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#6 魔法少女☆修行中

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「おはよーです、ミカちゃん」
「ふぁ……おはよ、レンちゃん」
 数日前に決められた、魔法少女探し隊の秘密基地。
 ぼくはあくびをしながら、目の前の元気そうなレンちゃんこと歌恋ちゃんに挨拶する。少女の「ミカちゃん」の姿で。
 朝、十時。レポートとかの課題を深夜中に終わらせたばかりだから、四時間くらいの仮眠をとったとはいえ眠くて眠くてたまらない。子供の体力が羨ましい……。
 太陽が結構高くまで登っているというのに眠気眼を擦るぼくに。
「今日はなにをするのです?」
 グレーのジャンパースカートを着たレンちゃんが無邪気そうに聞いてくる。うん、かわいい。
 ぼくは軽く深呼吸して。
「その前に、驚かないで聞いてほしいんだけど」
 魔法のコンパクトを取り出し、開いて自分の姿を鏡に映した。
「なに、これ。まるで――」
「昨日、見ちゃったんだ。レンちゃんが魔法少女に変身するところ……」
 目を皿にして唖然とするレンちゃん。
「でも、安心して。このことは誰にも言わないから。なぜなら――」
 たじろぐ彼女に、僕はあえて見せつけるように唱えた。
「マジカルチェンジ・キューティルナ!」
 瞬間、身体は変貌する。
 少女の姿は変わらない。しかし、衣装は普通の小学生女児の服装から、一気に浮世離れしたものへと変わっていく。
 その様子を外部から見ると、どんな様子だろう。
 いまのぼくに知ることはできないが、目の前の少女は目を皿にしてぼくの変身を見ていた。まるで、ありえないものを見るかのように。
 それも当然か。
 だって、これまでの常識ではありえないような現象なのだもの。
「月とカワイイの魔法少女・キューティルナ! 可愛く参上っ♪」
 いつもの可愛いポーズを決め。
「……これは、二人だけの秘密。どう?」
 ウインクしながら微かに笑うぼくに、レンちゃんは顔を赤く染めながらこくりと頷いたのだった。

 レンちゃんに「朔」としての姿が露見する危険性。僕はそれに気づいていた。
 ぼくは魔法少女の変身を解くと、すべての魔法が解けて普通の男の姿に戻ってしまう。
 しかし、そうすれば目の前の少女に「朔」=「ミカちゃん」=「魔法少女」の図式がバレてしまう。そうなれば、彼女からのただでさえ低い好感度が地の底まで墜落してしまうことだろう。
 それは絶対に嫌だ。
 こんな弱点を解消する方法を思いついたのは昨晩のこと。
 ――魔法少女の変身を解くと同時に、ミカちゃんの姿に変身する。
 昨夜はレポートが終わってからひたすらこれの練習をしていた。明け方まで眠れなかったのも、このせいだ。
 練習では何度かうまくいったから……きっと大丈夫。というか大丈夫であってくれ。自分に言い聞かせる。
 ほとんど付け焼き刃だが、失敗は許されないのだ。失敗すれば社会的に死ぬ。
 深呼吸して、精神統一。そして、体から力を抜き、口の中だけで「チェンジ・キュートガール」と唱える。
 変身が解けていき、一瞬だけ視点が高くなって――すぐに元に戻った。成功だ。
 けれど、途端にめまいのように視界が揺らいで、足元がおぼつかなくなった。
 しまった。変身したから一瞬で疲れがすごいことになったのか。
 ふらりと地面に倒れ込みそうになるぼくにレンちゃんが駆け寄って。
「大丈夫です?」
 レンちゃんの胸にもたれかかったぼくは、深く息を吐いた。
「……これで信じてもらえた?」
「う、うん……」
 困惑した様子で頷くレンちゃん。
「でも、なんで魔法少女だってみんなに言わなかったのです?」
 と聞かれて。
「……魔法少女ってバレると、色々と厄介だから?」
 と答える。
 ……大衆の前で発情してる様子を見られたくないのは、その厄介な事情の中に入れていいと思う。
 こんな話を少女の前で出来るほど、ぼくは肝が据わっていなかった。同性でもセクハラになりかねない。異性、しかも小学生相手だったらなおさらだ。倫理的にまずい。
 話を逸らすように。 
「ひとまず、今日は変身しないで出来る魔法を練習しようか――」
 そう提案しようとした、その時だった。
 背筋がぞくりとする感覚。
「……魔獣、ですか?」
 レンちゃんの一言。ぼくは静かにこくりと頷く。
 しかし、これまで遭遇したものの中でもきつい気配。これは相当強いものであると直感が告げる。
 この感覚を一言で表すなら「ヤバい」という単語が一番似合うのだろう。少し前に戦った、黒い狼のようなものの比ではない、圧倒的強者の雰囲気が辺りを支配した。
「……ここから逃げよう、レンちゃ――」
 またしても、言い切ることはできなかった。なぜなら、そこにはもうすでに魔獣が顕現していたのだから。

 そこには、女性もののハイレグ競泳水着を着た、ハゲでデブで妙に目がキラキラした汚いオッサンが立っていた。

 何の誇張でもない。それは奇妙で異常で狂っている存在。一言で言ってしまえばキチガイ。しかし、ぼくはさらなる事実に背筋を震わせる。

 強い魔獣の気配は、この変態からあふれ出ているのだ。

 この形の魔獣は魔法少女を始めてからの半年間で何度も見ている。
 女性ものの服を着た変態オヤジの姿の化け物。
 生理的嫌悪。
 奴が明らかにイカれた人間の目をしているからか、それとも単純に見た目が気持ち悪いからなのか。
 あるいは、自分が少女の姿をしているからだろうか。
 ただ強い嫌悪感に、身がすくむ。
 いや、身がすくむ理由はそれだけではない。
 何故だか決まってこの型の魔獣は無駄に強いのだ。
 さっきの雰囲気も、ある意味納得できてしまう。
 この妙に強いこの怪物を自力で倒せたことは、一回もないのだ。たいていほかの魔法少女と共闘してようやく対等だった。
 そのエミリーは何度か単独撃破出来てるというが……魔法少女歴五年の、努力を積んだ天才でも「何度か」なのだから、この変態の強さが理解できると思う。
 未知も未知で恐ろしいが、既知であっても敵わないと知っているものが怖くないわけもないだろう。
 腕が震える。手が、肩が、背筋が、がたがた、がたがたと、震える、震える、震える。
 あの無駄にキラキラくりくりとしたイカれてるとしか思えないオッサンの瞳が、不安と恐怖に支配されたぼくを貫き――。

「しっかりするのですっ!」

 レンちゃんがぼくに叫んだ。
 その声も震えていて、とても頼れる感じではない。
 つかまれたぼくの腕。つかむ華奢な手もまた震えていて。
「……こわい。とっても、こわいです。けど、ふたりなら」
「でも……でも、アイツとっても強いの! ぼくたちの手には……」
「そんなの、やってみなきゃわかんないです!」
 レンちゃんの叫びに、ぼくははっとした。
 ……彼女は、魔法少女としては駆けだし。昨日はじめて変身したばかり。だから弱いとばかり思っていた。
 よく考えてみればわかること。魔法少女でもなんでも、継続年数と実力が完全に比例するわけはないのだ。
 彼女の実力は「未知数」。故に――あの変態を撃破できる可能性は、皆無ではない。
「ごめん」
 ぼくは一言。
 レンちゃんは服の下からペンダントを取り出して。
「いいのです。……一緒に、魔獣を倒しましょう」
 決意と共に口にして。
 ぼくはそれに、微笑みで答えて――コンパクトミラーを開いた。

「マジカルチェンジ、キューティルナ!」
「マジカルチェンジ、ラブリィアクア!」

 ――魔力の光が、あたりを照らす。
 閃光。二人分の変身に伴う光が、あたり一面に散らばった、と思う。
 思う、というのは、自分がその渦中にいるが故だ。
 周りから見れば、ぼくらは閃光。光を纏ったぼくらは別の存在へと「変身」する。
 それを観測するのは目の前の汚いオッサンしか――否、一瞬だけ、違う影が見えた。
 筋肉ムキムキ、細マッチョ。不思議と地肌の腹筋が見えた、ような気がして――それが気のせいでなかったことをすぐに悟ることになる。

「月とカワイイの魔法少女・キューティルナ! 可愛く参上っ♪」
「水と恋の魔法少女・ラブリィアクア! 恋する乙女のホンキ、見せてあげるわ」

 変身完了の名乗りとポーズ。それとともに晴れた視界には、新たな光景が広がる。

「やあ、魔法少女たち。俺と愛し合おうじゃないか」
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