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優等生は、演技をやめられない
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生徒相談室の二度目の来訪者は、期待を裏切らない“優等生”だった。
黒髪のポニーテール、制服の着崩し一切ナシ、声のトーンも発声練習済みレベルの丁寧さ。
「失礼します。二年B組の朝倉千紘(あさくらちひろ)です。進路について、ご相談があって……」
そう言って座った彼女は、机の上にノートをきっちり置いて、口元にうっすら微笑を貼り付けた。
この時点で、烏丸はため息を吐く準備をしていた。
「で、どうせ“行きたい大学が分からない”とか、“親の期待が重い”とか、そんなとこだろ」
「えっ……そ、そんな、いきなり……」
「“進路の相談”をするやつの99%は、“自分で選ぶ勇気がない”って自白だ。
お前みたいに“模範解答で生きてきた優等生”は、いざ自分の番になるとフリーズすんだよ。ゲームの選択肢で『???』って出てきた瞬間に手が止まる奴な。」
朝倉は苦笑いを浮かべる。否定しないあたり、図星だったらしい。
「……正直に言うと、親は国公立の理系を希望してます。でも、私は美術の道にも少し興味があって……でも成績は良いし、周りからも“もったいない”って言われるし……」
「出た、“もったいない”の呪い。
それ、ただの“平均点の檻”だぞ。お前が美術の世界で花咲かせたら困る奴が、周りに腐るほどいるってことだ。」
「え……?」
「お前が“普通”をやめたら、他の“普通で満足してる奴ら”の価値が下がるんだよ。
だから“やめときなよ”って言う。自分の平穏守るためにな。」
朝倉は少し目を見開く。たぶん、そこまでは考えたことがなかったのだろう。
「でも、美術の世界で食っていける自信なんて……」
「ははっ、出たよ。“食っていけるかどうか”。
お前な、それ言い出したら全人類、最初にバナナ農園で働いてろって話だ。
“安定”なんてのは、“自分で思考停止するための免罪符”だ。未来の保険ばっか気にして、今を潰す奴の典型だな。」
「…………」
「てか、お前の話、ずっと“周りが”とか“親が”とか“社会が”しか出てこねぇな。
お前、どこ行った? お前の人生なのに、“お前”がどっか行方不明なんだけど。」
朝倉の笑顔が、ゆっくりと消えていった。
目線を落とし、ノートの端をぎゅっと握りしめる。
「……そう、ですよね。
誰にも怒られないように、失敗しないように、そうやって生きてきたんです。でも……ふと考えると、何をしたいのか、自分でもよく分からなくて……」
「だろうな。“優等生”って肩書き、脱いだらマネキン以下の自我しか残ってない奴、多いからな。」
「……先生、ほんと遠慮ないですね……」
「遠慮? 俺がそれしたら、逆に警戒しとけ。“この男、死ぬ直前かも”ってな。」
しばらく沈黙が続いた。朝倉は視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
「美術やりたいって言ったら、きっと父が怒るんです。
“女の道楽”って……そう言われたことがあって……」
「ふーん。“女の道楽”ね。
じゃあ逆に言ってやれ。“父親の価値観の時代は化石になってる”ってな。
このまま言うこと聞いて生きたら、お前、将来“同窓会で一度も話題に出ないタイプの人生”になるぞ。」
「……っ」
「“誰にも嫌われない人生”を目指すと、最終的に“誰の記憶にも残らない人間”になる。
お前の選択肢は二つ。“波風立てて、自分を生きる”か、“穏やかな墓場に向かう”かだ。」
朝倉は、まるで心臓を殴られたような顔をして、しばらく黙っていた。
でもその後、ゆっくりと、小さく息を吸ってからこう言った。
「——先生、ほんとに、最悪です。でも……来てよかったです。」
「そうか。じゃあ“最悪”って名札つけてやるよ。
でも一個だけ覚えとけ。“最悪”ってのは、案外“目を覚ます薬”になるんだよ。」
朝倉が退室したあと、烏丸は何気なく机に残されたノートをパラリとめくった。
そこには、小さなスケッチが描かれていた。
色のない鉛筆画だったけど、それは確かに、“誰にも見せたことのない顔”だった。
