【R18】亡国の聖女は、魔王の最愛になりました。

白木ゆか

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第5話 魔王の命令

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朝は、思いのほか静かに訪れた。

目を開けた瞬間、何も起こらなかったことを思い出す。

寝台から身を起こすと、身体は昨日より軽い。痛みは引き、熱もない。けれど、落ち着かない。何もされなかったことが、予想外すぎて、どう受け取ればいいのか分からない。

扉がノックされる。

控えめな音。

「……入る」

アシュレイの声だった。

扉が開き、昨日と同じ装いのままの彼が姿を見せる。夜と違い、窓からの光が輪郭をはっきりさせている。特別な変化はない。ただ、そこにいる。

「おはよう」

自然な言葉だった。

ミレイアは、一瞬、言葉を失った。挨拶を返す、という行為自体が、頭から抜け落ちていた。

「……おはよう、ございます」

声が遅れて出る。言ってから、胸の奥がざわついた。誰かに朝の挨拶をしたのは、いつぶりだろう。神殿では、時間は鐘で区切られても、言葉は交わされなかった。

アシュレイはその様子を気に留めるでもなく、後ろに下がり、盆を示した。

「朝食を持ってきた」

部屋の簡素な机に、温かい湯気の立つ皿が置かれる。パンと、野菜を煮たもの。昨日の軽食より、少し量がある。

ミレイアは席につき、恐る恐る口に運んだ。噛むたびに、胃が目を覚ますような感覚がある。味を確かめる余裕が、少しずつ戻ってくる。

アシュレイは向かいの椅子に腰を下ろさず、壁際に立ったまま、しばらくミレイアを眺めていた。視線は鋭くない。測るようでもない。ただ、確認するような目。

「食べて、眠って」

静かな声が落ちる。

「身体を回復させなさい」

ミレイアは、思わず箸を止めた。

「……食べて、眠って……」

言葉を、そのまま復唱してしまう。

アシュレイは一瞬、目を瞬かせたあと、ほんの少しだけ口元を緩めた。笑った、と言うには控えめな変化だったが、確かに柔らかい。

「それでいい」

その様子が、あまりに普通で、ミレイアは困惑した。魔王という存在に結びつけてきた姿とは、どこかずれている。命令でもなく、期待でもなく、ただの指示。

食事を終えても、何も起こらない。次の役目を告げられることも、立ち上がるよう促されることもない。

沈黙が落ちる。

ミレイアは、ようやく気づく。

何もされないことが、一番怖いのだと。

罰も、役目も、命令もない。だから次に何が来るのか分からない。準備も、覚悟も、持ちようがない。

「……あの」

声を出してみるが、続きが見つからない。

アシュレイは視線を向ける。

「今は、それだけでいい」

言い切る調子ではない。ただ、区切りを置くように。

「必要なら、また話そう」

扉へ向かいながら、そう告げる。

部屋に一人残され、ミレイアは椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。

食べて、眠って、回復する。

その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

それが許される場所にいることが、信じきれずにいた。
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