15 / 38
第14話 魔王の理由
しおりを挟む
夜更け、寝室の扉が静かに開いた。
ミレイアは、灯りを落としたままベッドに腰掛けていた。防衛体制に入ってから、夜は浅い。眠ろうとしても、思考が先に動いてしまう。
足音が止まる。
「起きていたか」
低い声だった。近すぎない距離で、アシュレイが立っている。
「……はい」
ミレイアは頷いた。理由もなく、声は少しだけ小さくなる。
アシュレイはソファに向かうかと思いきや、今日は椅子を引いた。ベッド脇に腰を下ろし、肘を膝に置く。灯りは点けない。影の中で、輪郭だけが見える。
「防衛体制に入った」
報告のように言う。
「驚かせたなら、すまない」
ミレイアは首を振った。
「……聞いていました」
短い沈黙が落ちる。城は動いているはずなのに、この部屋だけが切り離されたように静かだ。
ミレイアは、少しだけ間を取ってから口を開いた。
「……戦うんですか」
問いは、責める調子ではなかった。
アシュレイはすぐに答えない。視線を落とし、言葉を選ぶ。
「あぁ。だが、人間を滅ぼしたいわけではない」
はっきりした否定だった。
ミレイアはこれまで魔王軍がなぜ進軍してくるのか、理由を考えたことすらなかった。
「では、なぜ……」
「勢力圏の調整が目的だ」
「……調整」
「拡がりすぎた領域を、押し返す。魔族と魔物が生きられる線まで」
声は淡々としている。怒りも、熱もない。
「聖女制度も、乱用され過ぎだ。今回の進軍目的、その一つだ」
ミレイアの指先が、布を掴む。
「……私も、ですか」
アシュレイは否定も肯定もしなかった。
一拍置く。
「だが、君を単に制度を止めるための道具として扱うつもりはない」
ミレイアは顔を上げた。影の中の瞳が、こちらを見ている。押し付けるような視線ではない。ただ、逃げ道を残している。
「……人間から見れば」
言葉を選びながら続ける。
「あなたは、悪です」
「承知している」
即答だった。
「恐れられる役は、必要だ」
「……だから、私を」
言いかけて止まる。
アシュレイは遮らない。
「利用している、と言われれば否定はできない」
静かな声だった。
「だが、選択を奪う気はない」
ミレイアは、しばらく黙っていた。
「……ここに来てから」
ようやく言葉が出る。
「私は、何も求められていません」
アシュレイは動かない。
「祈れとも、救えとも」
ミレイアは視線を落とす。
「それが……分からなくて」
沈黙が、肯定の代わりに続く。
「役割がなければ、不安になるか」
問いは、静かだった。
「……少し」
正直な答えだった。
「だけど」
ミレイアは息を吸う。
「戻りたいとは、思いません」
言葉にした瞬間、胸が軽くなる。
アシュレイは、すぐには反応しなかった。しばらくして、低く言う。
「それでいい」
短い言葉だった。
「もう少し……必要な状況が作れたら解放する。だから、ここでは、役割ではない今後の生き方を選べ」
命令ではない。
ミレイアは、布の端を握ったまま、ふと口を開く。
「……今日は、忙しかったんですか」
問いは、思ったより柔らかくなった。
「少しな」
それだけ答えて、アシュレイは視線を逸らす。
「……寂しかったです」
自分でも驚くほど、素直な声だった。
一瞬、空気が止まる。
アシュレイは小さく息を吐いた。
「そうか」
それ以上、何も言わない。
だが、立ち上がらない。
椅子に座ったまま、距離を保ち続ける。
その沈黙が、拒絶ではないことを、ミレイアは感じ取った。
「……今日は」
小さく言う。
「ここに、いてくれますか」
アシュレイは、少しだけ考える素振りを見せてから頷いた。
「眠るまでなら」
それで十分だった。
ミレイアは横になり、目を閉じる。
世界の理由は、まだ複雑だ。戦争も、恐怖も、消えない。
それでも今夜は、同じ空間に誰かがいる。
その事実が、静かに心を支えていた。