毒舌教師の相談室に、今日もまたひとり、“仮面”を捨てた生徒が増えた——。
黒髪のポニーテール、制服の着崩し一切ナシ、声のトーンも発声練習済みレベルの丁寧さ。
「失礼します。二年B組の朝倉千紘(あさくらちひろ)です。進路について、ご相談があって……」
そう言って座った彼女は、机の上にノートをきっちり置いて、口元にうっすら微笑を貼り付けた。
この時点で、烏丸はため息を吐く準備をしていた。
「で、どうせ“行きたい大学が分からない”とか、“親の期待が重い”とか、そんなとこだろ」
「えっ……そ、そんな、いきなり……」
「“進路の相談”をするやつの99%は、“自分で選ぶ勇気がない”って自白だ。
お前みたいに“模範解答で生きてきた優等生”は、いざ自分の番になるとフリーズすんだよ。ゲームの選択肢で『???』って出てきた瞬間に手が止まる奴な。」
朝倉は苦笑いを浮かべる。否定しないあたり、図星だったらしい。
「……正直に言うと、親は国公立の理系を希望してます。でも、私は美術の道にも少し興味があって……でも成績は良いし、周りからも“もったいない”って言われるし……」
「出た、“もったいない”の呪い。
それ、ただの“平均点の檻”だぞ。お前が美術の世界で花咲かせたら困る奴が、周りに腐るほどいるってことだ。」
「え……?」
「お前が“普通”をやめたら、他の“普通で満足してる奴ら”の価値が下がるんだよ。
だから“やめときなよ”って言う。自分の平穏守るためにな。」
朝倉は少し目を見開く。たぶん、そこまでは考えたことがなかったのだろう。
「でも、美術の世界で食っていける自信なんて……」
「ははっ、出たよ。“食っていけるかどうか”。
お前な、それ言い出したら全人類、最初にバナナ農園で働いてろって話だ。
“安定”なんてのは、“自分で思考停止するための免罪符”だ。未来の保険ばっか気にして、今を潰す奴の典型だな。」
「…………」
「てか、お前の話、ずっと“周りが”とか“親が”とか“社会が”しか出てこねぇな。
お前、どこ行った? お前の人生なのに、“お前”がどっか行方不明なんだけど。」
朝倉の笑顔が、ゆっくりと消えていった。
目線を落とし、ノートの端をぎゅっと握りしめる。
「……そう、ですよね。
誰にも怒られないように、失敗しないように、そうやって生きてきたんです。でも……ふと考えると、何をしたいのか、自分でもよく分からなくて……」
「だろうな。“優等生”って肩書き、脱いだらマネキン以下の自我しか残ってない奴、多いからな。」
「……先生、ほんと遠慮ないですね……」
「遠慮? 俺がそれしたら、逆に警戒しとけ。“この男、死ぬ直前かも”ってな。」
しばらく沈黙が続いた。朝倉は視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
「美術やりたいって言ったら、きっと父が怒るんです。
“女の道楽”って……そう言われたことがあって……」
「ふーん。“女の道楽”ね。
じゃあ逆に言ってやれ。“父親の価値観の時代は化石になってる”ってな。
このまま言うこと聞いて生きたら、お前、将来“同窓会で一度も話題に出ないタイプの人生”になるぞ。」
「……っ」
「“誰にも嫌われない人生”を目指すと、最終的に“誰の記憶にも残らない人間”になる。
お前の選択肢は二つ。“波風立てて、自分を生きる”か、“穏やかな墓場に向かう”かだ。」
朝倉は、まるで心臓を殴られたような顔をして、しばらく黙っていた。
でもその後、ゆっくりと、小さく息を吸ってからこう言った。
「——先生、ほんとに、最悪です。でも……来てよかったです。」
「そうか。じゃあ“最悪”って名札つけてやるよ。
でも一個だけ覚えとけ。“最悪”ってのは、案外“目を覚ます薬”になるんだよ。」
朝倉が退室したあと、烏丸は何気なく机に残されたノートをパラリとめくった。
そこには、小さなスケッチが描かれていた。
色のない鉛筆画だったけど、それは確かに、“誰にも見せたことのない顔”だった。
毒舌教師の相談室に、今日もまたひとり、“仮面”を捨てた生徒が増えた——。
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