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遊撃部隊入隊編
六話
しおりを挟む茜色の夕日が差し込む中、洋助と雪は帰路に着く。
「巴流も今は現代力学や他の流派の動きを取り入れて、原点とは違った太刀筋になっているから、一概に皆同じ動きとは言えないんだ」
「…そういえば茜先生の巴流は、雪とはまた違った動きだったな…」
「茜さんの巴流は例外的というか…、実戦向きというか…、我流の動きが多いかな」
「剣戟の合間に肉弾戦が多かったからなぁ…」
しみじみと茜との鍛錬を思い出す、いや、鍛錬と言うにはあまりにも一方的に叩きのめされた思い出。
脳裏に刻まれた痛みを思い出し、若干顔が引きつりつつも洋助は雪の実家に向かう。
「しかし、本部から結構近い位置に実家があるんだな」
「おじいちゃ…、宗一郎さんが本部の剣術指南役として出勤してるから、それに数少ない大厄撃破者として有事の際には戦闘に参加する意思があるみたいで…」
「凄いな…流石に数々の二つ名があるだけあるな」
「家では寡黙な人なんだけどね、私から見たら普通のおじいちゃんだよ」
「生きる伝説も孫の前ではそんなものか」
お互いに顔を見合わせて小さく笑う、と、同時に照れる。
誤魔化す様に雪は話題を切り替え、頬の赤さを夕日に重ねる。
「あ、うちの家見えてきたよ」
「…え?」
指差された場所をなぞった目線の先に、大きな木造の家屋が見えてくる。
それを囲む塀も立派な造りであり、古風でありながら伝統的な日本家屋がそこにはあった。
「なかなか大きなおうちだね…」
「そうかな?自分の家だからあんまりそう感じたことないな…」
「その台詞はお嬢様の言葉だよ、雪…」
お嬢様、それは間違いでは無い。
巫女というこの日ノ本で重要な役割を担う身であれば、その待遇は厚く、大きな屋敷に住むのはもちろん身の回りの環境も恵まれている。
「そういえばクレープも食べた事なかったもんな」
「あ、あれは…、偶然食べてなかっただけで、本当だからっ!」
「はいはい、偶然だな、また食べに行こうな」
茶化しながら玄関まで歩くと、雪は自然に戸を開ける。
「ただいまー、今帰りました」
「あ、…お邪魔します」
がらがらっと、音を立てると廊下の奥からぱたぱたと足音が聞こえ、雰囲気や容姿の端々が雪によく似た年上の女性が歩み寄る。
「おかえりなさい灯ちゃん、あら?…隣にいる子は?」
「彼は赤原さん、ちょっと道場を使いたくてね、おじいちゃんいる?」
「いつも雪さんにはお世話になっております、赤原洋助です」
恐らく姉と思われる綺麗な方に挨拶をし、頭を下げる。
彼女は不思議そうに洋助を見つめ、頬に手を置き何かを考える。
「赤原…洋助、さん…あら?あらあら?あらあらあら~?」
「あの、何か…?」
「灯ちゃんが洋助さんを連れてくるなんて…感動だわ…」
わなわなと肩を震わせ、姉と思われる彼女は肩を掴んで洋助を居間まで押していく。
「さぁ洋助さん!上がって上がって、ご飯まだよね?是非食べていって!」
「え?ちょっと、お姉さん困りますっ!」
「まぁ!お姉さんだなんてっ!洋助さん口が上手いんだから!」
「……母さん、…ちょっと、下がって…」
「――え?母さん?雪のお姉さんじゃなかったのか…」
母親というには若すぎる容姿、かつ雪に似て綺麗な顔立ち。
一瞬混乱しかけた思考を整理し、ぐいぐい来る雪の母親をいなして話を続ける。
「洋助く――、…赤原くん、私の母の巴楓、元戦巫女でもあります」
「もー、灯ちゃんったらそんな固い紹介しなくても!母の楓でーす!」
「なんていうか…明るい感じで、いいお母さんだね」
皮肉などではなく、本心からそう思い口にする。
亡くなった母を思い出し、雪の母が良い意味で変わっていると感じ、少しだけ懐かしい気持ちになりながら居間まで押される。
「洋助さん、灯から話は帰るたびに聞いているの、だから実際に会ったらなんだか感動しちゃって、舞い上がってしまってごめんなさいね」
「ちょ、母さん!それは言わないで!」
「えー?いいじゃない?せっかく洋助さんに会えたんだから」
「は、はは…、恐縮です…」
普段どんな話をされているか気にはなったが、掘り下げることはせずに一応流す。
「あの…それで、今日って道場の使用って可能でしょうか?」
「道場?使うのはいいけど、今宗一郎さんがいないのよねぇ…」
「そうですか…残念です」
「今日はお休みして、ゆっくりしていきなさいな、ね?洋助さん!」
「しかし…急に押しかけてご迷惑では…」
「ようす――、赤原くん、こうなった母は頑固だから素直に頷いた方がいいわよ」
「そうそう、私は頑固だぞー!ね?ねっ!?」
異常に距離感の近い母親に押し負け、諦めて腰を下ろす。
母親とはこうも強情であったか、疑問に感じ記憶を思い起こすと、自分の母も確かにあれやこれやと譲らぬ性格ではあった。
それは母親という大きな存在がそうさせるのか、はたまた偶然似通った性格であったのか、洋助は母の思い出に僅かに表情が陰る。
「…すみません、ではお言葉に甘えて今日はご馳走になります」
「はいっ、是非甘えてください洋助さん、それと――」
巴楓は一瞬ではあったが洋助の暗い顔を見逃さなかった。
その表情の意味、洋助の過去、それらを加味し楓は大人である以前に母として彼の心情を察し、洋助を―ー
―――抱きしめた。
「――それと、私の事は本当の母の様に接してくださっていいですから、困った事があれば言ってくださいね」
「…ぁ、ぇ?」
「…ちょ、…母さん!?」
穏やかな楓、動揺し状況を理解できていない洋助、困惑して慌てふためく雪。
やがて一瞬の静寂を経て、洋助は静かに離される、そして呆然と佇むその瞳には確かに涙が流れていた。
「――あれ?…俺、なんで、こんな、泣いて…」
「洋助くん…」
「いいんですよ、洋助さん、今は、今だけは…」
「…俺は、そんな、っ…こんな、……っ」
――涙が、止まらない。
その涙は家族を失った悲しみや苦しさからではなく、それらを乗り越え、初めて触れた優しさで溢れた涙。
ただひた向きに強さを求め、鍛錬に明け暮れ、確かな実力を身に着けても欠けた心だけは埋まらない、しかしその隙間こそが強さであり、人間性の維持に必要な弱さ、それが今流れている涙である。
「…すみません、こんな、っ、迷惑を…」
「少し、落ち着きました?」
「はい…、本当にすみません」
「洋助くん…、大丈夫…?」
「…ああ、雪にも恥ずかしいとこを見せたな、ごめんな…」
男の子らしい雑な涙の拭き方で誤魔化し、強がった笑顔を向ける。
しんみりした空気を変えるように、楓は手を叩いてにこやかに話す。
「さぁ、洋助さんの気持ちが切り替わったとこでご飯にしましょう!今用意するのでちょっと待っていてくださいね!灯ちゃん、準備手伝ってくれますか?」
「あ、はい!」
気を遣って洋助を一人にしてくれた楓は、手際良く調理を始める。
リズム良く聞こえる包丁の音とは対称的に、鍋を振る音が豪快かつ灼熱の如き勢いなのは気にしてはいけないだろう。
「あぁ!灯ちゃんっ!もっと優しく振って、火を弱めてっ!」
「えぇ!?こうっ?こうかなっ!?」
危険な夕食の香りはしつつ、洋助は赤くなった目で台所を眺めて待つ。
二度と訪れる事が無いと思っていた温かな家族の時間、洋助は噛み締めるように目を閉じると、小さく微笑み懐かしさに浸った――。
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