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迷いと、後悔

九話

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 村の復興とは対照的に、何日経っても彼の熱はひかなかった。

 酷くうなされ、苦悶の表情を浮かべて目を閉じる彼は酷く痛々しい。
 誰がそうさせ、誰の為にそうなったか。

 目の前の彼を見て何度この想いが巡ったか、シルバは俯くだけしか出来ない。


 「ヒース……」


 冷えたおしぼりを気休め程度に額に置き、彼の身体を見る。

 治まらない呪詛は少しずつ浸食し、今や首筋を覆って頬まで来ている。
 それを癒す手立てはおろか、症状を抑えるための手段も見つからず時間だけがただ過ぎていた。

 残り僅かと感じるほどの、彼の時間を。


 「どうして……なんで何もないの…」


 出来る事は何でもしたはず。
 それでも、ヒースは苦しみ続けている。

 どうすれば、何をすれば良いのか、考えても考えてもその答えは見出せない。

 無力な己に嫌気がさし、拳を固く握ってしまう。
 何も出来ない手を、誤魔化す様に。


 「―――シ、るば……」

 「っ……!!起きましたかっ……!!
  ヒース……気分は、どうですか……」

 「……この程度、もんだい…ありません……」

 「そう、ですか……ご飯は、食べられそうですか?それとも何か飲みますか?」

 「お気遣い、ありがとう……ございます、私は、大丈夫、ですから……」


 誰が見てもわかるやせ我慢を見せ、ヒースは身を起こす。

 とても弱く、消え入りそうな力で上体を維持すると肩で息をする。
 汗も酷くかいており、瞳の焦点も定まらない。

 いつだって心強く、優しく逞しい彼の弱い姿。

 目を背けたくなる現実に、私は震えた手を伸ばした。


 「シル、バ……?」

 「―――ごめんね、ごめんねっ……!!」


 包帯で隠れた呪詛に手を置き、大きな涙が、零れる。


 「わたしがッ……私が無理をさせたからッ!!迷ったからっ…!!
  あなたに甘えて、助けて貰ってばかりでっ……だから、こんなっ……」

 「……」

 「シュバルツさんとの仲だって!!もっと別のやり方があったはずなのに!!
  私が間違った方法で貴方達を繋いでしまったっ……
  どうしてっ……こんなっ…こんな事にっ……ごめんねっ……ヒース…」

 「……」

 「死なないでッ……お願いっ……」

 「―――あぁ……」


 大切な人を失う恐怖を、二人は知っている。

 血の繋がった家族を、妹を失ったヒース。
 対して、血の繋がらない家族を持ち、義父と義母を失ったシルバ。

 触れ合った体温はその悲しさを同時に伝え、彼は震えた手を優しく握る。


 「-――ぁあ、ああっ!!死なないよ、俺は……
  だからそんな、そんな顔をしないでくれっ……」

 「うぅ……でもっ…!!」

 「大丈夫さ、ただ、少しだけ休ませてもらうだけだ、
  ―――それよりも、シルバは……ずっとここにいていいのか?
  シルバには、あなたには、やるべき事があるでしょう、それにほら」


 繋いでいた手の震えは止まり、ヒースの呼吸も落ち着き始めていた。

 ―――何故だろうか。

 触れ合うことが、存在を確かめ合う事が、こんなにも落ち着き心地よい。

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