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第二章
17.トンビ
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夕暮れ前、ドラゴンは窓辺にいた。ずっと遠くの空を見ている。さくらは何か考え込んでいる様子のドラゴンに一抹の不安を覚えた。さくらはドラゴンに近づくが、ドラゴンは全く気付く様子もなく、どこか遠くを見つめていた。
(帰りたいんだろうな・・・)
怪我もすっかり癒え、体力も十分に回復している。元々治ったら逃がすつもりでいたことを思い出した。
(それに、もうすぐここの国王が帰ってくる。その先この子を上手く隠しきれるか分からない)
さくらは、鼻の奥がツーンと痛むのを感じた。ドラゴンを思うならすぐに手放さないといけない。でも、ドラゴンがいなくなったら一人ぼっちになってしまう。そんな寂しさに耐えられるだろうか。そう思うとだんだん視界が霞んできた。
そんなさくらの様子などに気付かず、ドラゴンはずっと思案顔だった。だが、突然鋭く目が光ったかと思うと、遠くの空の一点をじっと見つめ始めた。そして、何かを見定めると、小さく雄叫びを上げた。急ぐように前足で器用に窓を開けたかと思うと、そのまま外へ飛び出そうと窓辺を乗り出した。
さくらは慌てて、ドラゴンに抱き着いた。ドラゴンは飛び立つことを阻止され、怒ったようにさくらへ顔を向けた。だが、さくらの目に一杯溜まった涙を見て、固まってしまった。
「ごめんね。引き留めて」
さくらはドラゴンの頭を撫でた。
「でも、さようならくらいは、ちゃんとしようよ」
ドラゴンは驚いたように首を横に振った。でもさくらはにっこり笑ってドラゴンを見た。笑った目の端から涙が零れ落ちた。
「もう怪我も治ったんだし、自分の故郷へ帰った方がいいよ。私は大丈夫だから。今までありがとうね」
何か言いたげなドラゴンの顔を両手で覆うと、
「私のせいで小さい体になっちゃって、本当にごめんなさい。この姿で生きていくのは大変だと思う。でも・・・。でも、どうか生き延びてね」
そう言いい、ドラゴンの額に唇を押し当てた。最後にぎゅっと抱きしめると、今度は頬にキスをしてドラゴンを放した。
「じゃあ、さようなら。元気でね!」
ドラゴンは困惑したようだったが、最後には頷いて空を見上げた。そして、何か狙いを定めたかのように、勢いよく飛び出していった。
ドラゴンが見定めたのは、一羽のトンビだった。ドラゴンの視力は人間よりもずっと良い。そのため、さくらの部屋からでも、そのトンビの特徴がすぐに分かったのだ。
そのトンビの足にはタグがつけられていた。そのタグはローランド王国の国王陛下直属の近衛隊のもの、つまり自分の隊のタグだ。そして、今ここで、このトンビを飛ばせるのは、一人しかいない。
(イルハンが近くまで来ているという合図だ)
ドラゴンは確信していた。
トンビは暫く旋回していたが、ドラゴンの姿に気が付くと慌てて逃げ出した。体が小さくなっていてもトンビにとっては恐怖の対象に変わりはない。
ドラゴンは無理に追うことはせずに、トンビの飛ぶ方向を見守った。トンビは街を超え、森を超え、海の方へ飛んで行った。ドラゴンはそれを確認すると同じ方向に飛んで行った。
☆彡
船がゴンゴの領海まで到着すると、イルハンは三名の隊員だけを連れ、小さな船に乗り換えた。残りの隊をその場に待機させ、小舟でゴンゴ帝国内に忍び込んだ。崖に沿って進み、王都近くの森の小さな入り江に身を潜めていた。道中、ドラゴンである陛下に行き会うこともなく、ここまでたどり着いてしまった。
(朔の日まであと二日だ)
イルハンはずっとそのことが不安でたまらなかった。策の日には陛下は人の姿に戻れる。しかし、戻る時の場所が問題だった。もしも一人での王妃奪還を諦め、既にローランドに帰っているのであれば、人間としてダロスに会い、開戦に向けて準備が整うだろう。しかし、まだこのゴンゴに潜んでいるのであれば、何とかして合流しないといけない。人間の姿に戻った上で一人奪還を考えているのであれば、この上なく危険だ。
イルハンは陛下に気付いて欲しいという願いを込めて、トンビを飛ばしたのだった。それが見事的中した。
想像以上に早くトンビが戻ってきた。イルハンの元に急降下し、一度は彼の腕に止まったが、怯えたような奇声を上げ、逃げるようにもう一度空へ飛び立ってしまった。
イルハンはこの様子を見て、トンビがドラゴンに遭遇したことを確信し、空を見上げた。暫く空を見上げていると、
「!」
イルハンは目を疑った。やってきたドラゴンは、今戻ってきたトンビの一回り大きい程度の姿だ。一瞬、別のドラゴンかと思ったが、その小さいドラゴンは意味ありげに、船の上を旋回し始めた。
他の隊員も、小さいドラゴンに気が付いた。
「あんなに小さいドラゴンなんて見たことないぞ」
口々に言いだしたが、それぞれが矢を構えだした。たとえ小さくてもドラゴンは悪の使いであり、始末する対象だからだ。
「よせ。ここで無駄に騒ぐな!」
イルハンは部下を制した。そして空を見上げると、ドラゴンは旋回を止め、森の方へ消えていった。
(帰りたいんだろうな・・・)
怪我もすっかり癒え、体力も十分に回復している。元々治ったら逃がすつもりでいたことを思い出した。
(それに、もうすぐここの国王が帰ってくる。その先この子を上手く隠しきれるか分からない)
さくらは、鼻の奥がツーンと痛むのを感じた。ドラゴンを思うならすぐに手放さないといけない。でも、ドラゴンがいなくなったら一人ぼっちになってしまう。そんな寂しさに耐えられるだろうか。そう思うとだんだん視界が霞んできた。
そんなさくらの様子などに気付かず、ドラゴンはずっと思案顔だった。だが、突然鋭く目が光ったかと思うと、遠くの空の一点をじっと見つめ始めた。そして、何かを見定めると、小さく雄叫びを上げた。急ぐように前足で器用に窓を開けたかと思うと、そのまま外へ飛び出そうと窓辺を乗り出した。
さくらは慌てて、ドラゴンに抱き着いた。ドラゴンは飛び立つことを阻止され、怒ったようにさくらへ顔を向けた。だが、さくらの目に一杯溜まった涙を見て、固まってしまった。
「ごめんね。引き留めて」
さくらはドラゴンの頭を撫でた。
「でも、さようならくらいは、ちゃんとしようよ」
ドラゴンは驚いたように首を横に振った。でもさくらはにっこり笑ってドラゴンを見た。笑った目の端から涙が零れ落ちた。
「もう怪我も治ったんだし、自分の故郷へ帰った方がいいよ。私は大丈夫だから。今までありがとうね」
何か言いたげなドラゴンの顔を両手で覆うと、
「私のせいで小さい体になっちゃって、本当にごめんなさい。この姿で生きていくのは大変だと思う。でも・・・。でも、どうか生き延びてね」
そう言いい、ドラゴンの額に唇を押し当てた。最後にぎゅっと抱きしめると、今度は頬にキスをしてドラゴンを放した。
「じゃあ、さようなら。元気でね!」
ドラゴンは困惑したようだったが、最後には頷いて空を見上げた。そして、何か狙いを定めたかのように、勢いよく飛び出していった。
ドラゴンが見定めたのは、一羽のトンビだった。ドラゴンの視力は人間よりもずっと良い。そのため、さくらの部屋からでも、そのトンビの特徴がすぐに分かったのだ。
そのトンビの足にはタグがつけられていた。そのタグはローランド王国の国王陛下直属の近衛隊のもの、つまり自分の隊のタグだ。そして、今ここで、このトンビを飛ばせるのは、一人しかいない。
(イルハンが近くまで来ているという合図だ)
ドラゴンは確信していた。
トンビは暫く旋回していたが、ドラゴンの姿に気が付くと慌てて逃げ出した。体が小さくなっていてもトンビにとっては恐怖の対象に変わりはない。
ドラゴンは無理に追うことはせずに、トンビの飛ぶ方向を見守った。トンビは街を超え、森を超え、海の方へ飛んで行った。ドラゴンはそれを確認すると同じ方向に飛んで行った。
☆彡
船がゴンゴの領海まで到着すると、イルハンは三名の隊員だけを連れ、小さな船に乗り換えた。残りの隊をその場に待機させ、小舟でゴンゴ帝国内に忍び込んだ。崖に沿って進み、王都近くの森の小さな入り江に身を潜めていた。道中、ドラゴンである陛下に行き会うこともなく、ここまでたどり着いてしまった。
(朔の日まであと二日だ)
イルハンはずっとそのことが不安でたまらなかった。策の日には陛下は人の姿に戻れる。しかし、戻る時の場所が問題だった。もしも一人での王妃奪還を諦め、既にローランドに帰っているのであれば、人間としてダロスに会い、開戦に向けて準備が整うだろう。しかし、まだこのゴンゴに潜んでいるのであれば、何とかして合流しないといけない。人間の姿に戻った上で一人奪還を考えているのであれば、この上なく危険だ。
イルハンは陛下に気付いて欲しいという願いを込めて、トンビを飛ばしたのだった。それが見事的中した。
想像以上に早くトンビが戻ってきた。イルハンの元に急降下し、一度は彼の腕に止まったが、怯えたような奇声を上げ、逃げるようにもう一度空へ飛び立ってしまった。
イルハンはこの様子を見て、トンビがドラゴンに遭遇したことを確信し、空を見上げた。暫く空を見上げていると、
「!」
イルハンは目を疑った。やってきたドラゴンは、今戻ってきたトンビの一回り大きい程度の姿だ。一瞬、別のドラゴンかと思ったが、その小さいドラゴンは意味ありげに、船の上を旋回し始めた。
他の隊員も、小さいドラゴンに気が付いた。
「あんなに小さいドラゴンなんて見たことないぞ」
口々に言いだしたが、それぞれが矢を構えだした。たとえ小さくてもドラゴンは悪の使いであり、始末する対象だからだ。
「よせ。ここで無駄に騒ぐな!」
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