ミレイアは、灯りを落としたままベッドに腰掛けていた。防衛体制に入ってから、夜は浅い。眠ろうとしても、思考が先に動いてしまう。
足音が止まる。
「起きていたか」
低い声だった。近すぎない距離で、アシュレイが立っている。
「……はい」
ミレイアは頷いた。理由もなく、声は少しだけ小さくなる。
アシュレイはソファに向かうかと思いきや、今日は椅子を引いた。ベッド脇に腰を下ろし、肘を膝に置く。灯りは点けない。影の中で、輪郭だけが見える。
「防衛体制に入った」
報告のように言う。
「驚かせたなら、すまない」
ミレイアは首を振った。
「……聞いていました」
短い沈黙が落ちる。城は動いているはずなのに、この部屋だけが切り離されたように静かだ。
ミレイアは、少しだけ間を取ってから口を開いた。
「……戦うんですか」
問いは、責める調子ではなかった。
アシュレイはすぐに答えない。視線を落とし、言葉を選ぶ。
「あぁ。だが、人間を滅ぼしたいわけではない」
はっきりした否定だった。
ミレイアはこれまで魔王軍がなぜ進軍してくるのか、理由を考えたことすらなかった。
「では、なぜ……」
「勢力圏の調整が目的だ」
「……調整」
「拡がりすぎた領域を、押し返す。魔族と魔物が生きられる線まで」
声は淡々としている。怒りも、熱もない。
「聖女制度も、乱用され過ぎだ。今回の進軍目的、その一つだ」
ミレイアの指先が、布を掴む。
「……私も、ですか」
アシュレイは否定も肯定もしなかった。
一拍置く。
「だが、君を単に制度を止めるための道具として扱うつもりはない」
ミレイアは顔を上げた。影の中の瞳が、こちらを見ている。押し付けるような視線ではない。ただ、逃げ道を残している。
「……人間から見れば」
言葉を選びながら続ける。
「あなたは、悪です」
「承知している」
即答だった。
「恐れられる役は、必要だ」
「……だから、私を」
言いかけて止まる。
アシュレイは遮らない。
「利用している、と言われれば否定はできない」
静かな声だった。
「だが、選択を奪う気はない」
ミレイアは、しばらく黙っていた。
「……ここに来てから」
ようやく言葉が出る。
「私は、何も求められていません」
アシュレイは動かない。
「祈れとも、救えとも」
ミレイアは視線を落とす。
「それが……分からなくて」
沈黙が、肯定の代わりに続く。
「役割がなければ、不安になるか」
問いは、静かだった。
「……少し」
正直な答えだった。
「だけど」
ミレイアは息を吸う。
「戻りたいとは、思いません」
言葉にした瞬間、胸が軽くなる。
アシュレイは、すぐには反応しなかった。しばらくして、低く言う。
「それでいい」
短い言葉だった。
「もう少し……必要な状況が作れたら解放する。だから、ここでは、役割ではない今後の生き方を選べ」
命令ではない。
ミレイアは、布の端を握ったまま、ふと口を開く。
「……今日は、忙しかったんですか」
問いは、思ったより柔らかくなった。
「少しな」
それだけ答えて、アシュレイは視線を逸らす。
「……寂しかったです」
自分でも驚くほど、素直な声だった。
一瞬、空気が止まる。
アシュレイは小さく息を吐いた。
「そうか」
それ以上、何も言わない。
だが、立ち上がらない。
椅子に座ったまま、距離を保ち続ける。
その沈黙が、拒絶ではないことを、ミレイアは感じ取った。
「……今日は」
小さく言う。
「ここに、いてくれますか」
アシュレイは、少しだけ考える素振りを見せてから頷いた。
「眠るまでなら」
それで十分だった。
ミレイアは横になり、目を閉じる。
世界の理由は、まだ複雑だ。戦争も、恐怖も、消えない。
それでも今夜は、同じ空間に誰かがいる。
その事実が、静かに心を支えていた。
1
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる