6 / 11
六話
しおりを挟む「~~~♪」
昨日は楽しかった、黒井さんと本音で話し、そのあとは気兼ねなく買い物もした。
なんやかんや職場の皆には気を使い、言葉の一つ一つを選んで接していたから余計に楽しかった。
「っと、よしっ」
鼻歌まじりで鍋を混ぜ終える、機嫌良く混ぜていたのはシチューである。
あまり料理は得意ではないし、いつもコンビニで済ましてしまうから作らないが、これには理由がある。
「……食べてくれるかな、黒井さん」
昨日のお礼を兼ねて、手料理なんてものを作ってしまっている。
いや、単純に黒井さんに美味しいと言って欲しいのだ、黒井さんとごはんを食べた時に見たあの顔をまたしてほしくて食べて欲しい、お礼は建前だ。
――っと、コンロの火を切ったタイミングで隣の部屋からガチャり、と扉の開く音がした。
恐らく本職の仕事が終わり、今帰ってきたのであろう。
今日は黒井さんも夜勤はなかったはず、このタイミングであれば突然顔をだしても迷惑ではないだろう。
軽い気持ちで鍋を抱えて部屋を出る、履きなれたサンダルに履き替え黒井さんの部屋のインターホンをプッシュする。
「―――ぁ、しまった」
迂闊、自分の恰好を見直す。
部屋着用の軽装で、これではずぼらだと思われかねない。
『はーい』
インターホン越しに聞こえる黒井さんの声、慌てて返事をしてしまう。
「あ、お疲れ様、宮原です!少しいいかな?」
『…宮原さん?少々お待ちください』
バタバタと音がしながら、こちらに近づいてくる。
「……お疲れ様です、宮原さん、何か御用でしょうか?」
「用ってわけじゃないけど、これ、昨日のお礼を兼ねてシチュー作ってみたから、食べて欲しくて」
抱えていた小鍋を突き出す、ほんわりとシチューの優しい香りが漂う。
「え、これを私に、ですか?」
「うん、もしかして迷惑だった?」
「いえ!とんでもありません、むしろわざわざ作って頂いてありがとうございます」
ものすごい勢いで否定してくれたので本当に迷惑ではないらしく、ひとまず安心する。
だが、困ったように目線が少し泳いでいる、何か問題があるのだろうか?
「黒井さん?シチュー苦手だった?」
「いや、むしろ好きですが…、すみません、手料理を貰えると思ってなくて、少し問題が…」
「問題?」
「はい、恥ずかしながら食器やお箸等が無く、どう頂くか困っていまして…」
え?食器が無い?確かに男性の一人暮らしはよく調理器具とか少ないと聞くが、食器が無いなんて事があるのだろうか?
いや、考えても見れば四六時中働いている黒井さんだ、料理をする時間も無く、食生活はほぼ買い食いで済ましているのだろう、結果お箸などは使い捨て、お皿も使う事なんて無いのか。
「…ちょっと、待ってて!これ、もってて!」
「み、宮原さん?」
半ば強引に鍋を押し付け、自室に戻る。
適当な盛り皿を二、三枚重ね、使い捨て用のお箸とスプーンとおたまを持ちながら黒井さんのところへ戻る。
「これ、使っていいので食べて、洗わないでいいので」
「え?いえいえ!?そんな申し訳ないですよ!?」
「いいから、はい!ちょっとお家に失礼しますよ」
もはや強引に食器などを受けとってもらうべく、部屋に侵入する。
まぁ、単純にお互い両手が塞がっていたので、二人で運んだ方が良いと思っての行動なのだが。
「すみません…、何からなにまで…」
「これくらい全然いいよ、むしろ無理やりみたいになってごめんね」
「いや…、本当に助かりますので気にしないでください」
同じ間取りだが逆になっている部屋に入り、台所に向かう。
部屋に入るとその異質さにすぐ気付いた、何も無いのである、何も、引っ越してきたばかりのような程に。
「――黒井さん、家具とか、何もないですね…」
「あぁ、そうですね…、比較的少ないとは、思います」
「比較的、かぁ…」
何が比較対象なのか疑問に思いつつ、台所にお皿を置く。
シンクを見ると何も使っていないのが分かる程にピカピカで、洗剤やスポンジなども無い、生活感の無さが伺い知れる。
「食器とか本当にそのままでいいから、食べ終わったら水にだけ漬けといて、明日また取りに来るから」
「…わかりました、本当にありがとうございます」
「いいよいいよ、あたしが好きでやってることだから」
申し訳なさそうに顔を沈め、感謝をする黒井さん、その姿が捨てられた子犬のようで何だかほっとけない。
玄関から出るとき、迷うように黒井さんが口を開く。
「宮原さん、明日食器を取りに来る際なのですが…、少しお願いがございます…」
「ぇ?黒井さんが?私に?」
「はい、誠に勝手なのですが服装をもう少し着込んで頂ければと…、目のやり場に困ってしまいますので…」
忘れていた、確かに今の恰好は外に出るような恰好では無い、肌の露出面積が多いし。
「あ、ごめん!何も考えないで来ちゃって、それで、ええと…」
「あ、いえ、別に嫌とかで無かったので、ただ少し気を付けて頂ければ…、と」
――初めて、頬を赤くする黒井さんを見た。
それを見ると何故かあたしまで恥ずかしくなり、動揺して顔を隠すように前髪を整えてしまう。
「と、とりあえず次は服装気を付けるから!おやすみなさい!」
「は、はい、おやすみなさい…」
逃げるように自室に戻る、明らかに顔が赤くなり、体温が上がるのを感じる。
それは黒井さんの新たな表情を見た事と、自分の気持ちに芽生えた新しい感情の可能性を察してかもしれない。
――好きかもしれない。
そう感じてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた
ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」
三十二歳、独身同士。
幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。
付き合ってもないのに。
夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。
断る理由が、ない。
こうして、交際0日で結婚することが決まった。
「とりあえず同棲すっか」
軽いノリで決まってゆく未来。
ゆるっとだらっと流れていく物語。
※本編は全7話。
※スパダリは一人もいません笑
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる