隣の部屋の社畜さん

作間 直矢 

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六話

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 「~~~♪」

 昨日は楽しかった、黒井さんと本音で話し、そのあとは気兼ねなく買い物もした。
 なんやかんや職場の皆には気を使い、言葉の一つ一つを選んで接していたから余計に楽しかった。

 「っと、よしっ」

 鼻歌まじりで鍋を混ぜ終える、機嫌良く混ぜていたのはシチューである。
 あまり料理は得意ではないし、いつもコンビニで済ましてしまうから作らないが、これには理由がある。

 「……食べてくれるかな、黒井さん」

 昨日のお礼を兼ねて、手料理なんてものを作ってしまっている。
 いや、単純に黒井さんに美味しいと言って欲しいのだ、黒井さんとごはんを食べた時に見たあの顔をまたしてほしくて食べて欲しい、お礼は建前だ。

 ――っと、コンロの火を切ったタイミングで隣の部屋からガチャり、と扉の開く音がした。

 恐らく本職の仕事が終わり、今帰ってきたのであろう。
 今日は黒井さんも夜勤はなかったはず、このタイミングであれば突然顔をだしても迷惑ではないだろう。
 軽い気持ちで鍋を抱えて部屋を出る、履きなれたサンダルに履き替え黒井さんの部屋のインターホンをプッシュする。

 「―――ぁ、しまった」

 迂闊、自分の恰好を見直す。
 部屋着用の軽装で、これではずぼらだと思われかねない。

 『はーい』

 インターホン越しに聞こえる黒井さんの声、慌てて返事をしてしまう。

 「あ、お疲れ様、宮原です!少しいいかな?」
 『…宮原さん?少々お待ちください』

 バタバタと音がしながら、こちらに近づいてくる。

 「……お疲れ様です、宮原さん、何か御用でしょうか?」
 「用ってわけじゃないけど、これ、昨日のお礼を兼ねてシチュー作ってみたから、食べて欲しくて」
 
 抱えていた小鍋を突き出す、ほんわりとシチューの優しい香りが漂う。

 「え、これを私に、ですか?」
 「うん、もしかして迷惑だった?」
 「いえ!とんでもありません、むしろわざわざ作って頂いてありがとうございます」

 ものすごい勢いで否定してくれたので本当に迷惑ではないらしく、ひとまず安心する。
 だが、困ったように目線が少し泳いでいる、何か問題があるのだろうか?

 「黒井さん?シチュー苦手だった?」
 「いや、むしろ好きですが…、すみません、手料理を貰えると思ってなくて、少し問題が…」
 「問題?」
 「はい、恥ずかしながら食器やお箸等が無く、どう頂くか困っていまして…」

 え?食器が無い?確かに男性の一人暮らしはよく調理器具とか少ないと聞くが、食器が無いなんて事があるのだろうか?
 
 いや、考えても見れば四六時中働いている黒井さんだ、料理をする時間も無く、食生活はほぼ買い食いで済ましているのだろう、結果お箸などは使い捨て、お皿も使う事なんて無いのか。

 「…ちょっと、待ってて!これ、もってて!」
 「み、宮原さん?」

 半ば強引に鍋を押し付け、自室に戻る。
 適当な盛り皿を二、三枚重ね、使い捨て用のお箸とスプーンとおたまを持ちながら黒井さんのところへ戻る。

 「これ、使っていいので食べて、洗わないでいいので」
 「え?いえいえ!?そんな申し訳ないですよ!?」
 「いいから、はい!ちょっとお家に失礼しますよ」

 もはや強引に食器などを受けとってもらうべく、部屋に侵入する。
 まぁ、単純にお互い両手が塞がっていたので、二人で運んだ方が良いと思っての行動なのだが。

 「すみません…、何からなにまで…」
 「これくらい全然いいよ、むしろ無理やりみたいになってごめんね」
 「いや…、本当に助かりますので気にしないでください」
 
 同じ間取りだが逆になっている部屋に入り、台所に向かう。
 部屋に入るとその異質さにすぐ気付いた、何も無いのである、何も、引っ越してきたばかりのような程に。

 「――黒井さん、家具とか、何もないですね…」
 「あぁ、そうですね…、比較的少ないとは、思います」
 「比較的、かぁ…」

 何が比較対象なのか疑問に思いつつ、台所にお皿を置く。
 シンクを見ると何も使っていないのが分かる程にピカピカで、洗剤やスポンジなども無い、生活感の無さが伺い知れる。

 「食器とか本当にそのままでいいから、食べ終わったら水にだけ漬けといて、明日また取りに来るから」
 「…わかりました、本当にありがとうございます」
 「いいよいいよ、あたしが好きでやってることだから」

 申し訳なさそうに顔を沈め、感謝をする黒井さん、その姿が捨てられた子犬のようで何だかほっとけない。

 玄関から出るとき、迷うように黒井さんが口を開く。

 「宮原さん、明日食器を取りに来る際なのですが…、少しお願いがございます…」
 「ぇ?黒井さんが?私に?」
 「はい、誠に勝手なのですが服装をもう少し着込んで頂ければと…、目のやり場に困ってしまいますので…」

 忘れていた、確かに今の恰好は外に出るような恰好では無い、肌の露出面積が多いし。

 「あ、ごめん!何も考えないで来ちゃって、それで、ええと…」
 「あ、いえ、別に嫌とかで無かったので、ただ少し気を付けて頂ければ…、と」

 ――初めて、頬を赤くする黒井さんを見た。
 
 それを見ると何故かあたしまで恥ずかしくなり、動揺して顔を隠すように前髪を整えてしまう。

 「と、とりあえず次は服装気を付けるから!おやすみなさい!」
 「は、はい、おやすみなさい…」

 逃げるように自室に戻る、明らかに顔が赤くなり、体温が上がるのを感じる。
 それは黒井さんの新たな表情を見た事と、自分の気持ちに芽生えた新しい感情の可能性を察してかもしれない。

 ――好きかもしれない。

 そう感じてしまった。
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