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むいかめ ~ずっと、このままで~
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「どうしたの、あおいちゃん」
わたしがはなしかけたら、あおいちゃんは「なんでもないよ、るりたん」っていう。
ついでに、「いまは『おねーちゃん』でしょ? ちっちのいえないるりたん」なんていわれちゃった。はずかしいけど、なんかうれしくて。
じかんはゆっくり、でもはやく、すすんでいく。
あそんで、わらって、たまにおむつかえてもらったりして。
……ただただたのしく、じかんはすぎていって。
ああ、しあわせ、だな。
このしあわせがずっとつづけばいいのに。
いつのまにか、ゆうがたに。じかんはだいたい五時十五分。
……あれ、なんで時計なんて読めたんだろ。
わたしは、「さんさいのおんなのこ」のはずなのに。あのまるいものなんて、しらないもん!
くびをふるふる、だけど、なんだかむねがもやもやしていた。
**********
「あれは、なんだったのかな……」
誰に聞かせるでもなく、俺はつい呟く。ようやく口だけでも動くようになった頃である。
「あれってなにかな? そうちゃん」
翡翠さんが未だ上手く動かせない俺の体を丁寧に床に転がしながら、聞いてくる。
「……さっき、なんか幻覚を見たの」
「へえ……どんなの?」
「えっと……幼い頃のおれとるり、あと……知らない子が、一緒に遊んでた」
「ふーん、そうなんだ」
彼女は、俺のおむつのサイドを破りながら聞いていた。
……そのおむつ替えの様子を他の二人、珊瑚ちゃんと九条先生がまじまじと見つめる。
「この体は恐らく四歳前後のはず……それなのにおしめがとれていないとは。あおいちゃん……いや、いまはお兄さんか。君は恥ずかしくないのかい?」
九条先生に聞かれた。俺はにっこり笑顔で。
「慣れたー」
「まさか、男だった時からおしめがはずれてなかったとか……」
訝しむおばさ……先生の顔を見て、俺は弁明する。
「そんなわけないよ! 最初は恥ずかしかったんだよ。でもね、これないとおもらししちゃうから……必要だって思ってたら、慣れちゃったの」
「そうか……そういうものなのか……」
俺が新しいおむつを穿かされるのを見ながら、先生は首をかしげて、やがて俺に聞いた。
「君は本当に男子高校生だったのか?」
「うん、そうだけど」
「なら、その口調はどうしたんだ? 聞く限り、ほとんど幼女のそれと変わりないように感じるが」
「……ふぇ?」
そこで、また自分の言動を思い返す。
……本当だ。意識してなかったけど、話し方が女の子のそれになってる。
今度は正気を保ってたはず。それなのに。
「ほんとだ。いきなりしゃべり方が可愛くなってる」
珊瑚ちゃんがそんなことを言うと、顔が真っ赤に染まって。
「かっ……かわいい!?」
「うん。とってもかわいいよ」
どうしよう、「かわいい」と言われる度に喜んでいる自分がいる。もっと「かわいい」って言われたいの!
