36 / 38
番外編 お忍びデート③
しおりを挟む
酒場の一角は、まだざわめきの余韻を引きずっていた。
拍手と笑い声が混じり、杯を打ち鳴らす音が床を伝う。
舞台の幕は下りたが、興奮だけは残されたままだった。
ミレイアが椅子から立ち上がろうとした、その手を引いたのはアシュレイだった。
「……行こう」
短い言葉。
問いではなく、促しでもなく、ただの合図。
ミレイアは小さく頷き、彼の後について歩き出す。
酒場と宿屋が一体になった建物は、奥へ進むほどに照明が落ち、空気が変わっていく。
途中、階段の脇で、扉が半分だけ開いた部屋があった。
そこから、抑えきれない声が漏れている。
息を吸う音。
低く、掠れた声。
言葉にならない音が、壁越しに滲み出してくる。
ミレイアは、思わず視線を伏せた。
こんなふうに、消費されているのだ。
欲望が、簡単に、軽やかに。
そう思った瞬間、胸の奥がひくりと揺れた。
嫌悪ではなかった。
むしろ、熱。
自分の内側にも、同じものがあることを、否応なく意識させられる。
足取りが、わずかに乱れる。
アシュレイは何も言わない。
ただ、手を離さない。
廊下の奥。
今日泊まると決めていた部屋の前で、彼は立ち止まった。
鍵を開ける音が、やけに大きく響く。
扉が開いた瞬間、ミレイアは中へと引き込まれた。
扉が閉まった次の瞬間、距離は失われていた。
背に扉の感触が走り、逃げ場を塞ぐように、アシュレイの腕が伸びる。
ミレイアが息を吸うより先に、唇が塞がれた。
深い。
噛みつくような
ただ、迷いなく、奥まで求めるキスだった。
「……っ……」
小さく漏れた声が、口内で溶ける。
唇が離れないまま、息だけが乱れていく。
ミレイアは、そっと目を開いた。
至近距離にある赤い瞳。
そこに映るのは、いつもの静けさではなかった。
抑え込まれた熱。
理性の奥で、確かに息づいている獣じみた欲望。
それを、見てしまった。
胸の奥が、きゅっと縮む。
身体の内側が、熱を持って疼き出す。
「……アシュ……」
名を呼ぼうとして、声が掠れた。
返事は、なかった。
代わりに、キスが深くなる。
腰に回された手が、強く引き寄せる。
身体が密着し、布越しに温度が伝わってくる。
逃げようとしたわけではない。
それでも、足がもつれて、二人はそのまま体勢を崩した。
視界が回り、背中に柔らかな感触。
天蓋の影が揺れる。
ベッドだった。
ミレイアは息を整える暇もなく、再び唇を奪われる。
今度は、先ほどよりもゆっくりと、確かめるように。
「……ミレイア」
低く、名前だけが落とされた。
それだけで、胸が震える。
返事をしようと口を開いた瞬間、再び唇が重なる。
言葉は必要ない、と言われているみたいだった。
指先が、そっと髪に触れる。
絡め取るように、しかし強くは引かない。
逃がさないが、縛らない。
その距離感が、余計に熱を煽った。
ミレイアは、アシュレイの胸元に手を置いた。
押し返すためではなく、そこに確かにいることを確かめるために。
心臓の音が、指先に伝わる。
早い。
自分と、同じだった。
その事実に、胸の奥が甘く疼く。
キスが、ゆっくりと離れる。
額が触れ合う距離で、二人は短く息を交わした。
続きは、言葉にしなくても分かっていた。
夜は、まだ長い。
拍手と笑い声が混じり、杯を打ち鳴らす音が床を伝う。
舞台の幕は下りたが、興奮だけは残されたままだった。
ミレイアが椅子から立ち上がろうとした、その手を引いたのはアシュレイだった。
「……行こう」
短い言葉。
問いではなく、促しでもなく、ただの合図。
ミレイアは小さく頷き、彼の後について歩き出す。
酒場と宿屋が一体になった建物は、奥へ進むほどに照明が落ち、空気が変わっていく。
途中、階段の脇で、扉が半分だけ開いた部屋があった。
そこから、抑えきれない声が漏れている。
息を吸う音。
低く、掠れた声。
言葉にならない音が、壁越しに滲み出してくる。
ミレイアは、思わず視線を伏せた。
こんなふうに、消費されているのだ。
欲望が、簡単に、軽やかに。
そう思った瞬間、胸の奥がひくりと揺れた。
嫌悪ではなかった。
むしろ、熱。
自分の内側にも、同じものがあることを、否応なく意識させられる。
足取りが、わずかに乱れる。
アシュレイは何も言わない。
ただ、手を離さない。
廊下の奥。
今日泊まると決めていた部屋の前で、彼は立ち止まった。
鍵を開ける音が、やけに大きく響く。
扉が開いた瞬間、ミレイアは中へと引き込まれた。
扉が閉まった次の瞬間、距離は失われていた。
背に扉の感触が走り、逃げ場を塞ぐように、アシュレイの腕が伸びる。
ミレイアが息を吸うより先に、唇が塞がれた。
深い。
噛みつくような
ただ、迷いなく、奥まで求めるキスだった。
「……っ……」
小さく漏れた声が、口内で溶ける。
唇が離れないまま、息だけが乱れていく。
ミレイアは、そっと目を開いた。
至近距離にある赤い瞳。
そこに映るのは、いつもの静けさではなかった。
抑え込まれた熱。
理性の奥で、確かに息づいている獣じみた欲望。
それを、見てしまった。
胸の奥が、きゅっと縮む。
身体の内側が、熱を持って疼き出す。
「……アシュ……」
名を呼ぼうとして、声が掠れた。
返事は、なかった。
代わりに、キスが深くなる。
腰に回された手が、強く引き寄せる。
身体が密着し、布越しに温度が伝わってくる。
逃げようとしたわけではない。
それでも、足がもつれて、二人はそのまま体勢を崩した。
視界が回り、背中に柔らかな感触。
天蓋の影が揺れる。
ベッドだった。
ミレイアは息を整える暇もなく、再び唇を奪われる。
今度は、先ほどよりもゆっくりと、確かめるように。
「……ミレイア」
低く、名前だけが落とされた。
それだけで、胸が震える。
返事をしようと口を開いた瞬間、再び唇が重なる。
言葉は必要ない、と言われているみたいだった。
指先が、そっと髪に触れる。
絡め取るように、しかし強くは引かない。
逃がさないが、縛らない。
その距離感が、余計に熱を煽った。
ミレイアは、アシュレイの胸元に手を置いた。
押し返すためではなく、そこに確かにいることを確かめるために。
心臓の音が、指先に伝わる。
早い。
自分と、同じだった。
その事実に、胸の奥が甘く疼く。
キスが、ゆっくりと離れる。
額が触れ合う距離で、二人は短く息を交わした。
続きは、言葉にしなくても分かっていた。
夜は、まだ長い。
1
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる