【R18】亡国の聖女は、魔王の最愛になりました。

白木ゆか

文字の大きさ
5 / 38

第4話 初夜

しおりを挟む
夜は、音を吸い込んだように静かだった。

与えられた部屋の灯りは落とされ、窓の外から淡い月明かりが差し込んでいる。ミレイアは寝台の端に腰を下ろしたまま、身動きが取れずにいた。可愛らしい衣服は、肌に柔らかく触れるたびに存在を主張する。整えられたこと自体が、合図のように思えてならなかった。

扉の向こうで、控えめな足音が止まる。

ノックはない。静かに扉が開き、男が入ってくる。

魔王アシュレイだった。

昼に見たときと変わらない装い。武器は持っていない。視線がミレイアに向いた瞬間、ほんの一拍、瞬きがあった。

「……」

言葉が出かけて、止まる。

アシュレイは視線を逸らし、天井を見上げるように息を吐いた。

「リリス……、そうだな。あいつはサキュバスだった」

呟くような声だった。責める調子でも、苛立ちでもない。ただ、状況を理解しただけの声音。

ミレイアは何も言えず、両手を膝の上で握った。胸の奥にあった嫌な予感は、まだ形を変えずに残っている。

アシュレイは一度、部屋を見回し、それから小さな包みを取り出した。

「……腹は、空いていないか」

問いは短く、探るようでもない。

ミレイアは、すぐに答えられなかった。空腹という感覚そのものが、久しく曖昧だったからだ。ただ、包みから漂ってくる匂いに、喉がわずかに鳴った。

アシュレイはそれを見て、寝台から少し距離を取った位置に包みを置いた。

「軽いものだ。無理なら、残して構わない」

そう言ってから、少し間を置く。

「今日は、移動もあった」

理由付けのようでいて、弁解にはならない言い方だった。

ミレイアは恐る恐る包みを開いた。中には、柔らかそうなパンと、温かさの残る簡単な料理が入っている。見ただけで、神殿で与えられていたものとは違うと分かった。

一口、口に運ぶ。

思わず、動きが止まった。

「……美味しい……」

声は、ほとんど漏れたようなものだった。

自分で言ってから、驚く。味を感じたのは久しぶりだった。神殿では、栄養を保つための食事はあっても、味を楽しむものではなかった。冷えた粥や、乾いたパンを急かされるように口に押し込むだけの日が続いていた。

二口目は、少し早くなる。噛むたびに、温かさが身体に落ちていく。

アシュレイはその様子を見ていなかった。ソファの方へ向かい、腰を下ろす。脇に置かれていた本を手に取った。

「同じ部屋で一夜を過ごした、という事実があればいい」

淡々とした声が、背を向けたまま落ちる。

「それ以上のことは、必要ない」

ミレイアは食事の手を止め、顔を上げた。

「……あの」

呼び止めるつもりはなかった。だが、声は自然に出た。

アシュレイは振り返り、こちらを見る。距離は保たれたままだ。

「アシュレイだ」

名乗りは短い。

「君の名前は」

「……ミレイア、です」

聖女、と続けなくていいことに、ほんのわずかな違和感が残る。

アシュレイは頷いた。

「ミレイア」

名前を呼ばれただけだった。それ以上の意味は添えられない。

「ベッドを使ってくれ」

そう言ってから、付け加える。

「無理に眠らなくていい」

アシュレイは本を開く。紙をめくる音が、静かな部屋に響いた。

ミレイアは残りをゆっくりと食べ終え、包みを畳んだ。胸の奥に、重さとは違う感覚が残る。満たされた、というより、思い出してしまった、という感覚に近い。

寝台に横になると、布が柔らかく身体を包む。背後から近づく気配はない。

視界の端で、アシュレイが本に目を落としている。ページをめくる音が、一定の間隔で続く。

想像していた夜とは、あまりにも違っていた。触れられない。命じられない。視線すら、押し付けられない。

それでも、緊張は解けない。何も起こらないこと自体が、次を想像させてしまう。

やがて、眠気が静かに忍び寄る。意識が途切れる直前、ページを閉じる音がした。

「……おやすみ」

小さな声だった。

返事をする余裕はなく、ミレイアはそのまま眠りに落ちた。

夜は、何も起こさずに過ぎていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...