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第7話 リリスの息抜き
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城の中でも、言葉は勝手に形を変えていた。
ミレイアは与えられた部屋から出ることがほとんどない。廊下を歩くことも、城内を見て回ることも許されていなかった。扉の外に気配があれば、それだけで背筋が強張る。ここは安全だと、誰もが言う。だが、その言葉を信じ切れるほど、彼女はまだ慣れていなかった。
扉が軽く叩かれる。
「失礼しまーす」
返事を待たずに入ってきたのは、リリスだった。両腕いっぱいに布包みを抱えている。
「今日はね、完全に私の息抜き」
そう前置きして、勝手に部屋の中央を占領する。
「仕事が大変すぎてさ。こういうことしてないと、やってられないのよ」
布包みが解かれ、色とりどりの衣服が広げられる。柔らかな布、淡い色合い。どれも実用よりも、見た目を優先したものだった。
「ほら。せっかくだから、可愛いの着たいでしょ?」
問いかけは軽いが、断る余地はない。ミレイアは小さく頷き、立ち上がった。
「それにしても」
衣服を選びながら、リリスが続ける。
「アシュレイってば、意外と一途なのね。私にちっとも手を出してくれなかったのに!」
笑い混じりの声だった。からかう調子で、悪意はない。
「魔王の寵愛、ってやつ? 城の中でも、そういう話になってるわよ」
ミレイアは何も言えず、袖を通されるまま、次々と着替えさせられる。鏡の前で向きを変えられ、紐を結ばれ、裾を整えられる。
「うん、こっちもいい。あ、色変えてみよ」
頬に指が触れ、髪が梳かれる。粉を軽く乗せられ、唇に色が足される。作業は手慣れていて、無駄がない。
やがて、椅子に座らされる。
「ちょっと肩、触るわよ」
断る前に、両手が肩に置かれた。指が筋を探るように動き、ゆっくりと力が加わる。
「……っ」
思わず、小さな声が漏れる。
「力、抜いて。ほら」
言われるままに息を吐くと、指が深く入る。凝り固まった部分を押され、喉の奥から熱を含んだ息がこぼれた。
「……あ……」
自覚のない声だった。艶を帯びた音に、自分で驚く。
「そんな声出るのね」
リリスは楽しそうに笑い、指の動きを緩めない。
「ほら、こっちも」
肩から首筋へ。少し触れられるだけで、身体が正直に反応する。ミレイアは視線を伏せ、唇を噛んだ。
「……ん……」
抑えようとしても、声は完全には消えなかった。
そのとき、扉の外で足音が止まる。
「……リリス」
低い声が、静かに割り込んだ。
振り返ると、アシュレイが立っている。状況を一目見て、軽く眉を動かした。
「声だけ聞くと、いかがわしいことをしているみたいだぞ」
責めるでもなく、淡々とした指摘だった。
リリスは一瞬きょとんとし、それから声を上げて笑う。
「なにそれ。アシュレイったら、ヤキモチ?」
さらに楽しそうに手を離す。
「ほら、楽しくなっちゃう!」
ぱん、と手を打ち、
「続きはまたね。私は仕事戻るから。楽しんで!」
そう言い残して、軽やかに出ていった。
部屋に残った静けさが、急に濃くなる。
ミレイアは整えられた衣服のまま立ち尽くし、鏡に映る自分を見た。見慣れない姿だが、不快ではない。ただ、落ち着かない。
何か、リリスに勘違いされている気がする。
考えかけたところで、アシュレイが近づき、小さな包みを差し出した。
「軽食だ」
短い言葉。
受け取ると、温かさが掌に伝わる。香りに、自然と喉が鳴った。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、包みを開く。口に運ぶと、思考が途切れる。味が、はっきりしていた。
アシュレイはそれを確認すると、距離を保ったままソファへ向かう。
