【R18】亡国の聖女は、魔王の最愛になりました。

白木ゆか

文字の大きさ
3 / 38

第2話 魔王との対話

しおりを挟む
朝は、天幕の外の気配で始まった。

布越しに人の行き来がある。足音は一定ではないが、乱れてもいない。ミレイアは目を開けたまま、天幕の縫い目を数えた。眠ったかどうかは分からない。体は重く、しかし痛みは増えていなかった。

入口が、少しだけ持ち上がる。

「起きてるわね」

リリスだった。昨夜と同じ声の高さ、同じ距離。盆の上に、水と簡単な食事が置かれる。差し出される前で止まり、選ぶのを待つ仕草。

ミレイアは一口飲んだ。

「今日は、人に会ってもらう」

理由は言われない。確認もない。ただ、そうなるという知らせ。

外に出ると、陣はもう動いていた。焚き火の匂い、低い声、金属の音。視線は集まるが、追ってこない。歩く間、誰にも触れられなかった。

奥へ進むにつれて、音が遠のく。天幕の前で、リリスが止まる。

「ここ」

中は簡素だった。机と椅子、広げられた地図。壁際に男が立っている。赤い瞳がこちらを向いた。

思っていたよりも、普通だ、とミレイアは一瞬思う。噂で聞いた姿と比べて、装いも態度も控えめだった。

「来てくれてありがとう」

声は低く、落ち着いている。怒鳴られもしなければ、試される気配もない。

ミレイアは立ったまま、動けなかった。膝を折る癖が出かけて、途中で止める。

「座って」

示された椅子は、近すぎない位置にある。

腰を下ろすと、視線が自然と床に落ちた。指先がわずかに震える。

「体調は」

短い問いだった。意味を広げない言い方。

「……問題ありません」

沈黙が続く。男は地図に目を落とし、何かを書き留めている。待たされている感じはない。ただ、時間が流れる。

ミレイアの方が、先に口を開いた。

「……なぜ」

一言だけだった。何を指すのか、自分でもはっきりしていない。

男はすぐに反応しなかった。ペンを置き、少しだけ視線を外す。

「何の、だろう」

問い返され、ミレイアは言葉に詰まる。喉が鳴る。

「……殺さなかったのか、と」

言ってから、足りない気がして続けた。

「……連れてきたのか、と」

男は小さく息を吐いた。否定でも肯定でもない。

「一つではない」

それだけ言って、少し間を置く。

「結果として、その方が人間が……」

言葉が途切れる。

「いや」

言い直しが入る。

「あなた一人ではなく、人間たちが、魔王軍を恐れるようになる」

説明は、そこで止まった。続きは出てこない。

ミレイアは顔を上げた。男の横顔を見る。表情は崩れないが、声は硬くない。噂で聞いた魔王より、ずっと静かだ。

怖い人だと思っていた。近づけば、何かを奪われるのだと。

だが、目の前の男は、距離を詰めてこない。視線も、押し付けてこない。

「……それだけ、ですか」

確かめるように言うと、男は首を振った。

「それだけではない」

しかし、続きを語らない。語らないこと自体が、選ばれているように見えた。

沈黙が戻る。

ミレイアは、男の手元を見る。武器は見当たらない。動きは最小限で、無駄がない。静かな所作が、かえって目を引いた。

噂の魔王より、思っていたよりも、ずっと普通で――

一瞬、そんな言葉が浮かび、すぐに打ち消す。普通、という言い方は違う。ただ、怖さの種類が違った。

「戻っていい」

区切りは短かった。

天幕を出ると、外の音が戻ってくる。リリスが少し離れたところで待っていた。

「どうだった?」

問いは軽い。

「……分かりません」

ミレイアはそう答えた。嘘ではない。

歩きながら、陣を見る。昨日と同じ景色。だが、どこか目が離せない。

怖さは、まだある。
それでも、思っていたよりも、ずっと静かで――
そのことが、別の違和感として胸に残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...