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第3話 魔王城
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天幕へ戻る途中、リリスは歩調を落とした。
先ほどまでの喧騒が、少しずつ背後へ遠ざかっていく。足音と声が混じる野営地の空気は、どこか湿っていて、ミレイアの喉に絡みつくようだった。
「このまま城へ戻るわ」
前触れなく告げられる。
ミレイアは立ち止まりそうになり、かろうじて足を動かした。城、という言葉が、頭の中で形を結ぶより先に、別の感覚が浮かぶ。神殿。閉じられた場所。逃げ場のない空間。
陣の奥へ進むと、簡素な転移陣が設えられていた。すでにアシュレイが立っている。こちらを見ているが、呼び寄せることはしない。
「……」
ミレイアは何も聞かれず、何も言わず、円の内側へ足を踏み入れた。
視界が揺れ、音が遠のく。身体が引き延ばされるような感覚のあと、硬い石の感触が足裏に戻ってきた。
空気が違う。
高い天井と、静かな廊下。足音が澄んで響く。野営地の匂いはなく、冷えた石と、ほのかな香が漂っていた。
魔王城だった。
アシュレイは周囲を一瞥すると、それ以上立ち止まらず、廊下の先へ歩いていく。
「部屋は用意してある」
それだけ言って、背中を向けた。
案内されたのは、城の一角にある部屋だった。広さはあるが、装飾は控えめで、誰かの気配は薄い。寝台と机、椅子が一脚。窓からは淡い光が差し込んでいる。
ミレイアは、部屋の中央で立ち尽くした。ここが与えられた場所なのか、ただ置かれた場所なのか、その違いが分からない。
「先に、湯を使うわ」
リリスが奥の扉を示す。
胸の奥が、ひくりと縮んだ。
神殿での記憶が、勝手に繋がる。役目の前に、整えられる時間。拒めない流れ。次に何が起きるのか、知らされないまま進められる工程。
浴室は部屋続きになっていた。石の床は温かく、湯気が静かに立ち上っている。
ミレイアは入口で立ち止まり、袖を掴んだ。震えが、脚から上がってくる。
リリスは棚を開き、布を取り出す。
「これ、着替え」
差し出された衣服は、柔らかな色合いだった。可愛らしい意匠で、飾りは控えめだが、丁寧に作られている。聖女の装束とはまるで違う。
「……」
言葉が出ない。
「せっかくなら、可愛いものが着たいでしょう?」
軽く言われただけだった。確認でも、命令でもない。
ミレイアは戸惑いながら、その服を受け取った。可愛い、という評価が自分に向けられること自体が、現実感を欠いている。
湯に足を入れると、熱が伝わり、思わず息が漏れた。肩まで沈むと、震えは消えないまま、少しだけ和らぐ。
リリスは洗うための準備をしながら、必要な距離を保っている。触れられる前から、身体が強張る。
整えられる。
着替えさせられる。
その先にあるものを、頭が勝手に想像してしまう。
魔王と、そういうことになるのだろうか。
否定する材料は、何もない。部屋を与えられ、湯を使わされ、可愛い服を選ばれた。その流れが、準備以外に見えなかった。
湯から上がり、衣服に袖を通す。柔らかな布が肌に触れる。鏡に映った自分は、見慣れない姿だった。
整えられた分だけ、想像が膨らむ。
夜になれば呼ばれるのではないか。
拒む余地はあるのか。
そもそも、拒むという選択肢が許されるのか。
部屋に一人残され、ミレイアは寝台に腰を下ろした。
安堵はなかった。
嫌な予感と、止めようのない想像だけが、静かな部屋に重く残っていた。
先ほどまでの喧騒が、少しずつ背後へ遠ざかっていく。足音と声が混じる野営地の空気は、どこか湿っていて、ミレイアの喉に絡みつくようだった。
「このまま城へ戻るわ」
前触れなく告げられる。
ミレイアは立ち止まりそうになり、かろうじて足を動かした。城、という言葉が、頭の中で形を結ぶより先に、別の感覚が浮かぶ。神殿。閉じられた場所。逃げ場のない空間。
陣の奥へ進むと、簡素な転移陣が設えられていた。すでにアシュレイが立っている。こちらを見ているが、呼び寄せることはしない。
「……」
ミレイアは何も聞かれず、何も言わず、円の内側へ足を踏み入れた。
視界が揺れ、音が遠のく。身体が引き延ばされるような感覚のあと、硬い石の感触が足裏に戻ってきた。
空気が違う。
高い天井と、静かな廊下。足音が澄んで響く。野営地の匂いはなく、冷えた石と、ほのかな香が漂っていた。
魔王城だった。
アシュレイは周囲を一瞥すると、それ以上立ち止まらず、廊下の先へ歩いていく。
「部屋は用意してある」
それだけ言って、背中を向けた。
案内されたのは、城の一角にある部屋だった。広さはあるが、装飾は控えめで、誰かの気配は薄い。寝台と机、椅子が一脚。窓からは淡い光が差し込んでいる。
ミレイアは、部屋の中央で立ち尽くした。ここが与えられた場所なのか、ただ置かれた場所なのか、その違いが分からない。
「先に、湯を使うわ」
リリスが奥の扉を示す。
胸の奥が、ひくりと縮んだ。
神殿での記憶が、勝手に繋がる。役目の前に、整えられる時間。拒めない流れ。次に何が起きるのか、知らされないまま進められる工程。
浴室は部屋続きになっていた。石の床は温かく、湯気が静かに立ち上っている。
ミレイアは入口で立ち止まり、袖を掴んだ。震えが、脚から上がってくる。
リリスは棚を開き、布を取り出す。
「これ、着替え」
差し出された衣服は、柔らかな色合いだった。可愛らしい意匠で、飾りは控えめだが、丁寧に作られている。聖女の装束とはまるで違う。
「……」
言葉が出ない。
「せっかくなら、可愛いものが着たいでしょう?」
軽く言われただけだった。確認でも、命令でもない。
ミレイアは戸惑いながら、その服を受け取った。可愛い、という評価が自分に向けられること自体が、現実感を欠いている。
湯に足を入れると、熱が伝わり、思わず息が漏れた。肩まで沈むと、震えは消えないまま、少しだけ和らぐ。
リリスは洗うための準備をしながら、必要な距離を保っている。触れられる前から、身体が強張る。
整えられる。
着替えさせられる。
その先にあるものを、頭が勝手に想像してしまう。
魔王と、そういうことになるのだろうか。
否定する材料は、何もない。部屋を与えられ、湯を使わされ、可愛い服を選ばれた。その流れが、準備以外に見えなかった。
湯から上がり、衣服に袖を通す。柔らかな布が肌に触れる。鏡に映った自分は、見慣れない姿だった。
整えられた分だけ、想像が膨らむ。
夜になれば呼ばれるのではないか。
拒む余地はあるのか。
そもそも、拒むという選択肢が許されるのか。
部屋に一人残され、ミレイアは寝台に腰を下ろした。
安堵はなかった。
嫌な予感と、止めようのない想像だけが、静かな部屋に重く残っていた。
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