「ほんとにかわいい?」
「かわいい!」
「じゃあ、こうしたら?」
「もうヤバい! かわいすぎるよ……」
「やったあ!」
いつの間にかファッションショーが始まったのを見て、先生と翡翠さんはくすりと微笑んだ。
「本当に、可愛らしいですね」
「ですね。……まるで、生まれてからずっと女の子だったみたいで」
さて、数分後。
「つかれた……ってかなにしてたの……んだろ、わた……俺」
意図的に語尾や一人称を直しつつ呟いたら。
「えー、直さなくてもいいのに。かわいいよ?」
「だっ、だからかわいいとか言わないで! わたしおかしくなっちゃうから……女の子になっちゃう……」
自我がぶっ飛びそうになるのを必死に抑えた。かわいいはがまん……かわいいはがまん……。
そんなとき、九条先生が俺の肩を叩いた。
「なに?」
「忘れそうになっていたが……君の妹のところに連れて行ってくれないか? そもそも何故、彼女はここにいないんだ?」
ああ、そうだ。この人たちにはまだ瑠璃の現状を話せていなかったのだ。
「……今日、ずっと目覚めないんです。朝からずっと、目を覚まさなくて。……いま、案内するね」
まだ、寝息を立てながら眠り続ける妹。
「ほう……。これはこれは、気持ちよさそうに眠っているじゃないか」
九条先生が状況を確認するようにベッドの周りを歩き回り。
「……なんかくさいね」
珊瑚ちゃんは鼻をつまんだ。
「あはは……。仕方ないよ、ずっと寝てるんだもん」
「寝ててなんでくさいの?」
「おねしょ」
「あー……」
掛け布団をめくってやると、さっき翡翠さんがつけたピンクのおむつが顔を出す。その表面はうっすら黄色くなっており、彼女の無意識下での失敗をすでに何度も受け止めていることを実感させる。それでもまったく漏れていないのは、さすが海外製というべきだろうか。
「……えっと、ヒスイさん、だっけ? おむつ替えてあげなくていいの?」
珊瑚ちゃんが首を傾げたら、翡翠さんは笑いながら答える。
「うーん……実際、このくらいもこもこなのが気持ちいいんだけど、仕方ないわ。このままじゃかぶれちゃうし、替えてあげましょ」
「……ねえ、この人ってなんだか言葉の節々に怪しいものを感じるんだけど……まさか、るりを狙ってるへんたいさんとかじゃないよね?」
俺に耳打ちをする珊瑚ちゃん。……俺が目を逸らしたことで何かを悟ってしまったようで。
「わたし、るりのおむつかえてあげたい」
「珊瑚ちゃん!?」
驚く翡翠さんに対して敵意を込めてそうな目で見てる珊瑚ちゃん。何か考え込んでいる九条先生に、そんな状況を傍観する俺。漂う芳しい臭い。
瑠璃の、寝言のような、しかし言葉にならない微かな呻きが耳を通り過ぎたのはちょうどそのときだった。
臭気と喧騒の中、その吐息に秘められた感情を、俺はまだ知ることはない。
わたしがはなしかけたら、あおいちゃんは「なんでもないよ、るりたん」っていう。
ついでに、「いまは『おねーちゃん』でしょ? ちっちのいえないるりたん」なんていわれちゃった。はずかしいけど、なんかうれしくて。
じかんはゆっくり、でもはやく、すすんでいく。
あそんで、わらって、たまにおむつかえてもらったりして。
……ただただたのしく、じかんはすぎていって。
ああ、しあわせ、だな。
このしあわせがずっとつづけばいいのに。
いつのまにか、ゆうがたに。じかんはだいたい五時十五分。
……あれ、なんで時計なんて読めたんだろ。
わたしは、「さんさいのおんなのこ」のはずなのに。あのまるいものなんて、しらないもん!
くびをふるふる、だけど、なんだかむねがもやもやしていた。
**********
「あれは、なんだったのかな……」
誰に聞かせるでもなく、俺はつい呟く。ようやく口だけでも動くようになった頃である。
「あれってなにかな? そうちゃん」
翡翠さんが未だ上手く動かせない俺の体を丁寧に床に転がしながら、聞いてくる。
「……さっき、なんか幻覚を見たの」
「へえ……どんなの?」
「えっと……幼い頃のおれとるり、あと……知らない子が、一緒に遊んでた」
「ふーん、そうなんだ」
彼女は、俺のおむつのサイドを破りながら聞いていた。
……そのおむつ替えの様子を他の二人、珊瑚ちゃんと九条先生がまじまじと見つめる。
「この体は恐らく四歳前後のはず……それなのにおしめがとれていないとは。あおいちゃん……いや、いまはお兄さんか。君は恥ずかしくないのかい?」
九条先生に聞かれた。俺はにっこり笑顔で。
「慣れたー」
「まさか、男だった時からおしめがはずれてなかったとか……」
訝しむおばさ……先生の顔を見て、俺は弁明する。
「そんなわけないよ! 最初は恥ずかしかったんだよ。でもね、これないとおもらししちゃうから……必要だって思ってたら、慣れちゃったの」
「そうか……そういうものなのか……」
俺が新しいおむつを穿かされるのを見ながら、先生は首をかしげて、やがて俺に聞いた。
「君は本当に男子高校生だったのか?」
「うん、そうだけど」
「なら、その口調はどうしたんだ? 聞く限り、ほとんど幼女のそれと変わりないように感じるが」
「……ふぇ?」
そこで、また自分の言動を思い返す。
……本当だ。意識してなかったけど、話し方が女の子のそれになってる。
今度は正気を保ってたはず。それなのに。
「ほんとだ。いきなりしゃべり方が可愛くなってる」
珊瑚ちゃんがそんなことを言うと、顔が真っ赤に染まって。
「かっ……かわいい!?」
「うん。とってもかわいいよ」
どうしよう、「かわいい」と言われる度に喜んでいる自分がいる。もっと「かわいい」って言われたいの!
「ほんとにかわいい?」
「かわいい!」
「じゃあ、こうしたら?」
「もうヤバい! かわいすぎるよ……」
「やったあ!」
いつの間にかファッションショーが始まったのを見て、先生と翡翠さんはくすりと微笑んだ。
「本当に、可愛らしいですね」
「ですね。……まるで、生まれてからずっと女の子だったみたいで」
さて、数分後。
「つかれた……ってかなにしてたの……んだろ、わた……俺」
意図的に語尾や一人称を直しつつ呟いたら。
「えー、直さなくてもいいのに。かわいいよ?」
「だっ、だからかわいいとか言わないで! わたしおかしくなっちゃうから……女の子になっちゃう……」
自我がぶっ飛びそうになるのを必死に抑えた。かわいいはがまん……かわいいはがまん……。
そんなとき、九条先生が俺の肩を叩いた。
「なに?」
「忘れそうになっていたが……君の妹のところに連れて行ってくれないか? そもそも何故、彼女はここにいないんだ?」
ああ、そうだ。この人たちにはまだ瑠璃の現状を話せていなかったのだ。
「……今日、ずっと目覚めないんです。朝からずっと、目を覚まさなくて。……いま、案内するね」
まだ、寝息を立てながら眠り続ける妹。
「ほう……。これはこれは、気持ちよさそうに眠っているじゃないか」
九条先生が状況を確認するようにベッドの周りを歩き回り。
「……なんかくさいね」
珊瑚ちゃんは鼻をつまんだ。
「あはは……。仕方ないよ、ずっと寝てるんだもん」
「寝ててなんでくさいの?」
「おねしょ」
「あー……」
掛け布団をめくってやると、さっき翡翠さんがつけたピンクのおむつが顔を出す。その表面はうっすら黄色くなっており、彼女の無意識下での失敗をすでに何度も受け止めていることを実感させる。それでもまったく漏れていないのは、さすが海外製というべきだろうか。
「……えっと、ヒスイさん、だっけ? おむつ替えてあげなくていいの?」
珊瑚ちゃんが首を傾げたら、翡翠さんは笑いながら答える。
「うーん……実際、このくらいもこもこなのが気持ちいいんだけど、仕方ないわ。このままじゃかぶれちゃうし、替えてあげましょ」
「……ねえ、この人ってなんだか言葉の節々に怪しいものを感じるんだけど……まさか、るりを狙ってるへんたいさんとかじゃないよね?」
俺に耳打ちをする珊瑚ちゃん。……俺が目を逸らしたことで何かを悟ってしまったようで。
「わたし、るりのおむつかえてあげたい」
「珊瑚ちゃん!?」
驚く翡翠さんに対して敵意を込めてそうな目で見てる珊瑚ちゃん。何か考え込んでいる九条先生に、そんな状況を傍観する俺。漂う芳しい臭い。
瑠璃の、寝言のような、しかし言葉にならない微かな呻きが耳を通り過ぎたのはちょうどそのときだった。
臭気と喧騒の中、その吐息に秘められた感情を、俺はまだ知ることはない。
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