
問いだった。
ミレイアはゆっくり顔を上げた。視界の端に、黒い外套が見える。武器は下ろされている。理由は分からない。
「……はい」
声は小さく、喉に引っかかった。それでも、立ち上がるときに腕を掴まれなかったことに、少しだけ戸惑う。
歩き出すと、足元が覚束ない。誰も急かさない。転んでも、引き起こされることはなかった。ただ、進む方向だけが示される。
焚き火の明かりが点々と見えてくる。知らない声、知らない匂い。怖さはあるが、怒鳴り声は飛ばない。視線は感じるが、石を投げられることもない。
天幕の前で足が止まった。
「連れてきたのね」
女の声だった。柔らかく、しかし近づきすぎない距離で。
紫の髪の魔族が、ミレイアを一瞥する。その目は、数を数えるようでも、値を測るようでもなかった。
「私はリリス。今日は休ませるわ」
理由の説明はない。聖女、とも呼ばれない。
中に入ると、寝台と水が置かれていた。それだけだが、汚れてはいない。ミレイアは立ったまま動かなかった。
「座っていいのよ」
そう言われても、すぐには腰を下ろせない。視線が床を彷徨う。
リリスはそれ以上何も言わず、外に出ていった。入口の布は閉じられないままだ。
しばらくしてから、ミレイアは寝台に腰を下ろした。身体が強張って、うまく息ができない。腕に残る痣が、灯りに照らされる。
隠そうとして、途中でやめた。隠したところで、何かが変わるわけではない。
ここは敵の陣だ。
それは間違いない。
それでも、今夜は殴られない。
理由は分からない。
分からないことが、眠りを遠ざけていた。
夜は、静かだった。
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