ミレイアは食べながら、胸に残った違和感を、ひとまず脇に置いた。
今は、それでよかった。
ミレイアは与えられた部屋から出ることがほとんどない。廊下を歩くことも、城内を見て回ることも許されていなかった。扉の外に気配があれば、それだけで背筋が強張る。ここは安全だと、誰もが言う。だが、その言葉を信じ切れるほど、彼女はまだ慣れていなかった。
扉が軽く叩かれる。
「失礼しまーす」
返事を待たずに入ってきたのは、リリスだった。両腕いっぱいに布包みを抱えている。
「今日はね、完全に私の息抜き」
そう前置きして、勝手に部屋の中央を占領する。
「仕事が大変すぎてさ。こういうことしてないと、やってられないのよ」
布包みが解かれ、色とりどりの衣服が広げられる。柔らかな布、淡い色合い。どれも実用よりも、見た目を優先したものだった。
「ほら。せっかくだから、可愛いの着たいでしょ?」
問いかけは軽いが、断る余地はない。ミレイアは小さく頷き、立ち上がった。
「それにしても」
衣服を選びながら、リリスが続ける。
「アシュレイってば、意外と一途なのね。私にちっとも手を出してくれなかったのに!」
笑い混じりの声だった。からかう調子で、悪意はない。
「魔王の寵愛、ってやつ? 城の中でも、そういう話になってるわよ」
ミレイアは何も言えず、袖を通されるまま、次々と着替えさせられる。鏡の前で向きを変えられ、紐を結ばれ、裾を整えられる。
「うん、こっちもいい。あ、色変えてみよ」
頬に指が触れ、髪が梳かれる。粉を軽く乗せられ、唇に色が足される。作業は手慣れていて、無駄がない。
やがて、椅子に座らされる。
「ちょっと肩、触るわよ」
断る前に、両手が肩に置かれた。指が筋を探るように動き、ゆっくりと力が加わる。
「……っ」
思わず、小さな声が漏れる。
「力、抜いて。ほら」
言われるままに息を吐くと、指が深く入る。凝り固まった部分を押され、喉の奥から熱を含んだ息がこぼれた。
「……あ……」
自覚のない声だった。艶を帯びた音に、自分で驚く。
「そんな声出るのね」
リリスは楽しそうに笑い、指の動きを緩めない。
「ほら、こっちも」
肩から首筋へ。少し触れられるだけで、身体が正直に反応する。ミレイアは視線を伏せ、唇を噛んだ。
「……ん……」
抑えようとしても、声は完全には消えなかった。
そのとき、扉の外で足音が止まる。
「……リリス」
低い声が、静かに割り込んだ。
振り返ると、アシュレイが立っている。状況を一目見て、軽く眉を動かした。
「声だけ聞くと、いかがわしいことをしているみたいだぞ」
責めるでもなく、淡々とした指摘だった。
リリスは一瞬きょとんとし、それから声を上げて笑う。
「なにそれ。アシュレイったら、ヤキモチ?」
さらに楽しそうに手を離す。
「ほら、楽しくなっちゃう!」
ぱん、と手を打ち、
「続きはまたね。私は仕事戻るから。楽しんで!」
そう言い残して、軽やかに出ていった。
部屋に残った静けさが、急に濃くなる。
ミレイアは整えられた衣服のまま立ち尽くし、鏡に映る自分を見た。見慣れない姿だが、不快ではない。ただ、落ち着かない。
何か、リリスに勘違いされている気がする。
考えかけたところで、アシュレイが近づき、小さな包みを差し出した。
「軽食だ」
短い言葉。
受け取ると、温かさが掌に伝わる。香りに、自然と喉が鳴った。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、包みを開く。口に運ぶと、思考が途切れる。味が、はっきりしていた。
アシュレイはそれを確認すると、距離を保ったままソファへ向かう。
ミレイアは食べながら、胸に残った違和感を、ひとまず脇に置いた。
今は、それでよかった。
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