毒舌教師、悩みを聞く気ゼロ。だけど的確すぎて誰も逆らえない

彩乃

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感情はゴミだけど、それが人間だ

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 その日、烏丸は久賀から話を聞いていた。

「……あいつ、本当に“感情”ってものが通じないんです。
 人の気持ちも、場の空気も、全部“観察対象”みたいに扱ってる。
 多分、“人間らしくない”って言葉が一番近いかもしれません」

 烏丸は鼻で笑った。

「それ、ただの“無菌培養されたクソガキ”だろ。おもちゃにしてやるよ」

「……やめたほうがいいですよ。
 あいつ、本当に“何もない”ですから。煽っても、反応しない」

「それ、逆に面白いじゃねぇか」

 

——そして数日後。
 相談室に現れた、灰谷つかさ。無言で入ってきて、椅子に座る。

 

「お前が“人間味ゼロの見物客”か」

「……先生、観察されるのは好きですか?」

「いや。観察する側が“観察されてる意味”もわかってねぇのを見るのが大好きだ」

「どういう意味ですか?」

「お前、観察してるつもりで、“何も見えてねぇ”って話だよ」

 

 灰谷の目が一瞬だけ動く。

「僕は感情に興味があるだけです。“理解できない異物”として。
 それを“見えてない”と言われる筋合いはありません」

「違ぇよ。“感じられない”ってのは、“見えてない”のと同義なんだよ」

 

 烏丸は机を指でコンコンと叩きながら、
 毒を垂らすような口調で続ける。

「感情ってのは、クソみてぇなもんだ。
 うまく言えねぇ、他人には伝わらねぇ、理屈も通らねぇ。
 けどな、その“クソ”のなかに人間ってのは生きてんだよ」

「意味がわかりません」

「だろうな。お前、“カレーのスパイスの辛さだけを数値で測ろうとしてるやつ”みてぇなもんだ。
 人間の気持ちは定量化できねぇ。“香り”とか“余韻”とか、そういうのを丸ごと切り捨ててんだよ、お前は」

 

 灰谷は淡々と反論する。

「でも、それで何が困るんですか?
 感情って、むしろ合理性を壊すものでしょう?
 不安で人を殺す。怒りで物を壊す。恋愛でバカになる。
 全部、“害”じゃないですか」

 

 烏丸は笑う。
 静かに、でも明確に嘲笑して。

「その通り。感情は全部“害”だ。クソみてぇなもんだ。
 でもな――その“害”の中でしか、人間ってのは『誰かと一緒に生きる』ことができねぇんだよ」

「どうしてですか?」

「“効率”だけで人と繋がれるなら、パソコンが友達でよくなるだろうが」

 

 灰谷のまぶたが、わずかに動いた。

「でも僕は、友達がいなくても平気です」

「そうだろうな。“平気であるように作られた”んだろ。
 でもな、それってつまり、お前は“人間として生きる自由”を捨てたってことだ」

「自由、ですか」

「そう。感情ってのは、“不確かなものを信じる自由”だ。
 信じた相手に裏切られる自由。
 好きになった相手に傷つけられる自由。
 バカになって泣いたり笑ったりして、でも“それでも良かった”って言える自由」

 

 灰谷の声が、少しだけ小さくなる。

「……でもそれって、ただの“自滅”ですよね」

「そうだよ。人間は基本的に“自滅する生き物”だ。
 でもな、“壊れながらも他人と関わろうとする”その不格好さにこそ、命ってもんが宿るんだよ」

 

 沈黙。

 灰谷は、無表情のまま立ち上がった。

「……やっぱり、先生の話は変ですね。
 “毒”を吐いてるくせに、どこか“希望”みたいなものを混ぜてくる」

「そりゃそうだ。
 希望のない毒なんて、ただの“憎しみ”だろうが。俺のは、もっと性格悪いぞ。愛想がいい毒だ」

「……また来てもいいですか?」

「おう、来い。“人間の気配ゼロ”のままでな。
 そのうち“感情ってウイルス”に、感染させてやるからよ」

 

——その日、灰谷は帰り道に空を見た。
 感情もなく、何も思わず、ただ見ていた。
 ……でも、空の色を「情報」ではなく、「色」として見たのは、初めてだった。
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